23
――午後にでも、老人の住む村の代官所へ出向いてみるか。
そんな風に頭の中で考えていると、衝立を挟んだ店の表の方では、次から次へとタマネギが売れている様子。まさに飛ぶような勢い。だったのだが……
――こ、これがタマネギというものか…… ようやく、見つけたぞ! い、いや、喜んでいる場合ではないか。これが本当にあのタマネギだとは限らない。娘さん、このタマネギとやらを売ってくれないか?
どこかで聞き覚えがある声がする。
衝立の陰からそっと表の方をのぞいてみると、なにかの会合で見かけた男が買ったばかりのタマネギを手に取り、様々な角度からしげしげと眺めている。
――あれは……オーシャン・ホエールの総統のもとで秘書をしている……
「よお、ジェフ・ヴェルディじゃないか。こんなところで会うなんて、奇遇だの」
いつのまにか、スエイト老が表へ移動していて、挨拶している。
って、おいっ!
「これは、これは、ファブレスのご老人。お元気でしたか?」
「ああ、ほれ、見ての通り、元気いっぱいじゃ。お主も元気そうじゃの。そういえば、お袋さんの具合はどうじゃの? こないだうちの女房が町でばったり出会ったときに、風邪をこじらせているとかおっしゃっていたようじゃが?」
「おかげさまで、母も今ではすっかり全快しまして、今もうちの嫁をいびりながら、元気に暮らしていますよ」
「そうか、そりゃ、よかった。ん? はて? それは、よかったといってよいのかの?」
「はい、もちろん、です。で、老、今日はここへ何しに?」
メガネの奥の目がキラリと光る。
「そりゃ、もちろん、このタマネギを買いにな。このタマネギを刻んで炒めると、甘みとコクがでて、どんな料理でも一段上の味に変わるんじゃよ」
「そ、そうなんですか!」
「おぬしも家に持って帰って、試してみるといいぞ。かわいそうな嫁さんもきっと喜ぶだろうて」
「はい、そうします。では、これで。老もお元気で」
「そちらもな。達者でな」
「では」
そうして、その男は店の前から去っていった。ほとんどスキップするかのような足取りで。
店の裏に戻ってきたスエイト老も、ゴキゲンな様子で報告してくる。
「ほれ、あやつもオリジナル10の生まれじゃったが、何代か前に独立したが、結局商売がうまくいかず、オーシャン・ホエールに拾うてもらったヤツじゃ。元気にしておるようで、よかったの」
しみじみとかみしめるように喜んでいるところ悪いのだが、
「いや、今はよくないだろ!」
「……? はて? なにか問題でもあったかの?」
理解してないようだ。
「ありありだろ! ったく! あいつがここへ来たってことは、オーシャン・ホエールもタマネギの存在に気が付いたってことだろ。ってことは、いずれフリューゲルスも」
「ああ、そうじゃった、そうじゃったの」
「しかも、わざわざ老の方から声をかけるもんだから、相手の方にも、こちらがタマネギをすでに知っていることがバレてしまったしな」
「そうとは限らんだろ。わしが声をかけただけなんだし」
「なら、そこの衝立の陰から表の方をこっそりのぞいてみな。ほら、向かいの店の陰のあたり、さっきのやつがこっちを監視しているのが見えるだろ?」
「なんと! 本当じゃ」
「どうやら店の奥で商談をしていたのまで勘づかれてしまったようだな」
さて、どうしたものか……
まあ、スエイト老が登場した時点でこちらの動きはバレてしまっているのだし、いまさら隠し立てしても無駄なんだが。
店の老人に声をかける。
「すまないが、その手ぬぐいを貸してもらえないか?」
「ん? 別にかまわないずらが、なにすんだっぺ?」
泥で汚れた手ぬぐいで顔と手をこする。私の手にも泥がついた。さらに、その手ぬぐいを頭に巻いて。
「どうよ。これで野菜を売りに来た近隣の農民に見えるようになったんじゃないか?」
「……」
「って、なんで目をそらす?」
「どこの農民がそんな立派な服をきて出歩くんだか……」
「……」
それはもっともな指摘だ。だが、もっと農民っぽくするために、店の老人の汗臭く薄汚れた民族衣装の作業着と今着ている服を取り換えてもらわなければならない。そう、今、私が着ている服と交換に…… こ、これはオーダーメイドであつらえた服なんだぞ! た、高かったんだぞ!
ながい葛藤と逡巡の末に、泣く泣く着ているモノの交換も終えた。
く、くそっ! タマネギをなんとしても大量に仕入れて、王都だけでなく王国中にハンバーグを大々的に売り出し、大儲けしてやる!




