【短編読み切り版】 灰かぶりの魔女シャルロット~シャルロットは今日もファイアボールを撃つ~
「はぁ……」
これで何度目だろう。
『火球しか撃てないんじゃ、役に立たない』
そう言われて、今回、お試しで同行させてもらったパーティーからも解雇された。
そうなのだ。
わたしは火球しか使えない魔法使いだ。
わたし、シャルロット・グラースはかれこれ、八年も冒険者稼業に身を置いている。
現在、二十六歳の絶賛行き遅れ街道を大手を振って、突き進んでいるが後悔はしていない。
わたしにとって、冒険者というよりも魔女であることが天職なのだ。
問題があるとすれば、見事なまでに特化したわたしの鍛え方によるだろう。
そりゃ、そうだ。
撃つべし! 討つべし!
攻撃することしか、考えていなかったので使える魔法は火球だけにして、ひたすら火球を鍛えた。
だから、威力には自信がある。
ただし、当てる自信はない!
攻撃こそ、最大の防御! 殺られる前に殺れ!
うちの家訓はそんな物騒なもんだから、影響されたのに過ぎないんだ……。
ママはエルフで魔法戦士なのに『剣姫』の二つ名で呼ばれた鬼みたいに強い剣士だっ。
お察しくださいと言ったところだろうか?
あー。
それでこのことは実際に現場で確かめてもらわないとバレない。
そういう他人の能力を判別出来るユニークスキル持ちもいるという噂はあるが、お目にかかったことはない。
相当にレアなスキルらしい。
つまり、冒険者がパーティーに入ろうとアピールする時の実力がどうのっていうのは、自己申告に過ぎないのだ。
だからって、冒険者ギルドを欺こうなんて考えちゃいけないよ?
ギルドには能力の判別が可能な魔法の水晶玉があるんだ。
ズルはいけないってことだね。
正直者が損をする。
そうは言うけど、冒険者の場合は正直じゃないと早死にするだろう。
ソロで活動するなら、それでいいかもしれない。
罪を贖うのは己の命だからね。
でも、仲間がいたら、他人を巻き込んでしまうんだ。
ずっと罪が重くなる。
で、わたしの場合は正直に申告して、その通り。
だから、お試しで同行してはリストラをされる日々なのだ。
わたしは辺境の寒村シャンドフルールで生まれ育った。
生まれつき魔力が高かったから、村の期待を一身に背負う存在だったんだよ。
今はアレだけどね!
おらが村の神童って、やつだったのよ。
それで特待生として魔法学校に入学しちゃったのだ。
これが大変だった。
努力したのよ?
それこそ、血の滲むような努力をした。
お貴族様ばかりがいる中で平民は珍しいんだよね。
結果を出さないと針のムシロって、本当にあったんだっていうくらいに視線が突き刺さるんだから。
それで学科では常にトップクラスを維持していた。
そう学科ではね! 座学だけ首席だったのよね。
だが、どこかで間違っちゃったらしい。
運命の女神さまに嫌われちゃったんだろう。
一流の教育を受けられたのに覚えられた魔法がなぜか、火球、たった一つだけだったのだ。
だから、卒業して、冒険者になったのだ。
魔法学校は教師として、採用したいという話はあった。
実技で魔法が一つしか唱えられないアレな存在だけど、学科での優秀な成績と努力を評価してくれたのだ。
断ったのよ。
それには理由があってね……。
子供の頃、シャンドフルールで恐ろしい魔物に襲われたのだ。
その時、救ってくれたのが他ならない冒険者だった。
今、冒険者をやっているわたしには身に染みてよく分かる。
彼らが正義の為とか、そんな生易しいもので動いているんじゃない。
あの時は子供だったんだ、わたしも!
純粋に憧れた。
わたしもあんなかっこいい冒険者になるってね。
あっ、ちょっと嘘だった。
冒険者になるのに憧れたんじゃなくって……魔物に殺されそうになったわたしを助けてくれた銀髪の冒険者さんにもう一度会いたいって、思った。
それが本当の気持ちだ。
あれがわたしの初恋だった。
そっから、恋の一つもしてないんだけどさ。
あーあ、それでも最初の頃はまだ、よかったのになぁ。
火球しか、撃てなくてもどうにかなったんだ!
