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 そんなある日だった。

 マリナスが俺様のもとへきた。

 なんだか困惑したような顔をしている。


「なんだ? 俺様になにか用か? 俺様はこれから中央神殿に出向いて、今日もアイリちゃんの顔を拝んでくるので忙しいんだがな」

「実は、部下から一つ気になる報告が上がってきまして」

「ん? なんだ? さっきも言ったように、俺は今日は忙しいんだ。それは今聞かなきゃいけないことなのか? 帰ってきてからじゃ遅いのか?」

「王都内を巡回してライバル店の様子を監視している部下たちからの報告なのですが」

「俺様の話、聞いてたか? 俺様は、今いそがしいんだがな」

「王都東地区に新しい店舗ができるようなんですよ」

「だから、それがどうしたっていうんだ? そんなのしょっちゅうあることだろ。いろいろ工夫しても、結局はラブ・アイリにはかなわないんだしな」

「それが、そうでもなさそうなんです。なにしろ、新しくできる店は『ブロンティ』を名乗っていますから」

「だから、それがなんなのさ。そんなもの、ラブ・アイリが一蹴してすぐに閉店に追い込んでやるさ。それはそうと、俺様は忙しんだ。話はこれまでだ。じゃな。アイリちゃ~ん、待っててよ~」

「トム……」


 ったく、しょうもない話を聞かせやがって。あの間抜けめ! ブロッコリーだか、ブレンドティーだか知らんが、そんな店ごときで、なにあたふたしてやがるんだ。まったく!


 その日も、俺様は、いそいそと中央神殿へ向かった。




「なんだ、これは?」


 思わず、目を疑った。

 俺様の前には、王国中に展開しているラブ・アイリ全店舗の売り上げをまとめた資料が届けられている。だが、その売り上げは、顕著に落ちている。どの店も客足がどんどん減り、ほとんどの店舗が赤字だ。

 一日の来店客が二桁にすら届かない店舗が続出している。


「なんでこんなことに……」

「例のブロンティに客を取られてしまったのです。そろそろ潮時(しおどき)です。まだ大損害にまではいたっていないので、全店舗を整理して出直しましょう。オーシャン・ホエールやフリューゲルスもすでに全店舗を売り払って撤退してしまいましたぞ。まだ残っているのはラブ・アイリだけです」


 すでにあきらめ顔のマリナスが俺様のデスクの前でため息をついていた。


「ブロンティ? なんだそれは?」

「ここ数か月、なんども報告し、忠告しましたが、全然、聞いていらっしゃらなかったのですね。はぁ~」

「……」

「ブロンティはスミス商会の傘下にあるハンバーグ店です。ラブ・アイリにとっては、強力なライバルです」

「スミス商会? ああ、ターレのいるところか」

「ターレですか? はいその通りです。ですが、トム様、よくご存じでしたね、スミス商会のナンバー2の名前まで?」

「まあな。なにしろ、俺は全知全能の神に愛された人間だ。それぐらい知っていて当然だ。で、その店がどうしたっていうんだ? なんで、こんなにこちらの客を取られている?」

「中央神殿でハンバーグの調理をしていた料理人の名前を御存(ごぞん)じですか?」

「いや、それがこれとなんの関係が?」

「その料理人の名がブロンティです」

「……」

「そのブロンティの名前を使っているということは、スミス商会のあの店にはブロンティ本人の監修がついていると思われます」

「だから、それがなんだっていうんだ?」

「わからないのですか?」

「ん? どういうことだ?」

「はぁ~」


 マリナス、盛大にため息をついてやがる。なんて無礼な奴だ。もう我慢できん! クビだ! クビだ! とっととここからでていけっ!


 俺様が大声で命じようとする前に、マリナスが()げてきた。


「ブロンティでは、ラブ・アイリと違って、正真正銘本物の神殿の味を再現しているってことですよ」

「貴様はク…… なにっ!?」

「しかも、ラブ・アイリよりも二割ほど安い価格でそれを提供しているのです。その上、すでに撤退したオーシャン・ホエールとフリューゲルスの店を全部買い取ったのも、スミス商会で、それらの店が今ではブロンティの看板を掲げて、王都や王国中に展開しているのです」

「ど、どういうことだ!」

「いまはまだ、あちらの営業の秘密までは調べはついていませんが、おそらくタマネギの仕入れ値が、あちらの方が大幅に安いのではないでしょうか? 他にもなにか秘密がありそうですが」

「な、なら、こちらも安く仕入れて……」

「すでに手は打ってあります。ヘイケンジー殿は渋っておられたが、それでもかなり割引をしていただける確約は得ております。これで価格面での不利はほぼなくなります」

「ヘイケンジー? だれだ?」

「ミレッタ王女殿下の領地の村を治める代官ですよ。今のところ、その村がヨックォ・ハルマ唯一のタマネギの産地です」

「他から仕入れられないのか?」

「ええ、ありません。この村から仕入れるしかありえません」

「……」

「もう一度、忠告しますが、これ以上の継続はあきらめて、全店舗を今すぐ整理すべきです。さもないと、とんでもない大損害につながります」

「……」

「トム様?」

「……」


 そんな決断なんてできるはずはない。なにしろ、ラブ・アイリは俺様のアイリちゃんへの愛そのものなんだから。何があっても手放すなんてできない。規模を縮小することすらももってのほかだ!


「引き続き、業務を徹底的に見直し、削れるところは削れ! ラブ・アイリを撤退させるなんてしない! これは絶対にだ!」

「トム様……」


 マリナスは悲しそうな目をして、一礼し、俺様のデスク前から去っていった。





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