09
礼拝所の大扉が開かれ、私たちは順番に礼拝所のホールの中へ入っていく。
神官たちに案内されたのは、ホール前方の隅の方。中央の祭壇前の席は私たちよりももっと多くの寄付を提供した人たちがついているようだ。
「アイリちゃ~ん♪」
なんだか、とても聞き覚えのある野太く気持ち悪い声がその祭壇前の席から聞こえた気がするのだが……
飾りのついたうちわのようなものを盛んに振り回して、奇声を発している人物に激しく見覚えがあるのだが……
「アイリちゃ~ん♪ こっち向いてぇ~♪」
――事務所にいないと思ったら、こんなところに入り浸ってやがったのか! 恥さらしめ!
痛む頭を抱え、顔を覆うしかない。先代がこの光景を目にしていたら…… いや、そもそも、先代が生きていたら、とっくに勘当して、親戚の誰かを跡継ぎに…… いや、そもそも先代が生きていたら、ミ・ラーイの市長に連座して、ファブレス商会なんて、とっくにこの世界から消滅していただろう……
とっ散らかった思考の末、とりあえず、見なかったことにした。これから起こることに集中する。
集中することにしたのだが、『アイリちゃ~ん♪ 大好き~♪』だとか、『アイリちゃ~ん♪ 僕にその聖水を降りかけてぇ~♪』だとか聞こえてくるわけで。そのたびに眉がピクピクと蠢いてしまうの仕方ない。
「アイリちゃ~ん♪ こっち向いてぇ~♪」
ええい、うるさいっ!
祭壇で神事を執り行っているアイリちゃんと呼ばれている聖女様もどこかいらだっている様子。やがて、祭壇前の席で騒いでいるどこぞのバカの元へ眉を逆立ててツカツカと歩み寄っていった。
「わぁ~♪ アイリちゃん、来てくれたんだぁ 僕、うれしいなぁ~♪」
「信者さん、そろそろお帰りの時間ではないですか?」
「えっ? まだ、そんな時間じゃないよぉ もっと大好きなアイリちゃんの顔を見ていたいよ」
「いえ、先ほど私めに神からの啓示が下されました。あなたは今すぐにご自宅へお帰りになられないと、これからよくないことが起こるでしょう! もしかすればご自宅が火事にあわれるかもしれません。さあ、ご家族の無事のために、いそいで帰るのです。それが神の預言なのです。さあ、帰るのです!」
「え、ええっ!」
そうして、その聖女は有無を言わせぬ口調で、扉の方をビシッとさししめすのだった。
「そ、そうだったのか。アイリちゃんに神様が預言を下されて。じゃ、じゃあ、いそいで帰らなくちゃ。僕のために、僕だけのために、そんな預言を神様から引き出してくれるだなんて、僕たちは運命の糸で結ばれているのですね。アイリちゃん。ぜひ、僕と付き合うのを前提に結婚を!」
「ああ、また、新たな神様からの啓示が私の脳裏に。なんと! 『寝言は寝て言え~』ですと。一体、どういう意味なんでしょうか? 私にはわかりません。ああ、神様!?」
そうして、聖女様は祭壇前の席を離れていった。その後ろで、
「僕のために、何度も神様からの啓示をいただけるだなんて。なんて幸せなんだ、僕は。ああ、神様! アイリちゃん! また来るね。バイバイ」
盛んに手を振って、その騒がしい信者は退散していった。そして、礼拝所の大扉からその姿が消えた瞬間、待っていましたとばかりにホール中から称賛の拍手が沸き起こったのは言うまでもないだろう。
もちろん、私も手が痛くなるぐらい、聖女様へ拍手を送った。