だけど、パーティーに入る。
すぐに首になる。
この繰り返しで完全ボッチになるのにそんなに時間はかからなかったんだよね。
そりゃ、そうだろう。
『灰かぶりの魔女』だとか、『黒焦げの魔女』だとか。
物騒な二つ名がついた魔法使いを誰が仲間に入れるだろうか?
わたしだって、絶対に入れないと思うわ。
もう潮時なのかもしれないなぁ。
故郷ではもう家庭に入っているどころか、子供が数人いてもおかしくない年齢なんだよね。
ママがエルフだから、ハーフとはいえエルフの血が成せる業なんだろう。
見た目だけは少女時代から、あまり変化の無いわたしだけど、疲れてきたのだ。
もう故郷に帰って、実家の薬屋さん手伝いでいいんじゃない?
ママもその方が喜ぶかもしれない。
そう考えていた時だったんだ。
彼女が鈴のなるような涼やかな声を掛けてきたのは……。
「あ、あ……あのぉわたしたちとパ、パーティーを組んでくれませんか?」
「えっ、誰? わたし?」
「は、は、はい」
「本当にわたし? 黒焦げの魔女だよ?」
どうにもいけない。
解雇癖がついちゃったせいか、疑り深くなってしまったのだ。
左右を見渡しても誰もいない。
わたし? 本当に?
確認すると頷いているから、わたしのことで間違いないらしい。
声を掛けてきたのは小柄な少女だ。
わたしも相当、小柄な方なんだけど、この子はもっと小さい。
小動物のようなくりくりとした鳶色の瞳に栗色のショートカットが良く似合う可愛らしい女の子といった見た目だ。
軽装備の部類に入る上半身のみを守るタイプの革鎧に膝上までしかない短めのヒラヒラとしたフリルの付いたスカートを穿いている。
腰に佩くのが長剣だから、クラスはスカウトだろうか?
彼女の見た目の愛くるしさもあって、冒険に出かける冒険者ではなく、ギルドの受付嬢が何らかのプロモーション活動をしているだけと言われても納得出来る。
彼女の後ろには仲間と思われる少年が立っていた。
こちらは対照的に背が高くて、体格もがっしりとしているようだ。
少女の頭一つどころか二つくらいは大きい。
相当の長身だ。
長身なだけではい。
鍛え上げられた筋肉は中々に見事なものだ。
だからといって、ムキムキの筋肉質という訳ではなく、食傷気味にならない程よい筋肉加減だろう。
顔のつくりも悪くない。
いや、むしろ普通に整った部類に入っているのにあまり、そう思えないのは仲間の少女があまりにも美少女すぎるせいなのかもしれない。
体格からして、少女が後衛で少年が前衛だろうか?
その割に少年の装束が気になる……。
いくら下にチェインメイルを着ていると考えても軽装すぎるのだ。
神官の旅装束にしか、見えない。
「え、えっとそうです」
「私の二つ名は知ってるよね? それでもいいのかな? 灰かぶりだよ? 黒焦げだよ?」
「は、はい。わ、わ、わたしたちもその……」
「うーん。まぁ……座って話しましょうか。まずは落ち着いて話さないとね」
わたしのいたテーブルに二人にも座ってもらうことにした。
少女はフラヴィア・サトゥルノと名乗った。
「そ、そのわたし、戦士なんです。でも、回避しか能が無くて……それでスキルも挑発しかなくって。お前みたいな戦士いらないって、首になったんです」
えぇ? あなた、その体格で前衛? しかも戦士なんだ……。
意外過ぎて、吃驚しちゃったよ。
まっ、火球しか撃てない魔女よりはましなんじゃない?
おまけに当たらないんだよ?
え? ましじゃないのかなぁ。
回避しか出来ないのって、そんなに駄目なことなのかなぁ。
少年はジークムント・アルトナーと名乗った。
フラヴィアの幼馴染で神官らしい。
だから、神官の旅装束だったのね。
二度見してしまった。
あっ。
その体格で後衛どころか、ヒーラーさんだったの!?
