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「なんで、あたしがこんな面倒なことをしなくちゃいけないのよ。子牛や成牛の性別をわざわざ変えるなんてさ」
俺の指示で何度も何度も同じ魔法を使わさせられて、女体化魔王はぶー垂れている。
「これはどうしても必要なんだ。頼む」
「主様に、そんな風に頭を下げられたんじゃ、仕方ないわね。だけど、でも、これで貸しよね。今晩、私、裸でベッドに先に入って待っているからね。アハン♪」
「あ、そういえば、俺、今晩、ユリウス王子に観劇に誘われていたのだったな。ウェスト王国民としては仕方ないな。これは義務だ。どうしてもお供についていかなくては」
「ぶ~」
「それはそうと、前につくってもらった媚薬、すごい効果だったぞ。ターゲットのハンバーグに混ぜたら、一発で夢中になった。お前、案外すごい技術をもった奴だったんだな」
「ちょっと、それ相手はだれよ! どこの女よ! このドスケベ! 変態!」
「いや、つかった相手は男だけどな」
「…… はっ、ま、まさか。主さまはそういう趣味だったの!? そ、そういえば、ユリウス王子とかいう色男に呼ばれたら、うれしそうにこそこそ出かけて行っちゃうし」
「だ~、ちげぇ~よ。だれがこそこそ出かけるんだよ! 俺はノンケだ」
「本当?」
「なんだよ、疑うような眼をして」
「ううん。なんにも。だって趣味嗜好は人それぞれだものね。愛の形も自由自在ってものよ。うふ」
「本当だって」
「ふ~ん」
ったく、なんの弁解だよ、これ。バカバカしい。
自分自身に肩をすくめつつ、そっとその場を離れる。
ここ一年以上に渡ってつづいた作戦はようやくケリがついた。
狙い通り、というか、狙い以上の効果をもたらしてくれた。何しろ、あのヨックォ・ハルマのウェスト王国の経済を支配する三大商会の一角を占めていたはずのファブレス商会を大いに痛めつけることに成功したのだから。
当初の計画では、もっと前に相手が危険を察知して、深追いをやめるだろうと考えていた。だから、二の矢、三の矢の計画も用意してあり、さらに数年かけてファブレスの体力をどんどん削いでいく腹づもりでいた。だが、その準備も無駄に終わってしまった。どういうわけか、ファブレス側は商会全体にまで致命的な大損害を被るところまで、とことん突っ込んできたのだから。
おそらく、最初に、聖女様のハンバーグに細工を施しておいたことが効を奏したのだろうな。あそこまでの醜態をさらすとは、正直思ってもいなかったが。
今や、ファブレスは凋落の一途をたどっている。
つい最近も、ファブレスの総支配人という男が俺のもとを訪ねてきて、近々行われるファブレスの人員整理の結果、大量に発生すると見込まれる解雇者たちをこちらで引き受けてもらえないかと頼みに来たのだ。
あのゴロツキのトムとは違い、礼儀正しく、ちゃんとした男だった。
もちろん、こちらはファブレスが資金難から放棄した各種事業のほとんどを手に入れたばかり、人手が足りないので願ってもない申し出だ。快く受け入れたのだが。さて、どれぐらいの解雇された従業員たちが、こちらへ移って来てくれるものか?
オーシャン・ホエールとフリューゲルスも元ファブレスの人材を狙っているだろうし、あちらはこちらと違って長年の付き合いもあるだろうしな。あまり期待はしないでおこう。
なんにせよ。これだけは肝に銘じておかなくてはいけないな。
異世界の知識で無双しようとしても、あちら側の異世界自体にもこちらの側の現実世界にも、必ずそれぞれに独自の特性・社会的ルールがあるってものだ。そして、そこに存在する知識や文物はかならずその世界の特性やルールにしばられ、影響受けている。その世界独自の特性やルールの支配下にあり、そうでないものの存在は許されない。
だから、そういった特性やルールの違いをよく見極めもせず、ただただ便利そう、役に立ちそうだからといって、異世界の知識や文物を移植しようとしても、上手くいくはずはないってことだな。特性の違いが余計なひずみを生み、いずれは、そのひずみがすべてを台無しにしてしまう。そして、多くの場合、手ひどいしっぺ返しにあってしまう。
俺自身、様々な異世界へ出入りしては、これまでにもいろいろな痛い目を見てきた。これからも、その教訓を深く胸に刻みつけておかなくてはいけないのだろう。




