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 スエイト老が遊びに来たその日の夕方だった。

 私がデスクで書類仕事をこなしていると、支配人室のドアが勢いよく開かれた。


 ドタン――


 こんな乱暴な開け方をする人物は一人しかいない。

 目線だけを上げ、チラリとその人物、トムの姿を確認してから仕事に戻る。


「マリナス。いいものを手に入れて来たぞ!」


 仕事を中断して、再び顔を上げる。

 トムは、片手に紙でできた袋を下げていた。その袋を私のデスクの上に投げ出すようにして置く。


「これは?」

「中を見てみろ」


 紙の袋の中には、ガラス瓶や見たことがないような素材でできた入れ物が雑然と並んでいる。

 一つを手に取って眺めてみるが、その表面には見たこともなく読めそうにもない文字がデザインされて印刷されており、裏面には表側とは違うフォントで書かれたラベルが貼られている。もちろん、眺めただけでは私には正体がわからなかった。


「なんですか、これ?」

「ああ、実はな……」




 前回の聖女様たちがやって来る日だった。その日、俺様は、朝からいそいそと中央神殿へ出かけた。

 いつものように多額の寄付金を払い、ホールの中の一番前の席を確保する。

 礼拝が終わり、聖女様の世界の食事が提供される時間になった。さすがに、王都中にハンバーグ店がひしめくようになったので、もうハンバーグはでないが、代わりにコロッケとかいう揚げ物が提供されるようになっていた。

 これもまた外側にまとったきつね色の衣がサクサクとして、中がほっこりふわふわ、食べたこともないような絶妙な味だった。

 コロッケが提供されるようになって間もないころにレシピをアイリちゃんに訊ねたら、快く教えてくれた。やっぱりアイリちゃんは俺様のことが好きなのだろうな。こんな風に俺様の頼み事ならなんでも聞き入れてくれるのだから。

 まあ、俺様が頼みごとをするたびに、かなりの額の寄付金を要求してはくるが…… あれはきっと、アイリちゃんなりの照れ隠しなのだろう。

 うん、そうに違いない。

 ただ、マリナスめ、そうやって折角レシピを手に入れてきてやったというのに、『このジャガイモというのは、どこで手に入るのですか? レシピがあっても手に入らない食材なら、意味がないでしょ!』などと言い捨てやがった。

 いつか絶対、あの生意気な口をきけないようにしてやる! クビにしてやる!

 ともあれ、その日もアイリちゃんとの楽しい会話をしようと席について待っていたのだが、なかなかアイリちゃんが俺様の前に現れない。ちょうど通りかかったもう一人の聖女のジュンちゃんに声をかけたら、アイリちゃんは、今、(はず)せない用事があるのだとか。ホールの裏でだれかと話しているそうだ。仕方なく、どこか困惑したようにも見えるジュンちゃんと話をしながらアイリちゃんがもどってくるのを辛抱強く待つことにした。

 というか、アイリちゃんにとって、俺様と話す以上に重要なことなどないだろうに。




 俺様と話をしているジュンちゃんは、どこか釈然としない顔をしていた。


「ねぇ、知ってた? ここってヨックォ・ハルマとかいう異世界なのね?」


『なにをいまさらそんなことを?』と一瞬思ったが、このジュンちゃんもアイリちゃんも地球とかいう異世界から連れてこられている。この世界のことを知らなくても不思議はないのか……?


「ああ、そうですよ。ここは僕たちの世界であるヨックォ・ハルマです」

「なんだ、知ってたの。先週、アイリちゃんに教えてもらうまで、私、そんなことちっとも気がついてなかったな。もう一年以上、こっちの世界へ来てるのにね」

「ハハハ。そんなこともありますよ、誰にでも」

「だよね。うん。そうに違いない! そういうことでいいことにしておこう! うん!」


 アイリちゃんが早く来ないかななんて思いながら、そわそわ待っていて、適当に返事をしていただけだが、ジュンちゃんはよかったというように胸をなでおろしている。

 それから、俺様に改めて向き直ってきた。


「やっぱり、異世界っていったら、異世界交易よね」

「異世界交易?」

「地球からヨックォ・ハルマへ地球のモノを持ってくるの」

「ジュンちゃんは、地球からなにか荷物をもってこられるのですか?」

「うん、もってこれるよぉ 重いものは無理だけど、私が運べるものだったなんでも」

「へぇ~ そうだったのですか」

「やっぱり、異世界間交易の定番っていったら、化粧品とか、シャンプーだよねぇ」

「地球の化粧品ですか」

「そそ、アニメとか見てると、みんな運んでいるし。みんな大儲けしてるよね。けど、なんでみんな化粧品やシャンプーなんて運んでくるんだろう?」

「ア、アニメですか? それはなんですか?」

「あ、テレビとかの中で絵が動くんだよ」

「絵が動く……?」


 たまに、この子、わけのわからないことを言うんだよね。相当頭が悪いのだろうな。バカの子なんだろう。本来なら、俺様みたいな神に選ばれし超天才が相手をするような人間ではないが、今はアイリちゃんが来るまでの時間つぶしだ。わけのわからないことはスルーして、


「地球の化粧品とは一体、どのようなモノなのですか?」

「ほら、毎日のお肌のお手入れのモノだったり、唇や目元を赤くしたり、いろいろな種類があるよ」

「へぇ~ なるほど……」


 というか、別にヨックォ・ハルマでも女性たちが普通に使っているモノだ。このジュンちゃん自身、毎回女神官たちに化粧してもらっているのだから、わざわざ地球から持ってこなくてもヨックォ・ハルマにもあるってわかりそうなものだろうに?


「でも、スタッフの神官さんたちも信者さんたちも、みんな髪の毛サラサラだよね。ツヤもあって、輝いているっていうか。きっとシャンプーとかトリートメントなんかは持ってきても無駄になるかな」

「ですかね」

「じゃ、今度、地球から化粧品をもってきてみるね」


 という会話をしたのが前回のこと。

 今日、中央神殿へ出向いてみると、


「あ、トムさん、はい、地球の化粧品。こっちの世界でも売れるか調べてみて」






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