こっちも意外過ぎて、吃驚だよ。
「僕は神官なんですが……その痛いのは嫌なんですよ。それで防御をメインにしちゃいまして。とにかく、身体を鍛えました。あ、だからといって、ヒールが下手な訳じゃないんです。『お前のようなヒーラーがおるか』とフラウともども首になりました」
へぇ、なるほど。
二人とも訳アリだったとはね。
二人は負けることはないが勝つこともないペアと言えるだろう。
いわゆる回避盾の前衛戦士と疑似盾が可能な神官。
そう例えてみると前途有望そうに思えるが、この二人には敵を倒す手立てがない。
お手上げ状態なのだ。
パーティーを組んでも『回避しか出来ない戦士とか、草生える』『防御だけのヒーラーとかないわー』『ぷっ、火球しか撃てない魔法使いも帰ってくれないか』と役立たず扱いされるのが分かる。
というか、最後の一言は自分で考えてて、悲しくなってくる!
何、これ……。
極振り友の会を結成なの?
んー、ちょっと待って。
いや、もしかしたら……。
これはもしかして、もしかするのではなだろうか。
ありなのかもしれない。
「いいわ、やりましょう」
「ほ、本当ですか? やったぁーっ」
「それじゃ、これからパーティー組んで頑張ろうっていうのによそよそしいのはなしでしょ? わたしのことはシャルでいいわ。えっと……フラウちゃんにジークくんでいいのかな?」
「「はい、シャル先生」」
もう故郷に帰ろうと思ってたんだし、これが最後のチャンスってことでやってみよう。
こうして、わたし達三人は臨時パーティーを組むことになったのよ。
あー、わたしは引率の先生じゃないんですけどぉ!
そんなこんなで急ごしらえの三人パーティーが誕生した。
構成だけを見ると実にバランスがいい。
フラウちゃんがタンカーでジーク君がヒーラー。
わたしは中衛をこなせるアタッカーだ。
クラスこそ、魔法使いだけどママに鍛えられたお陰で多少の剣術と格闘技には自信がある。
そうなのだ。
役割分担とクラスだけを見たら、最高じゃないか、私達!
実際は三人とも癖が強いせいであぶれた訳だが……。
そして、今、わたし達は初級パーティーが挑む低級のダンジョンにいる。
『ゴブゴブビギナーズダンジョン』という名前でお判りいただけるだろうか?
お察しください。
わたし達は変な鍛え方をした迷える子羊なんですっ!
許してくださいっ!
コホン。
駆け出しの冒険者といえば、ゴブリンという公式があるらしい。
冒険者はゴブリンに始まり、ゴブリンに終わる。
終わったらいけない気がするが、そこは気にしたら負けだろう。
そんな駆け出し冒険者の為に用意されたのがこのゴブリンonlyダンジョンなのだ。
それが『ゴブゴブビギナーズダンジョン』である。
こんなのが天然で誕生したのだとしたら、神様は気紛れなのだろうか?
冒険者ギルドが天然のダンジョンを利用して、改造したと考える方が合理的だが、ダンジョンに関しては分からないことが多いのだ。
何しろ、人類が文明を築くよりも前から、あったらしい。
まさに神の仕業とでも言うべきものだ。
この『ゴブゴブビギナーズダンジョン』は五階層で構成されたオーソドックスな作りのダンジョンで一階と二階の低層には前衛系のゴブリンしか存在しない。
内装も石造りのコテコテの迷宮である。
ダンジョンによっては内部で空間を制御する不思議な力が宿されたところもあるらしく、大草原や雪原が広がっていることもあるそうだ。
三階と四階の中層からはゴブリンメイジのように魔法を使うタイプも出現してくる。
気を付けるとしたら、この辺りからということになるかなぁ。
五階にボスがいるので倒せばクリアとなる。
クリア出来たら、ボスドロップの宝箱を開けられるんだけど……わたし達はそこまで行けるんだろうか?
わたしは魔法学校を卒業してから、八年も冒険者をやっている。
それなのに三階より先に行ったことが無いのだ。
八年もやっていて、それなのだ……。
つまり、そういうことだって!
察してくださいっ!
フラウちゃんとジーク君にも話を聞いたところ、無理は禁物としか思えなかった。
人間は命あっての物種だからさ。
急造パーティーで訳アリ三人組がいきなり、難しいダンジョンに行くなんて、ナンセンスだ。
まずはゴブでどうにかならなければ、どうにもならない。
ゴブでゴブらなくてはいけないのだ。
「フラウ。ゴブリンの前で挑発だ」
「よーしっ! じゃあ、いっくぞー」
ジーク君には後衛の位置から、冷静に攻撃のタイミングなどを指示する司令塔をやってもらう。
わたしとフラウちゃんはジーク君の指示で動く。
これが鉄則だ。
各々が勝手に判断して動かないようにすれば、うまくいくはず。
そういう作戦があれば、どうにかなるだろう。
という訳でフラウちゃんが全速力で駆け出して行って、ゴブリン五匹の前で挑発を発動した。
「おぉー! 当たらなければどうってことはないっ!」
すごいね……。
さすが回避することのみを鍛えたせんしさまだ!
