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私:伊東純――ド田舎の高校入学したての女子高生
今年の四月に高校に入学してから一か月がたった。ようやく新しい学校にも慣れてきた。
東京から遠い地方にある県。その県庁からさらに二時間以上離れた町にある小さな高校。学校のある場所ですら、すでにドが付くような田舎だというのに、そこからディーゼルで動く列車に三十分ほどゆられて着く無人駅でおり、駅舎の脇からつづく坂道をひたすら上った先の山の中に私の家がある。
お猿さんが隣人。ニホンカモシカが親友。そんな場所だ。
なんで、こんな辺鄙な場所に、花の女子高生である私が住まなくちゃいけないのよ!
東京のど真ん中とか言わないけど、せめて県庁所在地の市内とか、もっとにぎやかな場所に生まれたかった!
今までに、何度、そう叫びながら頭を掻きむしったことか……
でも、そう叫んだところで、こんな山の中では家族以外に聞こえてなんかいないし。
はぁ~
そんな空気や水はおいしいけど、本当になんにもない場所で育った私だけど、今日は学校の帰り、寄り道をしている。
行き帰りに乗り降りする最寄り駅の無人の改札を出て、いつもなら駅舎の脇から伸びている上り坂に足をむけるのだけど、今日は反対側、シャッターの下りたお店屋さんが何軒かあるだけの通りの方向へ歩いて行った。
代々この地に住んでいるお父さんの話だと、お父さんの子供のころにはこのあたりもそれなりににぎやかで、どのお店屋さんも店を開いており、夕方になると通りは買い物客であふれていたそうだ。だけど、今はそんな面影なんてどこにもない。
午後、もうすぐ夕方って時間帯なのに、歩いているのは私と、どこかのおばあさんが犬の散歩をしているだけ。
あっ、目が合った。
「こんにちは」
「こんにちは」
ワンワン――
「こんにちワン。おお、よしよし」
犬を撫でようと手を伸ばした途端、
グルルルル――
「これ、お姉ちゃんに吠えないの。へんねぇ。いつもは撫でられるのが大好きなもっと大人しい仔なんだけど? ごめんなさいね」
「あ、大丈夫です。いつものことですから」
「そう?」
そうして、私たちはすれ違っていった。
グルルルル――
やっぱり昨日物干し場におサルさんが来ていたの見かけたから、多分、まだ匂いがついているのね。
はぁ~ ほんと、ヤダ!
目的地がわからなくて、そんなシャッター街を何度か行き来した。
と、
ブロロロロ――
なんだか、大きなバイクにのった女の人が私を追い抜いていった。と思ったら、すぐにブレーキ。私の前で方向指示器を点滅させながら停車する。
それから、黄色のフルフェイスのヘルメットを両手でつかむと、持ち上げた。その下からは、ピンク色のメッシュが入った肩に届くくらいの茶色い髪がこぼれる。
まさにバサッという感じで首を振ってから、振り返ってきた。
「あなた、この町の人?」
「えっ? あ、はい……一応」
「じゃあ、このあたりにスミス商会ビルっていう建物があるはずなんだけど?」
「あ、それ、ちょうど私も探していました」
「そう。じゃあ、あなたも私のお仲間ってわけね?」
「じゃあ、お姉さんもバイトの面接ですか?」
「そうよ。私、三島愛梨っていうの。よろしく」
「あ、私、伊東純です。みんなからジュンって呼ばれてます。お姉さんは大学生ですか?」
「アイリでいいわよ。そうよ」
そうして、教えてくれた大学名は県庁所在地に大きなキャンパスのある県の名前を冠した国立大学。
「ああ、でも、私の通っている外国語学部のキャンパスはここからもっと近い場所にあるわよ。こいつで十五分ぐらいかな」
跨っているバイクを撫でた。
「そうなんですか」
「ジュンちゃんは、高校生? 中学生じゃないよね? ずいぶん、幼く見えるけど?」
「あ、高校生です。この春、中学を卒業して、高校へ入学しました」
「あ、そうなんだ」
まあ、ちんちくりんな見た目はお母さん譲りだけど。いや、ほっとけ!
「そんなことより、目的の場所ってどこなんでしょう? 私も探していて……」
「そっか……一緒に探してみる?」
「ええ、お願いします」
そうして、バイクを道脇に駐車して、二人して再度シャッター街をうろうろした。
で、結局、目的地は見つけることができた。長い時間がかかったけど、なんとか。
そう、バイクを止めた場所のすぐそばに建っている建物が、まさにそれだった。