表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/59

12

私:ニーサン・マリナス――ファブレス商会総支配人

 支配人室へもどり、さっそくメモ用紙を取り出して、状況の整理を始める。


『ハンバーグ』


 その単語をメモに書き(しる)すだけで、たちまちあの焦げた肉の匂いが頭の中によみがえり、口の中につばがあふれる。また食べたい!


 聖女様の世界の肉団子料理。絶品! そして、美味!

 あの料理をファブレス商会が関係しているレストランで再現できればこの世界で大流行するのは間違いないだろう!


 あの市長がらみの事件以前から多角化経営していたファブレス商会にも、もちろん関係するレストランが何店舗かあった。そして、この王都にも、ファブレス商会が資金を出し、目抜き通りに出店しているレストランがある。とある人物に任せている店だ。もっとも、今はお世辞にも繁盛しているとは言えないような状態だが。それでも、本人はそれなりに腕に覚えのある料理人のつもりのようだ。

 それはそのはずで、その人物は王宮の副料理長を兄にもつのだ。その兄は今の高齢の筆頭料理長が引退すれば、その後釜に昇格する可能性が大だし、そのときには弟にこれまでいろいろと便宜(べんぎ)を図ってきた我がファブレス商会は王宮の厨房とつよいパイプを持つことになるだろう。うまくすれば御用商人に選ばれるかもしれない。

 そんな計算のもとで、今まで赤字を垂れ流すような経営をしていても、なにも言わないでいた。でも、それも限界は近い。以前のファブレスならレストランがだす赤字など、大したことでもなかった。でも、いまのファブレスにとっては……

 そこで、もし、このハンバーグを再現できるのならば、あのお荷物料理人にヨックォ・ハルマ中で名を上げる機会をあたえることになるだろう。そんな名声を得れば、その兄である王宮の副料理長にも良い影響がでるし、待望の昇進の時期が早まるだろう。そうなれば王宮の御用商人に選ばれる可能性が出て来る。

 さらに、赤字のレストラン事業そのものが大きな(もう)けを生み出すようになるかもしれない。ファブレス商会の新しい柱の事業になるかもしれない。

 そのためにも…… あのハンバーグを再現せねば。




 じゃあ、あのハンバーグを再現するには何をしなければいけないのか?

 もちろん、そんなの答えは一つしかない。


 ――どうにかしてレシピを手に入れなければいけないのだ!


 じゃあ、どうやって?

 レシピを知っている者を見つけ出して、聞きだすしかないだろう。だが、一体それはだれのことだろうか?

 レシピを知っていそうな者といえば…… もちろん、自分たちの故郷の味なのだから、聖女様たちに()くのが一番手っ取り早いだろう。だが、この線は望み薄だ。だって、今はサクラギ宮で療養なさっている前任の聖女様ミレッタ王女がそうであったように、聖女の務めを果たすには、子どものころからの長い年月にわたってきびしい修練を重ねてこなければいけない。

 異世界から連れてこられたとはいえ、今の聖女様たちも、中央神殿で立派に聖女の役割を果たしておられる。なら、当然のことに故郷の異世界においても聖女や巫女としての修行を子供のころから積んでこられた人たちだろう。そんな聖女様たちが、料理などという俗世の雑事にご自身の手を煩わせておられたはずはないし、当然、料理に精通しておられるはずもない。

 実際、ミレッタ王女も子どもころから浮世離れした神聖な雰囲気をまとわれておられたが、自ら料理をなされたという話は一度も耳にしたことはない。おそらく、包丁の使い方ひとつ知らないのではないだろうか。

 そう考えると、聖女様たちがハンバーグのレシピを知っている可能性はかぎりなく薄いだろう。

 とはいえ、私自身が体験したように現実に神殿ではハンバーグが提供されていた。

 つまり、それはだれかが調理をし、料理を完成させたということだ。おそらく神殿の厨房にいるだれかが料理をしていたのだ。その誰かはハンバーグの調理の仕方を知っている人物。そして、そのハンバーグは聖女様の故郷の異世界でしか知られていない料理。なら、厨房で調理していただれかはどうやってかはわからないが、聖女様の故郷の味を知っていたってことを意味する。それは、つまり、その料理人はハンバーグのレシピを確実に知っている人物だってことだ。

 では、それはだれか?

 このヨックォ・ハルマの人間ではないことは確かだろう。ハンバーグはヨックォ・ハルマではまったく知られていない料理なのだから。

 とすると、聖女様の故郷の世界から連れてこられた料理人だろうか? 聖女様と同時に、あるいは前後して、連れてこられた? だとすると、あの聖女様たちが召喚されたのは偶然なんかではなかったはずだ。

 たしか、あの聖女様たちは、療養に入られる前のミレッタ王女が最後の力を振り絞り、直々(じきじき)に召喚の儀式を行って、召喚されてきた人たちだ。だが、もしかすると、ミレッタ王女自身が地球という異世界を知っていたとしたらどうだろう? 知っていてあの聖女様たちを連れてきたとすれば。それなら余力を振り絞ってついでに料理人も召喚したなんてこともありうるかもしれない。

 もしくは、ミレッタ王女が召喚できるのは地球という異世界からだけで、他の異世界の人間を召喚することができないとしたらどうだろうか?

 だとすると簡単だ。かならず聖女様たちの故郷と同じ世界から人間を召喚することになるのだから。召喚された料理人がハンバーグを知っていたとしても、まったくおかしくはないことになる。

 いずれにせよ、料理人が異世界人であるなら、その人物を召喚したのはミレッタ王女以外の何者でもないってことだ。

 なら、そのミレッタ王女に再び料理人を召喚してもらえば……


 いや、それは無理だな。


 そもそもミレッタ王女は病気療養のために、聖女を退かれ、離宮へ移られたのだ。神託からすると、おそらく、その病気は不治の病であり、死病にちがいない。そんなお方に体にかかる負担が大きい召喚術式を再度お願いするなんて…… たとえ、我がファブレス商会のためだとしても、ウェスト王国民のひとりとして絶対にしてはいけないことだ!


 とすると、私にできることは――


 中央神殿で料理をしている料理人を探し出し、接触すること。そして、その人物からレシピを訊きだすことだ。場合によってはその人物を引き抜き、こちらに引き入れることができたならば――


 ファブレス商会の勝利だ!!




 これからの作戦の方向性が決まった。そして、それは決して我らのファブレス商会にとっては難しいものではないように思える。

 ファブレス商会のもつあらゆる財力や信用力をつかえば、造作もないことだろう。


「フハハハハハ」


 勝利を確信して、私はデスクに両肘をつき、額のところで手を組みながら、笑い声をもらすのを止めることはできなかった。

 あっ、今若手の従業員がノックして部屋に入ってきた途端、ギョッとした顔をして、静かにドアを閉めて立ち去った。

 まあ、いい。気にしないことにしよう。


「フハハハハハ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