五匹のゴブリンに囲まれたのに彼らが繰り出してくれる棍棒を器用にすいすいと避けている。
避ける技だけは神業に近いんじゃないの?
『今、わたしは風になる!』と言い出してもおかしくないね。
ん? わたしは考えたことを口に出してしまったんだろうか。
ジーク君から、刺さるような視線を一瞬、感じたのだが!?
「シャル先生、今です」
きたわ。
わたしの出番がきたわ!
「いっけぇ! 紅蓮の炎よ。我が敵を焼き尽くせ! ハイパーデラックススーパーでデンジャラス火球!」
集まった敵に目がけて、わたしは火球を撃った。
いわゆるノーコントロールでうまく当てられないのに定評があるわたしだが、さすがに密集した相手には当てられる。
火球は爆発する系統の炎魔法だ。
とにかく、どこかに当たれば、一網打尽に出来る。
フラウちゃんは魔法も器用に避けたが、そんな芸当の出来ないゴブリンどもは見事に黒焦げの炭になりましたとさ。
これが攻撃することのみを考えた一芸の魔法使いの火力だよっ!
これこそが黒焦げの魔女の実力なのよっ!
おっーほっほっほっ……ゲホゲホ。
フラウちゃんとジーク君の目が微妙に泳いでいた気がするが、気のせいだ。
そう、気のせいだ。
「おぉ~! 倒せましたよぉ、先生。やったねっ」
「本当だ。倒せたんだー!」
気のせいだった。
フラウちゃんとジーク君は素直に喜んでいる。
うんうん、そうだね。
冒険者冥利に尽きるよね。
この世界に役立たずの人なんて、いないんだ。
道すがら、話を聞いてみて、分かったことがある。
二人とも素質はいいものを持っているのだ。
特に身体能力の高さは並みではない。
トップクラスの冒険者に匹敵するものがあるかもしれない。
ただ、その方向性が妙な方向に突出しているのが問題だ。
折角の高い身体能力も生かすことが出来なければ、宝の持ち腐れと言える。
フラウちゃんは回避に徹することでさらに加速される人並外れた敏捷性。
ジーク君は防御に徹することでより頑丈になる肉体。
二人とも折角、いいものを持っているのに実に勿体ない。
持てる才能を最大限に使える知恵がないのが弱点だったのだ。
仲間がいてこそ、成り立つ!
仲間がいるからこそ、逆に個性を活かした戦いが出来るはずだ。
逆に考えれば、今までは仲間がいないので出来なかったということに過ぎない。
パズルのピースが足りていなかった。
これまでは三人とも冒険者として、不完全燃焼の人生だったのだ。
でも、これからは違う。
ピースは見つかった!
信頼関係はまだ、出来ていないかもしれない。
だけど、少なくともわたし達には共通した目標があるのだ。
目標に向かって、努力する人間は果てしなく、強くなれる。
「よーし、この調子でどんどん狩ってこー!」
「「おー」」
そこからは自分達でも信じられないスピードでゴブリンを狩っていった。
あっという間に一階と二階を踏破してしまったのだから、驚きである。
以前、属したことがあるパーティーは一階ですら、四苦八苦していたのに……。
それだけだったら、単に運が良かっただけと思われるだろう。
違うのだ。
三階、四階に到達し、魔法を操る上位ゴブリンが相手になっても狩る速度は衰えなかった。
これはわたし達三人が力を合わせた結果だと思って、間違いないだろう。
「こ、こ、これはもしかして! た、た、宝箱じゃないですかぁ!」
フラウちゃんはどうも興奮すると慌てだす癖があるようだ。
初対面の時もそうだったけど、これも彼女の個性なんだろう。
慣れてきたし、見た目の小動物ぽさもあって、すごくかわいい。
でも、あまりに舌を噛んでいると痛くないんだろうか?
