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 中央神殿に潜入させたレッチェルからの報告によると、新しい聖女様たちは、普段は中央神殿で寝起きはされておらず、仕事のあるときだけ、神殿奥に設置されている転移門から現れるのだという。

 その転移門がどこにつながっているのかはわからないが、聖女様自身と聖女様が認めた一部の者たちのみが通行が許可されており、例のハンバーグの料理人もそこから現れるのだという。

 もし、許可されていない人物がその転移門を通り抜けようとすると、その手前で(はじ)き飛ばされてしまうらしい。

 なんにせよ、おそらく反対側の転移門はヨックォ・ハルマのどこかに同じように設置されていると推測される。

 また転移門は使用時だけでなく、使用されていないときも消滅することなく神殿の奥に存在しているという。


 ――常時、安定して設置されている転移門か。よほど能力の高い魔法使い(それも賢者クラスの)でもなければ設置不可能な代物だな。


 調べたが中央神殿に所属する神官の中には賢者クラスの魔法使いはいないようだ。だとするなら、このヨックォ・ハルマで名の知られた賢者クラスの魔法使いがいるどこかの地域に聖女様たちと料理人が住んでいるのかもしれない。でなければ、転移門は定期的に魔力を込めなければ、いずれ不安定になり、消滅してしまう。つまり、転移門を設置した賢者クラスの魔法使いがすぐにメンテナンスに飛んでこられる場所に出口側の転移門があるってことだ。


 中央神殿と協力関係にある賢者クラスの魔法使い……


 もうすこし調べてみる必要があるな。

 で、ハンバーグの料理人に関しても報告が届いてきた。

 その料理人は女性でブロンティという名だという。

 ヨックォ・ハルマではあまり聞かれない名だ。異世界の名をもつ聖女様たちもそうだし。これもまたこのブロンティという料理人が異世界人であるということを証明しているのかもしれない。

 そのブロンティは、聖女様たちが来る日の朝早くから中央神殿に現れる。そして、ハンバーグのタネはそのとき一緒に転移門の向こうから持ち込んでくるのだという。で、中央神殿の厨房に入ると、その持ち込んだタネをもとに仕込みをはじめ、自分の仕事が終わると、聖女様たちが到着するよりも前に転移門の中へ戻っていくという。

 その後を引き継いで、神殿所属の料理人たちが事前の指示に従って、料理が完成され、寄付者たちにハンバーグが提供されるとい仕組みのようだ。

 もっとも厨房で行われる仕込み作業も料理の完成作業も非公開にはされておらず、レッチェルも潜入してすぐにその作業手順を確認して、詳細に報告を上げてきていた。当然、ライバル商会にもそのあたりの情報は入っているのだろう。

 だが、肝心のタネの部分、転移門の向こう側で行われている作業がまだ謎のままだった。

 レッチェルはそれでもなんとかそのタネづくりの作業の秘密を知ろうとブロンティに接触を試みたようだが、そのたびに、ブロンティの夫であるアーズという男に足止めをくらい、うまくはいっていないようだった。

 それは他の商会のスパイたちも同様なようで、まだ、どの商会もタネづくりの秘密を探りだすまでにはいたっていない。


「あっちも、なかなか苦戦しているみたいだな。さてどうするべきか?」


 支配人室の椅子に座り、報告書を丹念に見直しながら、あれこれ作戦を巡らす。

 だが、直接会ったこともなく、人となりもほとんどわかっていないような人物をターゲットに作戦を立てようとしたところで、まともなものができるわけもない。

 机の上のメモ用紙に作戦のようなものを立てては、破り捨てを繰り返すしかなかった。完全に行き詰った状態だった。

 頭を抱え、髪の毛をかきむしるしかない。妻に、最近薄くなってきたと指摘されるのだが、このせいだろうな。はぁ~

 そんな状態の中で突破口になるヒントをくれたのは、あの奥向きの女中頭のガムバだった。




 いつものように総支配人室で一人頭を抱えていると、


 トントン――


 ドアがノックされた。


「どうぞ。開いてるぞ」

「失礼します」


 ガムバはティーポットを手に部屋に入ってきた。


「お茶のお代わりはいかがですか?」

「ああ、ガムバさんか。旦那様は?」


 途端にため息をつく。


「はぁ。今朝も早くからいそいそとお出かけになられました」

「そっか。いただく」

「あれ以来、夜お出かけになられるのは、さすがにお止めになられましたが、そのかわり、毎日毎日、浮かれ気分でどこかへお出かけになられて……」


 脳裏に、中央神殿で見かけた醜態が思い浮かぶ。

 思わず舌打ちしそうになった。

 ガムバと私は、あの事件で共犯者となった心理のせいか、以前よりも親しくするようになっていた。今日も主のいない奥でヒマをもてあまし、私のところへ顔を出してきたのだろう。

 今朝()れてからとっくに空になっていたカップに運んできたティーポットから熱々のお茶を注ぐ。


「ありがとう」


 礼をいう私に微笑みながら、ポーズをとった。


「それでは、ご唱和ください」

「えっ? な、なにを急に――」


 驚いている私を無視して、


「おいしくなーれ♪ おいしくなーれ♪ 萌え、萌え、キュン♪」


 胸の前でハートをつくって、飛ばしてくる。

 そして、どうしたことか、私までもガムバの掛け声に合わせて、


「おいしくなーれ♪ おいしくなーれ♪ 萌え、萌え、キュン♪」


 両手で作ったハートをカップに飛ばしていた。


 クッ……


 激しく見覚えのある光景だ。そして、それは私やガムバのようなもはや中年とよばれる年代に足を踏み入れた大人がするようなことではない気がしないでもないような……

 ガムバの顔を見ると、満面の笑み。やりきったっていう晴れやかな顔をしている。


「これは……?」

「あら、知りませんか? 今、王都で流行っている食べ物や飲み物を実際の何倍にもおいしくさせる魔法の呪文だそうですよ」

「い、いや、知ってはいるが…… だが、ガムバさんがこれを知っていて、私に向かって実行したことにとても驚いていて……」

「あら? そんなに驚くようなことかしら?」

「あ、え、あ、え、う、うん」

「これでも私、女中として十年以上お仕えしてたきた身」


 いや、私は知っている。ガムバが女中になって仕えはじめたのは十年どころか、三十年以上も昔の話。私が成人し、正式にファブレスに入ったときにはすでに女中をしていた。


「その道のプロである以上、この手の流行はしっかりと押さえておくのは当然のことですわ」


 エッヘンと胸を張る。


「な、なるほど……」

「プロたるもの、自分の職務に関連することなら、世間にアンテナを広げて、その流行を常に把握しておく。それこそが、本物のプロフェッショナルというものです」

「うん、たしかに……」


 実に称賛に値するプロ根性を言えるだろう。むしろ、考えてみれば私の方が無礼だったかもしれない。だから、


「申し訳ない」


 素直に頭を下げる私の向かいで、ガムバは急に顔を真っ赤にして頬を押さえるのだった。


「まあ、私、こんな偉そうなことを、総支配人さんに言うだなんて。総支配人さんこそ経営のプロだから、そんなこととっくにご存じでしたでしょ。恥ずかしいわ」

「いや、そんなことはない。改めて、あなたから大切なことを教わりました。ありがとうございます」

「そんな、滅相(めっそう)もない。こちらこそ、ごめんなさいね。ささ、お茶が冷めてしまいますから、お飲みになってください」

「では、いただきます」





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