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 ガムバが部屋を後にした途端、私はエスパル神官にあてに手紙をしたためた。

 さっそく人をやって、手紙を渡す。

 私の手紙を受け取り、エスパル神官はすぐに行動に移すことだろう。

 結果は直後の聖女様のお勤めの日の翌日に届いた。

 エスパル神官は、ブロンティが仕込み作業をしている厨房に聞こえるように大声でレッチェルに話しかけたという。


『レッチェル、聞くところによると、前の職場では相当なグルメとして名が知られていたらしいじゃないか。そこで相談なんだが、今、王都で行くならどこのレストランへ行くと美味な料理にありつける?』


 即座にレッチェルはいくつかのレストランの名をあげ、それぞれの店を代表する料理を教えたという。

 それに食いついたのは、ブロンティだった。仕込み作業を終え、帰り支度(じたく)を始めたブロンティは、夫のアーズにレッチェルを連れてこさせた。

 初めて向かい合ったブロンティは細身の体全体にしなやかな筋肉をしのばせ、自信にあふれ、威厳を感じさせる存在だったという。対面するだけですぐに分かる優れた料理人のオーラのようなものをまとっていた。


『レッチェルさん。あなたは王都のお店にくわしいのですか?』

『ええ、王都内にあるほとんどのレストランを食べ歩いたことがあります』

『そうですか、なら、今王都で一番おいしいという評判があるお店はご存じですか?』

『そうですね。いくつかあります。なんでしたら、今度、私がご案内しましょうか?』

『えっ? いいのですか? それじゃあ、お願いします』


 というわけで、レッチェルはブロンティを王都中のレストランの食べ歩きに誘いだすことに成功したのだ。

 さすがに、料理人としてのプロフェッショナル。狙い通りの展開で、高笑いがとまらん!

 ハハハハ!


 そうして、その翌日、レッチェルとブロンティ夫妻の三人で王都めぐりを始めたという。

 最初は当たり(さわ)りのない会話をするだけだったが、レッチェルがオススメする最初の店に入った途端、ブロンティは猛烈な品数の料理を平らげた。そして、それぞれの料理について、あれこれとレッチェルと感想を交換した。そのどれもが的確で納得のいくものばかりだったらしい。

 その後、レッチェル(つまりは、ファブレス商会)のツテもありそのレストランのコック長とも面会して、ブロンティは疑問に思った料理法をたずねたり、意見交換したりしたという。

 ブロンティの料理への知識は、レッチェルをしてさえもまったく底が見えないほど深く膨大で、それなのにその知識欲はあくまで貪欲(どんよく)だった。この王都で今まで知らなかったような料理方法を見つけ出しては、どんどん吸収していった。

 充実した時間が流れた。

 それからは、レッチェルともずいぶん打ち解けた関係になったようで、ブロンティの身の上話にまで及んだようだ。


 ――うむ。レッチェルお手柄だ!


 ブロンティ自身の話によると、ブロンティはもともと異世界の王城所属の料理人だったが、修業の一環として聖女様たちのもとでまかないを担当しつつ、たまたますぐ近くに店をもっていた市井(しせい)の腕の立つ引退料理人に師事してハンバーグなどの異世界料理を覚えたという。その後、聖女様が中央神殿へ召喚されたときに、そのまま一緒についてきたらしい。

 その後も、二軒目、三軒目と食べ歩き、そのすべてで膨大な数の皿を食し、レッチェルや料理人たちと意見交換をし続けた。

 だが、異変が起こったのは、三軒目のレストランを出た直後だった。

 さすがに、お腹いっぱいになり、そろそろお開きにしようと話しはじめたときだった。

 店の前で人相の悪い男たちに囲まれた。

 男たちはそれぞれに武器を手に持ち、ブロンティを(さら)おうと狙ってきている。

 思わず、逃げ腰になったレッチェルだったが、それでも、ブロンティを背後に守ろうとした。そんな二人の前で男たちに立ちふさがったのは、ブロンティと一緒に食べ歩いていた夫のアーズだった。

 アーズは男たちの前に立ちふさがると、ゆらりとした動作で腰の剣を抜いた。

 男たちはアーズにかまわず一斉に突っ込んでくる。アーズは男たちの攻撃を見切り、必要最小限の動作で男たちの急所を剣の峰や柄で叩きつける。

 あっという間に、アーズの周囲に気を失った襲撃者たちの山ができた。

 襲撃者たちは人数が半分に減ったころ、それ以上押しても無理だと(さと)ったのか、逃げていった。

 アーズはその後を追いかけもせず、かといって、気を失って伸びている襲撃者たちに特に関心を示すこともなく、そのまま剣を納め、ブロンティやレッチェルを連れてその場を去ったという。


 ――おそらくオーシャン・ホエールかフリューゲルスの手の者だな。こんな荒っぽいことをしなければいけないほど、うまくいかずに追い詰められているってことか。


 あごの下に手を当てて、次の手を考える。

 なら、これからもレッチェルたちが食べ歩きをつづけるのなら、こちらからも護衛の者を派遣すべきだな。

 うちから派遣されているのがわかれば、こちらに感謝をし、親近感を抱いてくれるだろう。

 それからも、レッチェルとブロンティ夫妻との食べ歩きは何度も続けられた。

 三人は相当打ち解けたようで、お互いの誕生日にはプレゼントを贈り合うまでになった。だが、それでも、ブロンティ夫妻の口は固く。夫妻(と聖女様たち)が今どこに住んでいるのかや、神殿奥の転移門がどこへ通じているのか、そして、肝心のハンバーグのタネの作り方について、レッチェルは手に入れることができなかった。

 ただ、肉の(くさ)みけしに、異世界の野菜を使っていることだけは匂わせたが。




「なんだ? マリナスはハンバーグの作り方が知りたいのか?」


 支配人室でいつものように頭を抱えていたら、ちょうど通りかかったトムが私に声をかけてきた。


「ええ。そうです。いろいろ手を()くしてみたのですが、聖女様側のガードが固くて、全然うまくいかないのです」

「そっか、なら、俺様がひと肌脱いでやろう。感謝しろよ」

「えっと? あ、ありがとうございます」


 ハッキリ言って、疑いの目しかないのだが。総支配人である私がうまくいかないのに、ファブレスの当主とはいえ、あのトムごときが()きだせるわけないだろう。


「ほら、聞いてきてやったぞ。ありがたく思え」


 その晩、帰り仕度を始めた私に、どこかから(おそらく中央神殿から)帰ってきたばかりのトムが偉そうにふんぞり返りながら、メモを差し出してきた。

 そこに書かれていたのは、確かにハンバーグのレシピだった。


「ど、どうやって、これを! どんな方法で?」


 トムはニヤリと笑った。


「そんなの決まってるじゃないか。俺様の愛するアイリちゃんに訊いてきたんだよ。こころよく教えてくれぜ」

「……」





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