「いやぁ。わたしも初めて見たわ」
うん、八年間やってる訳だ。
初めて見たんだよ。
見てしまったよ。
幻ではなくて、存在したんだね。
よく考えなくてもこんなので本当にわたしは冒険者だったんだろうか?
自分でも怪しくなってくるレベルだ。
「開けてみましょう。罠の類はなさそうです」
一方、ジーク君はこの冷静さである。
年齢の割に落ち着いているし、彼に戦闘時のリーダーを任せたわたしの作戦は完璧だ!
わたしの判断力が冴えていると言うべきだろう?
伊達に魔法学校で学んでいないのだよ、ワハハハハッ!
さて、ここは皮鎧しか着ていないとはいえ、回避に定評があるフラウちゃんに任せるべきというジーク君の意見で間違いないだろう。
箱を開けるのに最適なのが前衛の戦士というのはどうかと思うが……。
彼女の俊敏性はもし、針系の罠――蓋を開けた瞬間にギミックが発動し、矢が発射される――があったとしても避けられる。
そのうち、分身出来るんじゃないだろうか。
わたしの考えすぎだろうか?
「おぉ! お金と……えっと、これはなんでしょう?」
箱に入っていたのは銀貨が二枚。
それに魔法のスクロールじゃない!
何ともラッキーすぎて、気持ち悪い。
ビギナーズラックというものなんだろうか?
ダンジョン産の魔法のスクロールは市場にも滅多に出ないレアな代物なのだ。
発見される確率が非常に低いのも理由の一つだが……。
見つけた当人達がその場で使ってしまうことが多い。
「これは魔法のスクロールね。これで魔法を覚えることが出来るんだけど……問題は何の魔法か、なのよね」
「魔法かぁ。わたしには関係ないですねぇ」
なぜ、落ち込むのフラウちゃん。
いや、戦士が魔法使えたら、それはもう戦士じゃないよ?
魔法戦士だから!
上位クラスだからねっ。
戦士なのに魔法が使える魔法戦士や魔法騎士。
それに多属性の魔法を使いこなす賢者のようなレアなクラスは上位クラスと呼ばれている。
滅多に見かけないので神に愛された才能の持ち主にのみ、顕現するとも言われていた。
フラウちゃんには残念ながら、魔法の才能は全く、ないようだ。
それを補って余りある才能が彼女にはある。
落ち込まなくても十分すぎるほど、有能なのだ!
もっと自信を持っていいんだよ。
元々、自分に自信を持てない子だったらしく、落ち込みやすいのが欠点だ。
まだ、短い付き合いだが分かりやすい子と言える。
とはいえ、回復するのも早いから、心配することもないのだが……。
「僕か、シャル先生が覚えられますね。何の魔法だろう。楽しみだ」
冷静なジーク君もやや興奮しているようだ。
まず、お目にかからない一品だからね。
どれどれ。
えっと、これは……反射の魔法じゃない!
物理・魔法の攻撃を一回限りだけど、文字通り反射する魔法だ。
欠点としては詠唱者本人にしか、効果がないってことだろうか。
使い方次第で色々と化けそうな魔法だから、どう料理するかが問題だね。
「反射の魔法ね。これはジークくんが覚えるべきね」
「え? シャル先生じゃないんですか?」
よく分かっていないだろうフラウちゃんと違って、ジーク君はわたしが覚えないことに疑問を感じたらしい。
ふふふ。
それには大きな理由があるのだよ。
伊達に魔法学校で座学首席ではないのだっ!
「この魔法をジーク君が覚えると回避盾のフラウちゃんに加えて、ジーク君が防御盾になれるのさ。敵を殲滅出来ちゃうのだよ」
正直、ダンジョンでも通常フロアの敵=雑魚を相手には必要のない戦術だろう。
火力過多。
いわゆるオーバーキルになってしまう。
何よりも魔力の消費量が多いのだ。
やたらと連発出来る魔法ではないから、使うタイミングはよくよく考えないといけない。
恐らく、ボス相手にしか意味がないと考えている。
「分かりました。それでは僕が覚えますね」
よーし。
幸先がいいかもしれない。
ボスとの戦いを前にいい仕上げが出来た。
お気付きいただけただろうか?
わたしが二人から、いつの間にか、先生と呼ばれていることに!
