25
ヘイケンジー代官に案内されて代官所の中へ。
昼寝をしていた下働きの女性を起こし、お茶の仕度をさせる。
「本当に、申し訳ないですわね。あの子ったら、奥で昼寝なんかしてたら留守番にならないのにね、まったく」
「あ、いいえ、いいえ。そんなことは……」
やがて、下働きの女性がお茶を運んでくる。茶菓子代わりの干した野菜とともに私の前に置かれる。
「すみませんね。なにしろ、まだ開拓し始めたばかりなので、ちゃんとしたおもてなしもできなくて」
「いいえ、いいえ、あ、どうぞ、お構いなく」
うん、干した野菜も、たまに食べるとおいしいな。素朴な味わいで。まあ、毎日食べたいとは思わないが。
「あ、どうぞ、こちらをお納めください」
「わあ、こちらの王都の有名なお菓子店のお菓子ですね。前から食べたいと思っていたのですよ。でも、なかなか王都まで出向く時間が取れなくて…… わあ、うれしいなぁ」
公的な代官としてではなく、一人の素の女性としての表情が垣間見えていた。見えたのだが、今一瞬、このヘイケンジー代官の頭に角が見えた気がしたのだが……
――い、いや、気のせいだろうな。う、うん。気のせいだ。きっと毎日忙しくて疲れているのだろう。今はまったく見えないし。
って、その場でいきなり包装を破って、箱を開け、中に整然と並んでいたお菓子を一つつまんで口に放り込んでいる。
「おいしぃ~ やっぱり、有名店のお菓子ね。しあわせ~ ううん、役得~」
両手で頬を押さえて、クネクネ悶えている。本当においしそうだ。思わず、私までごくりとツバを飲み込むほどに。
――帰り、もう一度立ち寄って、我が家のために買って帰るかな。
「ところで、伝言でもお伝えしたと思いますが?」
「えっ? ああ、はいはい。承っておりますよ」
ヘイケンジー代官、態度を改め、座り直す。さっきまでの甘いものに舌鼓を打ち、堪能していた若い女性の姿はもうそこにはない。あるのは、風格も感じさせるような堂々としたたたずまいで。
まるで、何十年も第一線で活躍してきた老練な騎士とでもいうような。
その鋭い眼光に射すくめられて、まったく身じろぎ一つできない。
この女性、タダモノではない…… 皮膚感覚の全部が私にそう訴えかけてきていた。
そのすべてが一瞬での出来事だった。
でも、その一瞬が過ぎ、今はもう、そこまでの威圧感は感じられない。
一体、この人は何者なんだ? ヘイケンジーなどと今まで耳にしたことがない名をもつこの人は?
我もなく混乱している間に、ヘイケンジー代官は柔らかい笑顔を浮かべて、頷いていた。
「もちろん、こちらとしては否やはないですよ。むしろありがたいお話です。そちらが必要な分だけこちらでご用意いたしましょう」
しばらく、ポケっと代官の顔を見つめてしまっていた。
一体、この人は何を……
やがて、その返事は、こちらがあのタマネギを売りに王都まで来ていた老人に持たせた伝言への返事だと気が付いた。
「え、ええっ!?」
「とはいえ、ご覧のとおり、この村は、まだ開拓し始めたばかりの貧しい村です」
村に入ってから見かけた粗末な掘っ立て小屋の数々を思い出す。そして、ほこりっぽい通りを行き交う、薄汚れた格好の村人たち。
「村の者たちも、彼らの故郷で大災害にあい、それをからくも逃れてきた者たちで、ここに到着したときには、荷物もなにもなく、着の身着のままな有様でした」
「な、なるほど」
「この開拓地で一応受け入れたとはいえ、いまだにありとあらゆる物資が不足気味で、それに資金も全然たりず」
「ああ、はい。もちろん、私どもとしましては相場よりも高値で引き取らせていただきます。なにしろ、我らの元聖女にしてミレッタ王女殿下の肝いりの開拓地のことでございますから」
「そうですか? そうしてもらえますか。本当に助かります。村人とその村人の困窮に日々悩ませられておられる王女殿下に成り代わりまして、お礼申し上げます」
「いえいえ、滅相もない。私どもも、王女殿下にはいろいろとお世話になっている立場でございますので」
「そ、そうですか……? あはははは」
「ははははは」
「こ、これで、すこしは余裕ができたなら、私も甘いものをもっとちゃんと取り寄せられそうです。あんな質素な干し野菜なんかでなく」
切実な心の声が駄々洩れだったのは聞かなかったことにした。




