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ついつい、トムと比べてしまう。
二人は同年代だろう。なのに、一方は頼りがいがあって、親切心にあふれ、誠実だった。もう一方は、今日も朝から『アイリちゃ~ん』と奇声を上げて、溜まっている自分の仕事を放り出し、いそいそと出かけていった。
はぁ~
その姿を見るたびに、従業員たちがどういう気持ちになるのかわからないのだろうか?
分からないのだろうな。
はぁ~
「ほれ、そんなにため息ばかりついていると、幸運が逃げていくぞ」
「幸運など、とっくに去って今頃、国外で観光旅行でもしているさ」
「まあ、そう気を落とさず。お茶でも飲みなされ。ガムバがいれてくれるお茶は、相変わらずうまいぞ。格が落ちた葉だというのに」
「ああ、すまない、スエイト老。いただく」
「ほれ」
ひとくちすすると、途端に気分が落ち着く。うん、うまいっ!
しみじみと感慨にふけっていた。
「というか、老、なぜここに? 老は引退なされたのでは?」
「ああ、ちょっと近くまで来る用事があったのでな。折角なので、お主の顔でも拝んでいくかと寄ってみた」
「ハハハ こんな地味でなんの変哲もない顔でよければ。じっくり観察していってください」
「そうする」
って、本当に、向かいのソファーにどっかりと腰掛けるし。
「痩せたの」
「まあ、はい。今朝、ベルトをするときに、いつもよりも穴が二つ分内側で絞められたので驚きましたよ」
「ファブレスがこんな時だっていうのに、商会の切り盛りだけでなく、従業員たちの行く末まで面倒をみたのじゃ。本当にご苦労じゃった」
「……」
すこし目元がうるっときた。こんな風にねぎらいの言葉をかけてもらえたのは、初めてだ。
「本来なら、当主のアヤツの仕事だというのに、今日も遊び惚けておるみたいじゃの」
「あ、老、そのことは、そのあたりで……」
「しかし、お主を見ていると、不憫での」
「いいえ、これも私の仕事のうちですから」
「しかしの――」
「大丈夫ですので」
「そうか? まあ、お主がそう言うのなら、わしもこれ以上は言わぬ」
「ありがとうございます」
スエイト老は、ソファーに腰掛けてお茶を一口飲んだ。
「それはそうと、ニーサン、知っておるか?」
「なにをですか?」
「おぬしが目をかけていたレッチェルとかいう若者がおったじゃろ?」
「あ、はい。レッチェルがなにか?」
「なんでも、神殿の料理人に気に入られたらしく、推薦状をもらってスミス商会へ移ったらしい」
「ああ、聞いております。こないだ、当人が挨拶にきたので」
「そうであったか。あやつも親族がフリューゲルスで役員をしておるから、てっきりフリューゲルスへ行くものと思っておったがの、少し意外じゃった」
「ですね」
「しかもじゃ、あやつ、スミス商会へ入った途端、外食部門の統括本部副本部長に任命されたのじゃと」
「……!?」
「つまり、ブロンティのナンバー2じゃ」
ロジャー・スミス、なんて大胆なことを…… 確かに優れた資質を持ってはいたが、レッチェルの情熱は食べることに向けられてばかりで、仕事への意気込みはからっきしの男だった。当然、ファブレス内での評価もさほど高くはなかった。
そんな男を今や王国一の外食グループになっているブロンティのナンバー2になどと……
「さて、あのブロンティが今後どうなっていくか、見ものじゃの」
「ですね」
正直、予想もつかない。
ファブレス時代のレッチェルを知っているものならば、いずれブロンティもラブ・アイリの二の舞になると思うのかもしれない。私自身も冷静な判断からすれば、そう考えてしまう。だが、私の中の予感は、その予想が的中しないだろうと訴えかけている。
今以上の発展をブロンティにもたらすだろうと。
「ガンバレよ!」
心の中でレッチェルに声援を送った。