確かに年齢は一回り、違う。
魔法学校で教師の道に進んでいたかもしれないわたしだ。
年若い二人に先生と呼ばれると悪い気がしないのは事実ではあるのだが……。
「それじゃ、二人とも……覚悟は出来た?」
「「はい、先生!」」
だから、先生じゃないんだけどね。
突っ込むのも面倒になってきたのでもう先生でいいかっ!
さぁ、気合を入れて、行きましょうか。
五階はボスが存在するフロアだ。
階段を下りたら、すぐに扉がある。
そこがいわゆるボス部屋というやつなんだよね……知らんけどっ!
何しろ、八年もやっているのにここまで来たの初めてなんだから。
人から聞いた話でしか知らないのだ。
「あぁ!? 先生、ドアが消えちゃいましたよぉ」
フラウちゃんが怯えてている。
すごくかわいいんだけど!
じゃなかった。
ボスの部屋はそういう仕様らしい。
ボスを倒すまで出れません。
命をかけた戦いなんだということを身をもって、教えてくれるのだ。
ダンジョンで死んだ冒険者はどうなるんだろう。
気になるところだがダンジョンはそれ自体が生き物のようなものだという説もあるのだ。
ダンジョンの中で死んだ有機物は人間が食べ物を食べるのと同じように吸収されてしまう。
だから、ダンジョンに死体の類は無い。
残っているのは無機物である装束や装備類だけなのだ。
「つまりね。あいつを倒すまで帰れましぇん! って、ことよ」
「あれは……なんですぅ?」
通常のゴブリンの大きさを一としたら、ゆうに三倍はありそうだ。
小鬼とも呼ばれるゴブリンとは似ても似つかない筋肉質な体つきはもはや、別の生き物にしか、見えない。
屈強な体格と言った単語がピッタリだろう。
そこはかとなく威風堂々とした雰囲気まで漂わせてる。
何より、着ている鎧兜はわたし達のよりもずっと高級品に見える。
両手に片刃の曲剣を持って、こちらへの殺意を隠そうともしない。
そうか! あれがゴブリン・ロードに違いない!
知らんけどっ!
だって、初めて見たんだし!
「それじゃ、打合せ通りにレディゴー!」
フラウちゃんはゴブリン・ロードの目の前に駆け出す。
『わ、わたしが相手です』と挑発してる間にジーク君とわたしも打ち合わせ通り、所定の位置へとダッシュだ。
「シネ!」
あー、さすがにロードともなると標準語喋れるんだぁ。
進化したのかな? それとも成長した?
違うよね。
いやいや、そんな変なことを考えている場合じゃなかったよ。
「当たってませんよぉ。どうしたんです?」
フラウちゃん、それ挑発じゃなくて、煽りだからさ。
と、ともかく、フラウちゃんが引き付けている間に無事、ジーク君がロードの近くまで移動が出来たようだ。
「今だ! 反射」
ジークくんが反射を唱えるのと同時にわたしも火球の詠唱を始める。
通常の火球では恐らく、ロードの体力を削り切れないだろう。
ならば、倍以上の魔力を消費して、最大の火力で焼き切るのみ!
「全てを燃やし尽くす我が紅蓮の炎よ! 我が願いに応じ、我が敵を滅せよ! ハイパーエクセレントウルトラアルティメット火球!!」
ありったけの魔力を注ぎ込んで唱えた火球は自分でもびっくりするくらいの大きな火の玉となって、ロードの方に飛んでいった。
「アタルカ、バカメ!」
ゴブリン・ロードが火球を避けた。
わたしの渾身の火球を回避して、勝ち誇ったかのような顔をするロード。
ちょっと憎たらしい顔だ。
だけど、残念だったね。
罠にかかったのさ!
ロードの背後に回り込んでいたジーク君の反射に火球が着弾する。
その瞬間、凄まじい爆発が発生して、ロードに襲い掛かったのだ。
「火焔嵐だとバ、バカナーーー! コノワシガァァ!! アチィィィ」
「今のは火焔嵐ではない。ただの火球だ」
決まった……。
感動もひとしおなわたしに向けられるフラウちゃんとジーク君の何とも言えない眼差しはなんざんす!?
あー、いやー。
今宵のゴブリン・ロードはよく燃えるということで……。
断末魔の叫びとともにロードは丸焦げになって、絶命したようだ。
「やったー! わたし達、やったんですね」
フラウちゃんが人目もはばからず、ボロボロと泣き出すから、わたしまでもらい泣きしそうだ。
この年で彼女のような泣き方したら、引かれるので踏み止まったけどね。
誰だ?
