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08

 ――さて、どうやって我がファブレス商会を立て直すべきか?


 ミ・ラーイの事件に連なって大幅な事業の縮小をせざるをえなかったとはいえ、もともとウェスト王国一の大商家。以前から王都や他の町でもいくつもの事業を手掛け、多大な利益を上げていた。

 さすがに貿易で得られていたような膨大な利益には遠く及ばないとはいえ、それでも今いる従業員たちを(やしな)うのには十分な規模の儲けとはいえるだろう。もう王国一という看板は掲げることはできないにしても、王国内でも有数の商家として、つつましく生き残るという道もありうる。

 だが、


「俺様は親父を越えるんだ! 俺様の無尽蔵の才能があれば、すぐに親父なんて越えられるはずだ! 俺様は神から選ばれた存在なんだ! いや、俺様こそが神の子なんだ! その証拠に、ミ・ラーイでのつぶされてもおかしくなかった危機ですら、寸前のところで回避することができただろう。そう、全部、俺様のおかげなんだ!」


 根拠もなにもなく、大言壮語をはなつ愚か者がいる。しかも、その愚か者は、私の仕える人物でもある。

 顔を合わせるたびに『親父を越えるんだ』と息巻いてくる。

 何度、あんたじゃ無理だと告げたことか。なのに、あの愚か者はまったく聞く耳をもたなかった。


「大丈夫だ。俺様は親父を越えるほどの運と才能を持っているのだから。だから、マリナス、なにか策を考えろよ。ファブレスを立て直して、再び王国一の商家に返り咲けるような方策をよ」


 全部、丸投げしてきやがった! ちくしょっ!


 リチャードを越える才能とやらは、どこへいったんだ?

 欝々(うつうつ)とする日々を抱え、こうして、毎日のように再建計画を練る日々。さて、どうしたものか?

 そんなある日、王都で開かれた商業ギルドの会合に出席したときだった。王宮へ菓子類を納めているという大きな菓子店の顔見知りの手代に声をかけられた。


「マリナスさん、もう中央神殿へ行かれましたか?」

「中央神殿ですか?」

「ええ、最近、話題になっているでしょ?」

「ああ、たしか、新しい聖女様が現れたとかなんとか」

「そうそう。それだけじゃないんですよ」

「というと?」

「何でも、神殿へ大きな寄付をすると食事が提供されるらしいんですよ」

「ほお」


 神殿の食事。抹香(まっこう)くさくとてもじゃないが食べられたもののわけがない。そんなものが街の話題になるなんて……妙な話だ。


「その食事はただの食事なんかではなくて、聖女様のご出身の世界の料理なんだそうですよ」

「申し訳ない、まだよくは知らないのですが、新しい聖女さまは、どちらからいらっしゃったのですか?」

「なんでも、地球とかいう異世界から召喚されたそうです」

「へぇ~」

「つまり、今中央神殿に多額の寄付をすれば、珍しい異世界の料理を食べられるそうなんですよ」

「なるほど」


 正直、異世界の料理などにあまり興味はなかった。ヨックォ・ハルマの料理で十分に満足していた。だが、熱心に誘われては断りきることもできず、結局、その手代さんと一緒に中央神殿へ出向くことになった。




 次の週、約束の日、菓子店の手代さんと待ち合わせして、中央神殿へ向かった。

 中央神殿の前にはすでに長い行列ができていて、礼拝所の大扉が開くのを待っている。並んでいる人たちの身なりは、それぞれに立派なもので、だれもが高価な衣装に身を包んでいる。王族や貴族、それに王都周辺の有力商人の姿も見える。

 もちろん、私たちも正装だ。

 やがて、行列の先頭に神官たちが近寄り、一人ずつ話しかけながら、寄付を募り始めた。老朽化した神殿の修繕と建て替え費用を集めているとか言っているが、ニ三年前に王国から資金をだしてもらって建て替えたばかりのピカピカのこの神殿、一体、どこを建て替える必要があるというのか……? そんな疑問を感じつつ、私たちの順番が来た。


「ご覧の通り、神の家はすでにボロボロなのです。もはやく朽ち果てるばかりなのです。ぜひ、王都に住まう皆様でお金をお持ち寄りいただき、神の家を修繕し、建て替えていただけたなら、神のご加護が、あなたさまやご子息たちにもたらせられることでしょう!」


 神官たちはぐいっと私たちの目の前に蓋のない箱を差し出してきた。その箱の中に寄付を入れろということだ。


「ちなみに、聖女様の世界の料理をいただくには、いかほどご寄付をすればよろしいのでしょうか?」


 手代が小声で尋ねると、結構な額を耳打ちしている。

 かなりあくどいやり口だと呆れるしかないな。さすが聖なる神官さまってところか。

 いわれた寄付額を差し出すと、礼を言うわけでもなく、頭を下げるわけでもない。さも当然とでもいうように受け取り、さっさと次へうつっていった。


「うん、いい商売だな」

「ですね」


 菓子店の手代さんと二人で、苦笑するしかなかった。





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