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私:ニーサン・マリナス――ファブレス商会総支配人
ついに、ついに、ライバル商会を出し抜いてハンバーグのレシピを手に入れた。
不本意だが、トムの手を借りて。
――ってか、なんで聖女様がハンバーグのレシピを知っているんだよ! そんなのだれが想像するんだよ!
支配人室で小一時間ほど暴れたら、頭がスッキリした。くぞっ!
『ともあれ、これで我がファブレス商会がリードしたぞ!』という喜びは、そう長続きはしなかった。
すぐにあの間抜けがレシピを手に入れた状況がレッチェルからの報告で明らかになったからだ。
あの間抜けは度外れに間の抜けたことに、例の食事会の最中に大声で聖女様にレシピを無心したのだという。
各商会の関係者が大勢詰めかけている食事会。その衆目の集まる中でレシピをもらうなんて…… いくらなんでも間抜けすぎる!
これでは他の商会もレシピを手に入れられたってことじゃないかっ! 聖女様に頼めばいいだけなのだから。
頭を抱えるしかなかった。
本物の間抜けめ!
さらに、頭を抱えさせたのはそのレシピの内容だった。
レシピ自体はいたってシンプルだった。
タマネギという異世界の野菜の皮をむき、みじん切りにし、炒める。
次に、炒め終え粗熱をとったタマネギにひき肉をあえ、パン粉、獣の乳、卵、塩、砂糖、その他スパイスをいれ、混ぜてから、練る。
一人前に切り分けて、後で焼いた時に破裂しないように空気を抜きつつ成形。しばらく寝かせてタネができあがる。
あとは、そのタネを焼き、焼き終わったら、タネからにじみ出てきた肉汁を使ってソースを作って完成。温野菜などをそえれば、ハンバーグが出来上がるのだ。
知ってみれば実に簡単な料理だった。
簡単な料理だったのだが…… そもそも最初に出て来るタマネギってなんだ? 聞いたこともない!
試しに、例の王宮の副料理長の弟を呼んで、タマネギという食材を知らないか聞いてみたが、知らないという答えだった。そこで、タマネギなしのモノを作らせてみたが、肉は固く、味気なく、なによりも、獣くさいものができてしまった。後味にえぐみが…… おえっ!
記憶にある辺境の島の肉団子の味が再現された。
タマネギなしでは、お話にならん!
「なんとかして、タマネギとやらの代用品を探さなければ!」
「えっ? そうですか? これはこれで味わい深い料理ですが?」
副料理長の弟に白い眼を向けつつ、ハンバーグと、この出来上がった代物との違いを検討する。
この場にレッチェルがいれば、的確に分析して、タマネギの役割について教えてくれるだろうが、今はまだ中央神殿に潜入したままだ。レシピが手に入ったといっても、やつにはやつにしかできない、特別な役割がまだ残っているのだから。
聖女様の料理人であるブロンティをこちらに抱きこみ、引き抜くという役割が。
それでも、なんとか記憶と比較しながら、この肉団子を我慢して味わいなおしてみる。
おえっ!
肉が固く、食感がわるい。さらに、ハンバーグに感じていた味の深み、コクや甘みが感じられない。うまみが弱い。そして、何よりも肉から漂う何とも言えない獣臭さとえぐみが……
つまり、タマネギとやらは、それらを改善してしまう魔法の野菜ってことか……
そんな万能な野菜なんて、このヨックォ・ハルマに存在するのか?
いや、ないな。そんな野菜聞いたことがない。あるなら、とっくに大流行しているだろう。
だが、ブロンティはハンバーグとして料理を提供している。つまり、どこかでタマネギ、もしくは、その代用品が存在しているってことだ。
では、一体どこで?
転移門の先には確実に、タマネギかその代用品が存在しているはずだ。その場所を突き止めることができれば!
賢者クラスの魔法使いの居場所を追い求める作業にさらに熱が込められた。同時並行でタマネギとその代用品探しも開始される。
三商会それぞれが活発に情報を集め続けた。
代用品の研究もすすめられ、野菜だけでなく、様々なものが試された。一種類だけでなく、複数のモノを組み合わせたりもした。いくつか成功したものもあったが、それは一部だけで、タマネギの効能のすべてを成し遂げるようなものはついに発見されなかった。