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「あ、つまり、これは聖女様の故郷・地球の化粧品類ですか?」
「ああ、そうだ。ジュンちゃんがそう言ってた」
「な、なるほど~」
「できるだけ、急いで調べろよ」
「はぁ……」
しかし、この人は、聖女様がらみで痛い目を見たばかりだというのに、また聖女様に関連したモノを持って来るとは…… 懲りないのだろうか?
というか……?
今とても重要なことをさらりと言ったぞ、この人は。
「聖女様たち、今でも地球と行き来しているのですか?」
途端に呆れたようにため息をついてくる。
「お前もなにを今さらそんなこと言ってんだよ。いつもアイリちゃんたちは、神殿の奥の転移門からやって来るじゃないか」
「し、しかし、あれは召喚された聖女様たちが今住んでおられるヨックォ・ハルマにあるどこかの土地とつながっているのでは?」
「はぁ? そんなわけないだろ! ヨックォ・ハルマにいるのは礼拝の儀式があるときだけで、いつもあの転移門をとおって、毎回地球へ帰っていくんだよ」
「そんな……」
ヨックォ・ハルマにある土地同士をつなぐ不安定な転移陣を作ることでさえ、賢者級の魔力が必要だと言われているのに、安定した転移門、しかも異世界間をつなぐものを設置するのに、どれほどの魔力量が必要か……
勇者や魔王でもなければ、そんなの不可能だ。
はっ!? 勇者? ユリウス王子か? いや、しかし…… あのどこか浮世離れしたユリウス王子が関わっているなんて信じられない。
じゃ、一体……?
大きな謎だ。
そんなわけで、ジュン聖女様がトムを通じてもたらしてきた地球の化粧品を調べることになった。
まあ、ヨックォ・ハルマの化粧品も十分に高品質だから、地球のものの方が優れているなんてことは、まずないだろうが。
やはり、予想通りというかなんというか、トムが持ってきた地球の化粧品でこちらの同種のものを上回る性能のものは、ほぼなかった。というか、むしろ、これなら、こちらの化粧品を地球へ持って行った方がいいのでは?
まあ、それでも、性能の差にいうほど大きな違いがあるわけでもないから、大して売れはしないだろうが。
性能に優越性がないにしても、聖女様たちの世界から来た化粧品。十分に珍しいものには違いない。こちらで聖女ブランドとして売り出せば、物好きな貴族たちや金持ちの商人たちの間では、ある程度は売れるだろうが、大ヒットとまではいかないだろうな。
大半の人にとっては、こちらの世界の化粧品で十分なのだから。
ただし、それは一つをのぞいてって話だ。
この化粧水というもの。これは非常に良かった。ヨックォ・ハルマにある同種のものと比べても、何倍も優れていた。
数日、つけて寝るだけで、肌がうるおい、スベスベもち肌へ。
私の妻もすっかり虜になっている。被験者になってもらったファブレスの女性従業員や男性従業員の妻や娘たちの大半が『これはいい。これは欲しい』という判定だった。もちろん、ガムバも同じ意見のようだった。
なら、早速、ジュン聖女に掛け合って、地球から大量に輸入してもらい……
と考えていたのだが、成分分析班が持ってきた報告では、これの化粧水ならコピーできそうだというもの。
偶然にも王都の近くの森にも自生していて、ヨックォ・ハルマでは古来から保湿洗顔剤として用いられてきたジュレムの木の樹液と極めてその成分が近かった。
ジュレムの樹液からいくつかの不必要な成分を取り除き、少量の足りない成分をたすだけで、ほぼ同じものが出来上がるという。
実際、その報告書通りに作成した化粧水も、私の妻やガムバを含む被験者の女性たちも大いに満足していたようだ。
さて、どうしたものか……
さすがに、ジュン様に黙って化粧水のコピーを製造するというわけにはいかないだろう。なにしろ、相手は小娘だとはいえ、背後に中央神殿がついているのだ。それなりの筋をちゃんと通しておかないと後で祟られる。
神殿に断りなく勝手に商品化して販売すると『あの商品は呪われている!』とか、『あの商品を使うと神から見捨てられる!』とか言われかねない。
さすがにそんなのを真に受ける人々は少ないにしても、敬遠されてしまう原因にはなる。
神官たちはカネの亡者で生臭さ坊主だとみな知ってはいても、それでもなお信心してしまうのが人間の性なのだ。
というわけで、早速、エスパル神官に手紙を書いて、面会の約束を取り付けた。
エスパル神官は、こちらで作ったコピーの化粧水を詰めた瓶を持ち上げ、詳細に観察している。
「なるほど、これが例の地球の化粧水ですか」
「ええ、正確には、地球の化粧水をできるだけ忠実に再現したものです」
「なるほど、なるほど」
「なんでしたら、いくつか奥様へお土産にお持ちいただいても構いませんよ。きっとお喜びになられます」
「あ、いや、私はまだ妻帯しておりませんので」
「これは失礼いたしました」
「でも、そう親切におっしゃっていただけるのですから、そのご親切を無下にするわけにも参りますまい。よろこんでいただいて帰ります」
「あ、ぜひぜひ」
笑顔を交わして、いくつかの化粧水の瓶を渡した。
つまり、妻や娘はいないにしても、愛人を囲っているってことか。この変態坊主めっ!
「なにか?」
「いえいえ、なにも。あははは……」
「ほほほ……」
ともかく、姿勢を改めて、
「今日は聖女様たちは?」
「ああ、今日は礼拝の儀式もないので、おそらくこちらには来られないでしょう」
「そうですか……」
「この件に関しましては、ジュン様のご意向をうかがった上で、こちらで商品開発をいたしたいのですが。お話を通していただけますか?」
私の要望を耳にし、ニンマリと笑った。
「ふふふ。捲土重来ってわけですな」
「ええ、まあ」
「もちろん、私どもの方も喜んでご協力させていただきますよ」
「ありがとうございます」
頭を下げようとする私を、鷹揚に制す。
「ですが、なに分、当神殿も最初に建てられてから何百年も経ってしまいましてね。そのせいで、あちこちガタがきていまして……」
もちろん、三、四年前に国王から資金を出してもらって建て替えたばかりの建物の中で私たちは話合っている。
「はい、もちろん、こちらもそれなりのものを用意しております」
「おお、助かります。みなさまの善き行いを神もお喜びになられますでしょう」




