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聖女様たちが参加する神事が一通り終わり、一般の参拝者たちが司祭から聖水に浸したパンを受け取り、帰宅していった。
さっきまで礼拝する人でぎっしり埋まっていたホールの中は、いまでは閑散としている。やがて、女神官が居残っている私たちの前にきて、ホール脇の通路から食堂へと案内してくれた。
案内された席は食堂の隅。
着席すると、すぐに奥の厨房からアツアツのプレートに乗った料理が運ばれてきた。
私の前に並べられたのは――
ああ、肉団子か。
ひき肉を丸めて固め、鉄板プレートの上で焼いて、ソースをかけたもの。
似た料理を私は知っていた。
若いころ、私はファブレス商会所有の船で外国をあちこち旅していたことがあった。なにか交易の新しい目玉になりそうなものはないかと探し回っていたのだ。そして、ある時、魔大陸からさほど遠くないところにある小さな辺境の島まで足を延ばした。
とくにこれと言って特徴も特産品もない小さな島。上陸してすぐにここは空振りだったかと落胆したものだが、その島で出会った郷土料理が肉団子だった。
まさに、ひき肉を丸めて固め、鉄板プレートの上で焼いて、ソースをかけたもの。
まったく、同じ見た目の料理だった。
あの時の肉団子は…… 思い出しただけでも吐き気が……
ボソボソした硬い肉。獣くさく、後をひくえぐみ……
人生でワースト5に入る食事だったといっていいだろう。
そして、その最悪の料理と同じものが、私の目の前に。
鉄板の上でジュージューいっていて、焼けた肉の匂いが立ち上ってくるのは、すごく食欲を刺激はするのだが、あの時の味がよみがえると思うと……
私たちの席の前では、料理を運んできてくれた女神官が、聖女様が着ているものと似たデザインの衣装を着て立っている。
私たち二人の顔を見回し、
「では、ご唱和いただきます。私について仕草を真似てください。では、参ります!」
そういうと、体をくねくね器用に揺らしながら、両手の親指と人差し指を合わせて、上部がへこんだ丸を作った。それを押し出しながら、
「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌え、キュン♪」
奇妙な呪文を唱えるのだった。もちろん、私もその仕草とセリフを真似て、
「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌え、キュン♪」
隣の手代さんも、
「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌え、キュン♪」
まわりの席の人たちも
「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌え、キュン♪」
……
奇妙なサバトが広がっていた。
一体、なんの儀式なんだろうか? 意味不明だった。
ともあれ、
「では、いただきます」
私のとなりで菓子店の手代さんが、食事を始めた。近くのバスケットに山盛りになっているパンを手に取り、ちぎり、口に含む。それからおもむろにナイフとフォークを両手に構え、いざ肉団子へ。私の見守る前で、一口大に切り分け、口の中へ運んだ。
なかば、手代さんが驚きに目を見張り、目を白黒させながら、食べかけの肉の塊を口から吐き出すのを期待していた。
実際、手代さんは驚きに目を見張り、目を白黒させ始めている。だけど、口に含んだものをイヤそうに吐き出すどころか、それを飲み込み、また新たな肉片を口元へと運んでいった。まったく信じられない光景だった。
そんなバカな!
あんな、あんな最低の料理を、こんなにうまそうに、夢中になりながら食べ進める人間がいるだなんて……
ありえないことが目の前で起こっている!
ふと、手代さんが私と視線があった。
「これ、すごくおいしいですよ」
「え、ええ。そのようですね」
夢中で食べているのは、手代さんばかりではなく、私の周囲の席の人たちもみなだ。今、この食堂の席についている人たち全員だ。
ハッ! さては、さっきの奇妙な儀式はこんな料理ですらおいしく感じさせてしまう呪術式なのでは!?
だ、だが、なんのために、そんなことを? 第一、ここは中央神殿の中にある食堂。そんなところで、呪われた儀式などできるものだろうか?
さまざまな疑問が私の脳裏に去来し、答えを見つけ出せないまま、滞留しつづけた。
散々、考えを巡らせた末に、私はついにナイフとフォークを手に取った。そして、目の前のプレートの上にある肉片を切り分けたのだった。