もうとっくに引かれていると言ったのは!?
ゴブリン・ロードの死体が光の粒子になって、消え去ると宝箱……いわゆるボスドロップが出現した。
ゴブリンロードの宝箱から出てきたのは二振りの細剣だった。
柄が金と銀。
金のレイピアには炎の意匠。
銀のレイピアには水の意匠。
デザインと色合いが対になっているようだ。
「二振りで一セットということでしょうか?」
「へぇ。そうなんだぁ」
ジーク君の観察眼は中々のものだ。
伊達に神官として、修行していなかったということだろう?
まだ、若いのに大したものだと思う。
「そうね。これは二刀流の戦士が使うのを前提にしたレイピアだわ」
「へぇ。カッコいいですねっ!」
「なるほど。二刀流ですか」
二人の反応で分かるだろう。
二刀流という武術はあまり、浸透していないのだ。
左右の得物を自在に操るには並大抵の技量ではとても、追いつけない。
だから、二刀流を得意とするクラス・双剣士自体が非常にレアでもある。
「残念なことに扱える人があまり、いないのよね」
「僕も見たことがありません……」
「「ふぅ」」
ジーク君と二人、顔を見合わせ、腕組みをして溜息を吐くしかない。
折角、初めてのボスドロップを拝んだというのに残念な結果に終わってしまったようだ。
最後が締まらないのはわたしらしいと言えば、わたしらしいのだが……。
「じゃあ! じゃあ! わたしが使ってもいいですかぁ?」
きゃる~んという妙な音が聞こえた?!
気のせい? 気のせいよね?
両拳を口許にあて、小首を傾げたフラウちゃんの仕草は何とも、あざといものに見えるが彼女の場合は天然でアレだ。
短い付き合いだが、分かる。
フラウちゃんのオツムは本当にただ、使ってみたいだけという純粋な思いなんだ。
「「どうぞ! どうぞ!」」
短い付き合いだが、なぜか、ジーク君とも息があった動きをしていた。
何だろう……。
仲間って、いいよね。
目の前が何だか、ぼやけてきて……これは涙じゃない。
心の汗だっ!
急ごしらえのパーティー。
うまくはいかないかもしれない。
また、ダメかもしれない。
最初はそう思っていた。
しかし、ゴブリンロードとの戦いを経て、心も体も満たされた気がしてならない。
これが充足感というものだろうか?
だが、わたし一人のエゴに二人を付き合わせる訳にはいかない。
明るく振る舞っているフラウちゃんも心は不安に苛まれていたんだろう。
常に涼しい顔をしているジーク君も心の中では嵐が吹き荒れていたのかもしれない。
二人はまだ若いのだ。
悩み苦しんで成長出来る。
それが人間ってものだ。
わたしと違って、二人はこれから、やり直しが出来る年齢だしね。
若さは力だよ。
だから、わたしは切り出すことにした。
「二人なら、きっとやれるわ」
「……?」
「先生。冒険者をやめようと思っていませんか?」
「ええ!? なんですかぁ、それ」
ジーク君はさすがに鋭いか。
はっきりとは言わずにそれとなしに話したのに察してしまったようだ。
彼の隣で百面相をしているフラウちゃんが面白すぎて、吹き出しそうになるので出来れば、止めて欲しいが。
「有終の美? 立つ鳥跡を濁さず? そんなところよ。あなた達なら、きっと出来る! だから、ここは黙って……」
「うぇああああ゛あ゛あ゛あ゛。やべないでぐだじゃああい」
「ひえ!?」
絶叫とも違う。
地の底から聞こえてくる深淵の声。
美少女のフラウちゃんからは聞こえてはいけない声であることは確かだ。
おまけに色々な液体が混じった物を擦りつけてくるのも止めて欲しい……。
わたしは服が三着しか、ないんだよっ!
ジーク君は何か、わたしの心を動かす台詞を考えていたようでフラウちゃんの勢いに圧され、言い出せないまま、わたしはいわゆる一つの女の涙に負けた。
あっさりと故郷に戻るという決意を窓から、全て投げ捨てた。
わたしは身軽である。
間違っても服が三着しかないからではないぞっ!
ましてや、身体のあちこちのボリュームが足りないせいでもないからっ!
Fin