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ともあれ、牛を飼っている牧場の買収で、こちらもブロンティに負けないハンバーグを出せるようになった。いままでの偽ハンバーグではなく、本物のハンバーグだ。
このままいけば、ラブ・アイリもまた以前のような客足がもどり、どの店を客でにぎわうことだろう。
こちらが停滞している間に出店競争では、ブロンティに倍ほどの差をつけられてしまったのが現状だが、俺様の神にも等しい経営手腕ならば、盛り返し、瞬く間に追いつき、追い越してしまうことは間違いないだろう。
今に見ていろよ、ブロンティ!
そう気合を入れ直したところへ、水を差す男がやって来るのは、もはや定番の展開になっていた。
俺様の良い気分に水を差す男こと、マリナスは、今度は真っ青になって、俺の部屋へ駆け込んできたのだ。
俺の部屋へ飛び込んでくるなり、分厚い資料をデスクに乱暴に叩きつけてきた。
「なんだ? もしかして、やっと辞表を叩きつけに来たのか?」
「辞表? なんでですか? 私はオリジナル10のものですぞ。しかも創業から一貫して代々ファブレスに忠誠を誓い続けた者。なんで今さら自ら辞表などと」
「なんだ、違うのか」
露骨に残念がってしまった。のだが、マリナスはそれにも気が付かないくらい興奮している。
「どうした?」
「その資料を読んでください」
「これか? なんの資料だ?」
「今まで買い取った牧場で飼われている家畜についての調べたものです」
「ほお。で、それで?」
「その資料の食肉用の家畜の性別の頭数を確認してみてください」
「性別の頭数?」
「オスとメスの数です」
言われた通り、各牧場で飼われている家畜の数を確認してみる。
牧場で昔から飼われている食肉用の家畜は、メスが極端にすくなく、ほとんどの場合飼われている家畜のすべてがオスだった。
これは、メスは子供を産ませて、家畜を殖やすことができるので、メスはほとんど食肉用として流通せず、繁殖牧場で飼われるのだから当然の話だ。こんな食肉用の牧場でメスが飼われるなんてことはめったにない。
そして、それは別の新しい家畜『牛』についてもいえることだった。
牧場に飼われているのは、全部がオスで、メスは一頭もいなかった。
「これが、なにか?」
「わからないのですか?」
「ん? こんなことで、なんでそんなに興奮しているんだ? わけわからん。牧場なら当たり前のことじゃないか」
「いままでの食用の家畜ならばその通りでしょう。ですが、牛もそうなんですよ」
「それが、どうした?」
「牧場にはメス牛がいないんですよ」
何を伝えたいのだろうか? かなりいら立っている様子なのだが?
「ああ、みたいだな」
「我々は今いる牛を食べつくしてしまえば、もう牛を手に入れることができないのですよ」
「……なんでだ? 繁殖牧場から――」
「その繁殖牧場はどこにあるのですか? メス牛を飼っている繁殖牧場は? トム様、その場所を御存じなのですか?」
「……」
「我々の牧場は繁殖牧場から子牛を買ってきて、それを大きく育てて食用にすることができないのです。今いる牛を食べつくしてしまえば、もうそこにはなにも残らないのです」
「……」
それでも、なんとか、できることは全部試みた。
まず、牧場を買い取った元の牧場主たちを探し出して、どうやって牛を手に入れたのか聞いて回った。
だが、彼らの答えはみな同じだった。
ある日、突然、見慣れない家畜『牛』の子供を何匹も連れたトドロキという男がふらりと現れ、飼うように依頼してきたという。そして、ある程度の大きさになったら、その肉を高値で全部買い取ることを約束していった。
実際、大きく育った牛の肉はそのトドロキが約束通りの高値で買い取りにきたという。
つまり、元の牧場主たちは子牛をトドロキという男から仕入れただけで、通常通りに繁殖牧場から仕入れたわけではなかった。当然、そういう事情でもあり、彼らはそのトドロキがどこで子牛を仕入れてきたのか、誰も知らなかった。
さらに、王国内だけでなく、近隣諸国も含めて、すべての牧場を手分けしてまわり、牛を扱っている繁殖牧場を探した。だが、これも空振りに終わった。どこにも牛を飼っている繁殖牧場など存在しなかった。
あとは、そのトドロキという男に直接接触を試みたが、それもまったく失敗に終わった。神出鬼没で、いつどこに現れるか、誰に分からない。ならばと、育った牛を買い取りに現れるタイミングを狙って待ち伏せしても、どういうわけか、待ち伏せしていた者たちはいつの間にか眠らされ、眠っている間に取引が終わっており、トドロキはいずこかへと去っていったあとだった。
もちろん、その間も、俺様の牧場の牛はどんどん減っていく。手に入る牛肉もすくなくなる。それでも、ラブ・アイリを閉めるわけにはいかないので、牛肉を確保し続ける必要がある。だから、牛肉を確保するために今現在牛を飼っている牧場から牛肉を仕入れようと努力したが、トドロキとの約束があるというので、大抵はうまくいかず、その牧場を丸ごと買い取るしか手がなかった。
そして、そうやって買い取った牧場もしだいに空っぽになっていった。もちろん、ファブレスの総資産額もどんどん目減りしていった。
「もう終わりにしませんか?」
疲れ切った表情のマリナスのその言葉に、俺様は目をつむり、力なくうなずくことでしか自分の最後の意志を表せられなかった。
ラブ・アイリはこうして全店舗の営業を終えた。
トドロキ:カッワ・サキーの魔王の護衛隊長。




