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タマネギを売っていた老人の住む村へ向かう馬車の中で、私は考えていた。
実は朝からずっとある違和感を感じていたのだ。
あの老人と話をしていたときから、何かがおかしいと感じていた。
考えてみれば、今回のハンバーグ争奪戦、元をただせば、ミレッタ王女殿下が異世界の聖女様たちをこのヨックォ・ハルマに召喚したことから始まっている。
聖女様たちが王都にハンバーグを紹介し、実際にそのハンバーグを調理しているのは、ブロンティという名の異世界人の料理人。その料理人も王女殿下が聖女様と一緒に召喚したという。
そして、今回のタマネギ。ハンバーグを作るのに、必要不可欠な野菜だが、それをこのヨックォ・ハルマで栽培しているのは、先代の聖女だった王女殿下に与えられている土地の人間。
王女殿下がいたるところでからんできている。
これって偶然か? 本当に偶然なのか?
まるで、我らのファブレス商会だけでなく、オーシャン・ホエール商会やフリューゲルス商会も含めて、三商会まとめて王女殿下に操られているかのようだ。
そんなことって?
ミレッタ王女殿下といえば、王宮の奥に住まわれ、幼少のころから聖女として中央神殿の修練を積んでこられたお方。この王都の中で、もっとも高貴な深窓の令嬢、正真正銘の箱入り娘という名にふさわしい人生を送って来られてきたお方。
そんな世間知らずのお方が、本当に、こんな三商会を丸ごと手玉に取るような大胆なことが実行できるといえるのだろうか?
いや、そんなのは無理に決まっている。いくら、幼いころから神の祝福を受けつづけてきた聖女であった人だとしてもだ。
だとすると、むしろ、だれかが王女殿下を裏でコントロールしているのではないだろうか?
だれかが、王女殿下に入れ知恵し、自分の思惑に巻き込んでいるのかもしれない。
そして、そのだれかは、必ずしも、我々に善意をもっているとは限らない。むしろ、この一連の展開の裏では悪意がひそんでいると思っていた方がいいのかもしれない。
――たとえ、一時的に損害が大きくなったとしても、いつでも撤退する勇気はなくさないようにしておいた方がよさそうだ。
その前に、とりあえずは、タマネギの仕入れを成功させなければいけないのだが。
目的地に到着した。
新しい開拓地で、まだまばらに粗末な掘っ立て小屋が並んでいるだけの小さな村。
それぞれの家の周りに畑が広がり、季節の作物が植えられている。その中に、タマネギの畑があるのだろう。どの畑がそれかまでは私にはわからないが。
周囲を見回し、人の姿を探す。
すぐ近くに用水路があり、清らかな水が勢いよく流れている。そのきわに座り込んで、野菜の泥を落としている女性を見つけた。あちらも私に気が付いているようで、私のことを不審そうに見つめていたが、目があった途端、ぺこりと頭を下げてくる。
警戒をとくように、できるだけ優しく声をかける。
「すみません。この村の人ですか?」
「うんだ」
「この村の代官所を探しているのですが、どこか教えてもらえませんか? 約束があるのですが」
不審がられないように『約束がある』を強調する。
「代官所だっぺ? んだば、そこの角を右にまがって、あとは真っ直ぐ行った先の立派な建物だべ」
「ああ、ありがとうございます。助かります」
「んだ。お安い御用だっぺ。したば、約束っつうことは、お代官様に、なんぞ御用だっぺ?」
「ええ、まあ。一応、この村の人に伝言を渡して、私がこの時間たずねることは、お知らせしているはずなんですが」
「そっかえ。だば、今の時間、昼寝しているかもしれないはんで、用があるなら勝手に入っていって、代官様の枕を蹴飛ばしてやりゃいいべ」
「ははは。そんな滅相もない」
などと笑っていたのだが……
教えられた代官所へたどり着き、大声で
「ごめんください!」
と叫んでも、誰も出てこない。建物の中からなんの物音もしない。
「ごめんください!」
……
こ、これは、さっきの用水路にいた女性のアドバイス通りに……
腹をくくって、代官所の玄関をくぐろうとしたら、
「あれ? もしかして、お客様ですか?」
背後から若い女性が声をかけてきた。
「えっ? ああ、はい。ここはこの村の代官所で間違いないですよね」
「ええ、そうですよ。間違いないです」
「あなたは、この代官所の……? いや、そんなわけないか……」
さっきの野菜を洗っていた女性と同様、どこかの民族衣装を思わせる作業着を着ている。顔や手足に泥がついており、頭に手ぬぐいを巻き付け、肩に鍬を担いでいる。農作業の帰りだろうか?
まさに田舎の農夫の娘、いや、嫁というような雰囲気だ。
おそらく、この代官所の関係者であるはずはないだろう。
「えっと、あなたが伝言をいただいたファブレス商会の総支配人のニーサン・マリナスさんで間違いないですか?」
「えっ!?」
激しく驚いてしまった。いきなり、通りすがりの農村の女性に自分自身の名前がよばれれば誰だって驚くだろう。
「どうやら、そうみたいですね」
その女性、頭に巻いていた手ぬぐいをほどき、肩にかけ直す。そうしてから、華やかといっていいような笑顔を浮かべて、私に片手を差し出してきた。
「私は、この村の代官を仰せつかっているヘイケンジーを申します」
「ええっ!?」
のけぞって驚いてしまった。代官というのだから、てっきりいかつい男性あたりを予想していたのだが、実際にはこのように年若い女性だったとは……
私が驚いている様子を眺めながら、ほがらかな笑みを浮かべていた。そして、
「どうぞ、中へお入りください。ご案内もうします」
「あ、その前に、手を洗わせていただけると、うれしいのですが……?」
そう、さっき握手したときに、私の手に泥がこびりついていた。
「あ、ごめんなさい。気が付かずに」
「いえ。いえ」
ヘイケンジー:カッワ・サキーの魔王の元家庭教師にして、配下の武将。大師。魔王がロジャーに対して反乱を起こしたときに、反対しながらも従っていた。




