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というわけで、正式に中央神殿側、それにジュン様とアイリ様の聖女様たちと契約書を交わした。
のだが……
ドタン――
「マリナス、これはどういうことだよ!」
「なんですか、トム? 血相を変えて?」
「なにとぼけてるんだ! どうして、勝手にアイリちゃんたちと契約なんてしたんだ? 俺様のメンツ丸つぶれじゃないかッ!」
「はて? この件は、ファブレス商会として契約書にサインしましたので、ファブレスのトップであるトム自身にとっては名誉なことであって、汚名などなにもないはずですが?」
「そ、それは……たしかに…… だ、だが、お前が勝手に契約なんて先にしちゃうから、俺様がアイリちゃんに『これ俺様に売ってほしいんだろ? なら、分かってるよな?』って恩着せがましくあんなことやこんなことをするチャンスを逃したじゃないか!」
「はぁ~」
「なんだ、これ見よがしにため息なんかつきやがって! ため息をつきたいのは、こっちの方だ!」
もう少しで『だれかこのバカをつまみ出せ!』と命じるところだった。
「トム…… そんなことを言ったら、聖女様たち、二度とあなたに口もきいてくれなくなりますよ。しかも、化粧水をオーシャン・ホエールかフリューゲルス、スミス商会あたりに売り込みに行っちゃいます」
「……こ、こちらが先に見つけたんだぞ!」
「そんなの関係ありません。これを持ち込んできたのは聖女様です。聖女様にはこれを自由にする権利があります」
「……」
このバカは反論もできず、悔し気に唇をかんでいる。
つうか、いい加減、目を覚ませ!
やがて、無言でプイッと踵を返した。
ドタン――
荒々しく音を立てて、背後でドアを閉め、出て行った。
はぁ~
そんなこともありつつ、化粧水計画は順調に準備が進んだ。
もともとファブレス商会にも各年代をターゲットにしたそこそこ人気があるコスメブランドをいくつも持っていたのだ。
だが、あのミ・ラーイ市長の件でグループの事業の縮小を余儀なくされたとき、立て直しのための事業資金を捻出する必要に迫られ、フリューゲルス商会へすべてのブランドを売却した。
そんな経緯もあって、当時コスメブランドに携わっていた従業員たちもまだ結構な数残っている。新しいコスメブランド『セイント・ジュン』の立ち上げの要領を心得ている者が多く、おどろくほどスムーズにことは運んだ。
そして、吉日を選んで、『セイント・ジュン』ブランドの化粧水は王都向けの販売が始まった。




