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長い道をトボトボと歩いて、ファブレス商会本部へ戻ってきた。
忙しく働いている従業員たちに気のない挨拶しながら、支配人室へ戻る。
ドアを開けた途端、中から待ちに待った匂いが飛び出してきた。そこで待っていたのは、鼻をくすぐる肉のやける香ばしい匂い。
デスクの上で私の帰りを待っていたのは、鉄板プレートの上でジュージュー言っているハンバーグだった。
――そうか! 出かける前に料理しておくように命じていたのだったな。
途端に、
グゥ~~ ギュルルルルル~~
盛大に腹の虫が鳴いた。今日は残念だったが、ようやく念願のハンバーグにありつける。神殿が提供するものではなく、自分たちの力でなんとか作り上げたハンバーグ。奇跡のハンバーグ!
ついに、ついに、ここまで来た!
思わずガッツポーズが出そうになる。ま、周囲の目があるわけだし、ファブレス商会の総支配人たるもの、ここは自制するのだが。
部屋に入り、背後でドアをゆっくりと閉める。
着ていた外套をソファーに放り投げた。そのまま、放り投げる動作のつづきで頭の上まで腕を振り上げた。力強く、満面の笑みで。
勝利のガッツポーズ!!
ソファーに座って待っていた王宮の副料理長の弟が目を丸くしていた。
「ようやく、できたか。ありがとうな。早速いただくとするか」
指を組み、手首をコキコキ回しながら、デスクに近づく。さっそくナイフを手に取った。すぐに立ったままナイフで切り分け、一切れを口の中へ放り込む。
ジュウシーでホロホロと口の中で溶ける香ばしい肉の感触が脳裏に先行して思い浮かぶ。あの中央神殿で味わった絶妙な味を。
直後、口に中に広がったのは――
ボソボソした硬い肉。獣くさく、後をひくえぐみ……
辺境の島で味わったあの肉団子だった。
おえっ!
「な、なんじゃこりゃ! なんでこうなった? さっきのあれはタマネギじゃなかったのか?」
思わず、王宮の副料理長の弟を睨んだ。
やつめ、私の目の前で仕方ないとでもいうように肩をすくめている。
「私は、いただいたレシピ通りにこれを仕上げただけですよ」
「だったら、なぜこんなことになってる?」
「さあ? 私にも見当がつきません」
失敗だった。ハンバーグの再現に失敗していた。
「くそっ! なんでだ? なんでこうなる?」
「なんででしょうね」
まるでひとごとのような態度に、少々カチンとなるが、ここは我慢。まだまだ、こいつには利用価値があるのだから。
そんなことより、スエイト老も言っていたように、あのタマネギをつかえば、こんな風に完璧な辺境の肉団子料理を再現するなんてことにはならないはずだ。肉が柔らかくなり、臭みが抑えられ、甘みやコクが感じられるはず。なのに、この料理は前のものとまったく変化がない。
「さっき届けさせたタマネギを使ってみたのか?」
「ええ、さっそくレシピ通りに、皮をむいて、皮をむいて、皮をむいて…… どこまでいっても中身にたどり着かなかったのですよ。結局、あの野菜は皮の塊でしかなかったですね」
「……」
「中身がなかったので、みじん切りにして炒めようがなかったのですよ。本当、無駄骨でした」
「そんなバカな!」
「総支配人がそう言うと思って、念のため、剥いた皮を持ってきてますよ。お見せしましょう。ほら」
ソファーのそばのテーブルの上に広げたのは、無数の薄く白い皮の数々――
「私もそんなバカなと思って、念のため、別のヤツを半分に切ってみましたが、やっぱり断面に無数の皮が見えるだけなんですよ。ほら、このように」
手渡してきたタマネギの輪切りには、その言葉通り無数の皮が巻いているのがみえるだけだった。
「そんな……」
「きっと、総支配人はだれかにだまされたのかもしれませんね」
「……」
そうして、王宮の副料理長の弟は立ち上がり、さっさと部屋をでていくのだった。
――いや、このデスクの上の肉団子どうすんだよ!