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 マリナスは、フォークを手にして、自分の前のグラスをカンカンと叩いた。その場の注目が集まる。


「みな、聞いてくれるか? さて、新しい店に関して、今日どうしても一つ決めなければいけないことがあるのだが……」


 マリナスはその場の全員の顔を見回し、近くの席に座っているスエイト老に視線をやる。


「出店するにあたって、新しい店の名前を決めなくちゃいけない。私としては、このハンバーグの再現に多大な尽力(じんりょく)をいただき、最初に再現に成功した功績を賞して、このスエイト老の名を使いたいのだが。どうだろうか?」

「して、それは具体的に、どういう店名になるのですか?」


 末席のメンバーが質問する。どういうわけかマリナスなんかに個人的に心酔(しんすい)している無能なクズ野郎だ。


「うむ、私の候補案としては『スエイトおじいさんのハンバーグ店』を考えている」

「ほお。うむ。それはよい案だと思う」

「うむ。総支配人殿の命名案に賛成じゃ!」

「私もじゃ!」「わしも!」


 試食会に参加していた従業員たちが、つぎつぎに賛成の声を上げはじめた。老いも若きも、勤務年数の多寡(たか)にかかわらず、その場にいた全員がマリナスの案に賛成のようだった。

 だが、


「なに言ってやがる。なんで俺様の店に、そんな棺桶(かんおけ)に片足つっこんでいるようなくたばりぞこないの名前をつけなくちゃならねぇんだ! 縁起でもない! そんな名前を付けたら、たちまち客が寄り付かなくなって、すぐにつぶれちまうだろ!」

「えっ?」


 マリナス、心底驚いた顔をしてやがる。いい気味だ!


「店の名前なんて、とっくに決まってる。いいか、よく聞け。新しい店の名前は『ラブ・アイリ』だ」

「『ラブ・アイリ』ですか? それはどういう……」

「『ラブ』とは、中央神殿の聖女であるアイリちゃんの故郷の異世界では『愛してる』って意味だそうだ」

「……」

「決まりだ。『ラブ・アイリ』以外の名前をつけることは認めない。いいな。わかったな? これはオーナー命令だ!」

「……」


 マリナスめ、不満顔で唇を()んでやがる。ハハハ、いい気味だ。ざまーみろ!


 試食会の場はシーンと静まり返っていた。だれもが、困ったような表情で成り行きを見守っている。

 その沈黙を破ったのは、スエイト老だった。


「『ラブ・アイリ』ですか。トム様、なかなかよい響きの店名ではないですか。それでいきましょう。きっと店も大繁盛(はんじょう)することでしょう!」


 ニコニコしながら、俺様の意見に賛成を表明した。というか、最初から、だれからの賛意も俺様は求めてなんかいなかったのだがな。

 スエイト老の賛成表明でその場の議論は決着がついた。




 ラブ・アイリの開店準備は急ピッチに進んだ。

 試食会から半月も立たないうちに、もともとファブレスが持っていた王都の一等地に一号店が開店した。

 店の統括(とうかつ)責任者には、マリナスはスエイト老を推したが、俺様にはあの王宮の副料理長の弟なんていう切り札がある。押し切ったのは俺様だった。

 だれが考えたって、素人同然の老いぼれなんかよりも、現役料理人の王宮の副料理長の弟がふさわしいだろう。

 本当に、マリナスめ、なにを考えているのだか。

 で、いざ店が開店してみると、押すな押すなの人出で、連日満席つづきだった。

 材料に欠かせないタマネギのせいで、仕入れ単価が押し上げられ、すこし高めの価格設定だったが、それでも飛ぶようにハンバーグは売れ続けた。


 ――ふん、さすがアイリちゃんのための店。聖女様の加護が俺様を守ってくれるぜ。待っててくれ、近々アイリちゃんに会いに、神殿へ行くから!


 王都の商業地区に二号店を出店したら、その店も大繁盛。さらに三号店、四号店……

 ラブ・アイリは順調に店舗を増やしていく。

 五号店の準備をしている間に、オーシャン・ホエール系とフリューゲルス系のハンバーグ店が一号店をだしたが、我らのラブ・アイリの客足は、少しも(おとろ)えなかった。

 彼らも先行しているラブ・アイリと真正面から対決するのは、不利だと(さと)っていたようで、ハンバーグの焼き方を変えたり、ソースの種類を増やしたり、いろいろ工夫をしていたが、結局は、ラブ・アイリから客を奪うところまではいかなかったようだ。もっとも、彼らの店も、それなりには繁盛していて、その後も、店舗を王国中に増やしていくことになるのだが。

 その後、八号店をついに故郷のミ・ラーイに出したとき、さすがに俺様も感慨(かんがい)にふけったものだ。

『俺様はついにこの地に戻ってきたぞ!』ってな。

 その後もラブ・アイリの快進撃は続く。

 ライバル店を蹴散らし、ウェスト王国中に店舗を広げ、本物との違いの分からないトンマな庶民からカネをむしり取りつづけた。

 俺様からいわせば、こんな偽ハンバーグなんぞには、カネを払う価値すらないのだが。本当に庶民はそろいもそろってバカぞろいだ。

 高笑いしかおこらん。

 ラブ・アイリが開業してから一年後には、王都内に十七店舗、王都以外のウェスト王国内に十一店舗、近隣諸国の大都市に四店舗が進出していた。

 もはや、俺様の偽ハンバーグは王都の新しい名物料理に数えられ、そして、ラブ・アイリはその代名詞になっていた。


 俺様の天才的経営手腕の勝利だ! 俺様はなんて天才なんだ! いや、すでに人を超越している。神だ! 経営の神だ!





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