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 その後もラブ・アイリの苦境はまだまだ続いた。


 経費削減のため、人手を減らしたせいで、負担が特定の従業員に集まり、次々に倒れはじめた。そのせいで、店を開けることもままならず、さらなる売り上げの減少をもたらした。

 マリナスのやつは、俺様と顔を合わせるたびに、一刻も早く撤退すべきだと言い続けた。だから、なるべくあいつと顔を合わさないようにしていたのだが、そうすると、今度は重要な報告を聞き逃すことが多くなった。報告が俺様の耳に届いたころにはすでに手遅れになっているなんてことが頻発(ひんぱつ)するようになった。

 それがつまずきのもとになり、さらなる経営の悪化につながった。


 なにやってるんだ、クソボケ・マリナスの野郎め! 口を()っぱくしていつも言っているだろ! 重要な情報は真っ先に俺に教えろよ! まったく、使えないヤツだ!


 とはいえ、ラブ・アイリだけでなく、引きずられるようにしてファブレス商会の状況もしだいに悪くなっているのも感じられる。


 クソッ、なんで、こんなことに……


 いや、これは俺様のアイリちゃんへの愛の試練にすぎない。今のこの苦境を乗り切ることができるならば、この愛は成就し、俺様はアイリちゃんと結ばれ、幸せになれるにちがいない!

 そう信じて、なんとか歯を食いしばって頑張るしかない。だが、一体、この苦境はいつまで続くのだ……


 くそっ!


 なんとしても、こんな愛の試練なんぞ、アイリちゃんへの愛の力で乗り越えてやるぞ!

 そうこうしているうちに、珍しくマリナスが明るい表情をして、俺様の部屋へ駆け込んでくることがあった。


「トム様、トム様」

「ん? 撤退の話なら、聞か飽きたぞ! 絶対に撤退なんてしない!」

「そうおっしゃらずに、ぜひお考え直しください」

「くどい!」

「まあ、今回はその話はとりあえず、脇においておいて。あのですね。わかりました。ブロンティの肉の仕入れ先がようやく判明しました」

「肉? 近くの牧場じゃないのか?」

「ええ、そうには違いないですが、ブロンティが使っていた肉は、ラブ・アイリのものとは少し違っていたのです」

「ああ、それはうすうす気が付いていた」

「ええ、もちろんです。まったく風味が違いますものね。ですが、これまでその肉がどこから仕入れられているのか、まったくの謎だったのですが、ようやくうちの従業員が見つけだしてきくれました」

「ほお、なら、こちらもその牧場へかけあって…… いや、そんな生ぬるいことを言っていてもしかたないな。いっそうのこと、その牧場丸ごと全部買い取ってしまえ」

「……牧場丸ごと全部ですか?」

「そうだ。そうすれば、こちらが肉を囲い込むのだから、もうブロンティに肉を下ろせなくなるだろう」

「な、なるほど…… しかし、牧場は一つというわけではないようですが」

「なら、その全部だ。全部の牧場を飼っている動物ごと、敷地も設備も全部買い取ってしまえ」

「そんなことをしたら、一体、総額いくらの資金が必要になるか……」

「なに、そんなことはもう心配する必要はない。なにしろ、肉を囲い込んでしまえば、ブロンティは今までのようなハンバーグが出せなくなるのに対して、ラブ・アイリの方は、逆に今までブロンティが出していたようなハンバーグを出せるようになるのだからな」

「な、なるほど……」

「よし、これで逆転の目が出て来たぞ! 見てろよ、ブロンティ。最後に笑うのは、やっぱり俺様だ。アイリちゃんへの愛の力が最後の勝利をもたらすのだ!」


 それからしばらくのち、各店舗の客足は目に見えて戻ってきた。なにしろ、ラブ・アイリのハンバーグの味が劇的に向上して、いままで残っていた獣臭さやえぐみが取り除かれ、ほとんど神殿の味に近いハンバーグが提供されるようになったのだから。

 それもこれも、買収した牧場で飼っていた『牛』という家畜の肉のおかげだ。この牛の肉にいままでの肉と合いびきにして、ミンチをつくり、それを原料にハンバーグを作ると、獣臭さやえぐみが抑えられ、コクとうまみが大幅にアップしたのだ。

 もっとも、牧場丸ごと買い取ったおかげで、多額の資金が必要になってしまったが。それでも、これで憎きブロンティの肉の仕入れを妨害できたはずだ。あとは、仕入れに窮して相手が店を閉めるのを高見の見物で待つだけだ。


 ウハハハハ――

 なんて、俺様は天才なんだ。みなのもの、俺様の知恵をほめたたえよ!


 だが、待てど暮らせど、一向にブロンティ側は撤退する(きざ)しはない。相変わらずこちらを上回る繁盛ぶりを見せつけて来る。そして、提供しているハンバーグの味は以前と変わらないようだ。


 これは……


「もしかして、他に仕入れルートを見つけたんじゃないだろうな?」


 浮かない顔をして現れたマリナスに疑問をぶつけたら、


「ええ、その通りのようです。ブロンティは、別の牧場から牛肉を仕入れるようになりました」

「なにっ!? だ、だったら、その牧場も丸ごと買収して……」

「おそらく、そうしても、相手はすぐに他の仕入れ先を見つけることでしょう」

「なら、その仕入れ先も買収して……」

「すでに、我がファブレスは、これまでのムチャな経営の影響で、総資産が王都移転時の三割ほどにまで激減しております」

「それがどうしたというのだ?」

「このままでは、遠からず、破綻(はたん)するのが目に見えています」

「……」


 マリナスは深刻な表情をしている。くっ、辛気臭い顔をしやがって。見ているだけで気が滅入(めい)る。


「もう白旗を上げませんか? 撤退しましょう」

「くどいっ!」

「……」「……」


 にらみ合ったが、結局、ため息とともに顔を先にそむけたのはマリナスの方だった。





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