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 これまではその訪問理由がどんなつまらないささいな用事であっても、各商会の当主の館奥(やかたおく)にある最高級の(ひん)客向け応接間へ通され、当主自ら相手してもらえたものだった。だが、解雇する従業員を引き受けてもらえるように交渉に行った時以来、オーシャン・ホエールでもフリューゲルスでも、通されるのは事務所の奥の取引業者用応接室になった。

 従業員の処遇の交渉のときに私の相手をしたのは役員に名を連ねているとはいえ末席にあたる私が名前もしらない男たちだった。その知らない男たちはあからさまにこちらをバカにした態度をとっていた。それでも私は平身低頭して、移籍してくる従業員たちの処遇を頼むしかなかった。

 そして、そんな中でも、もっとも扱いがひどかったのは、スミス商会だったといえる。

 私が案内されたのは、事務所の一角をパーティションで区切り、応接セットをただ並べただけの場所だった。応接室ですらなかった。

 そして、その場所に通されたとき、先に待機していた男がいた。

 筋肉質の精悍な顔立ちの男。とてもビジネスマンには見えない。むしろ、どこかの現場作業員をおもわせる――


 ――私はここまで落ちぶれたか……


 思わず肩を落としたものだが、


「ようこそ、いらっしゃいました。お待ちしておりましたよ」


 しっかりと力強い握手で出迎えられる。


「こんな場所でもうしわけない。最近、急成長の連続で事務所の方にまで手がまわらないもので」

「あ、いえいえ。こちらこそ、お忙しい中、お時間を取っていただいて」

「なんの、そちらも大変でしたでしょう。いろいろあったようですしね。こちらも心配していたのですよ」

「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでしたね。私、ファブレス商会で総支配人を務めさせていただいております。ニーサン・マリナスと申します」

「それはご丁寧に。どうぞ、おかけください」

「失礼します」


 すぐにお茶とお茶菓子が運ばれてくる。

 早速、出されたお茶で唇をしめらす。驚いたことに、とても上品な風味のするお茶だった。これはかなり上等で高級なモノ。お茶菓子も王都でも指折りの高級菓子店のモノ。近々王宮御用達に任命されるとも噂されている。

 少し前なら、このレベルのお茶とお茶菓子は、どこをたずねても真っ先に出てきたものだが、今や全然お目にかかれない。それどころか、まったくお茶もお茶菓子も出てこないことも多い。

 なのに……


「ご用件をうかがいましょうか?」

「あ、これは失礼しました。ちょっと驚いたもので」


 相手は、あいまいな笑みを浮かべて、首をかしげていた。

 ともあれ、あらためて姿勢をただす。


「すでにこちらもお聞き及びかと思いますが、私どものファブレス商会では、この度、事業の見直しを行うことになりまして、それにともなって人員の整理をすることになりました」

「ああ、そのようですね」

「つきましては、どうしても解雇せざるえなくなる従業員たちに斡旋(あっせん)できる再就職先を探しておりまして……」

「ああ、そのことですか。もちろん、(かま)いませんよ。こちらも責任をもって何人でも引き受けさせていただきます」

「えっ? いいのですか? し、しかし、そちらのご一存でこのようなことを約束なされたのでは、後々問題になるのでは? そちらの上司の方々、ひいては経営陣の方々からの同意を得なくていいのですか?」

「ん? ああ、構いませんよ。私がいいというのだから、だれも反対なんてしませんよ」

「し、しかし……」


 とても心配になる。ただの現場作業の一従業員にすぎないであろうに、勝手にこんな商会全体にかかわることを決めてしまうなんて。


「ああ、そういえば、申し遅れておりましたね。俺……私、ロジャー・スミスと申します」

「……!?」

「ファブレス商会から移籍を希望される方がおられましたら、私の責任で喜んでお引き受けさせていただきます」


 それが私がロジャー・スミスという男と初めて対面した場面だった。





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