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第40話 極めて真相に近い、と思う

「なるほど、馬鹿だな」


 全てを聞き終わったヴィクター様は、あっさりと言い放った。その容赦のなさというか、言葉の選ばなさに苦笑する。ヴィクター様は私のことをよく容赦がないというが、ヴィクター様も似たり寄ったりだ。


「驚くほどの頭の固さでした」

「……そうだな」


 一瞬の間があって、気になった私はふっとヴィクター様の方を見る。ぴたりと目があった。


「これは憶測に近いんだが」

「はい」

「いくらなんでも、これはない気がする」


 ヴィクター様らしくなく要領を得ない言葉に、小首を傾げて続きを促す。


「いや、確かに俺のことが関わるとヴァージルは正常な判断力を失うが、ここまでではなかった。今までは、な」

「そう、ですか」

「ああ。お前の主張はもっともだ。この状況でお前の家族を向こうに握られているのは色々と問題がある。それなら、監視した方が安全だ。もちろん家族を受け入れたいというのもあるだろうが、それを考えてお前は受け入れを頼んできたんだろう?」

「はい。私も、家族とエルサイドを天秤にかけるような真似はしたくありません」

「そうだろうな」


 ふっと目を細めて遠くを見るヴィクター様。その指先が、顎に添えられた。


「ヴァージルは、基本的に自信家だ」

「……そうですか?」

「ああ。お前に対しては、俺の妻ということで分からんが。だが、基本的に自分の能力に対してはある程度の自信を持っている。ヴァージルはお前の両親を完全監視下に置く、と言ったのだろう? だとしたら、自らの監視下から情報が漏れる可能性や、事件が起こる可能性を危惧するような男ではないはずだ」

「随分と不確定ですね」

「それはそうだ。今までの経験からの予測だからな。最初に言っただろう、憶測だと」

「ヴィクター様は、憶測を口にするのが嫌いだと思っていました」

「ああ、基本的に嫌いだ。だが、そうも言っていられなくてな。……ライアン」


 ヴィクター様が名前を呼んだ瞬間、ライアン様がふっと現れた。いつからそこに。本当に気配がなかった。

 

「言おうと思っていたんだが、まずはお前の話を聞いてからにしようと思ってな。お前がヴァージルと話している間に、新しい情報が入った」

「……聞かせてください」

「どうやら、俺たちの予想が当たったようだ」


 そうヴィクター様が言った瞬間、ライアン様が一枚の紙を差し出す。さすがというかなんというか、息ぴったりの2人だ。ライアン様に言ったら心底嫌がられそうだけれど。


 最初に書かれた、ユースタス・ガーディナ、の文字。そして、堅苦しい言葉で、文章が続く。

 

 エルサイドがガーディナの自治を認めるのなら、今回ガーディナはスレニアを欺き、エルサイドの兵となってスレニア制圧に協力を惜しまない。

 それを認めないのであれば、現在ガーディナ付近に待機している兵を含めて、スレニアと共に徹底的にエルサイドと戦う。


 簡単に言ってしまえば、そんな内容だった。

 ほぼ完全に、ヴィクター様とレオの予想が当たった形だ。私の周りの人、すごすぎやしないだろうか。気がついたら私も色々と見透かされていそうで怖い。彼らを敵にまわすことになるユースタス殿下に少しばかり同情した。手加減してあげるつもりもないけれど。


「これ、どうするんですか」

「もちろんエルサイドで話し合うことにはなるだろうし、なんとかして俺も同席してやるつもりだが、最終権限を持っているのは今のところヴァージルだな。どう出るか、と言ったところだ。……そうなると、尚更気になるな」

「憶測が、ですか」

「ああ。敢えて言うぞ、もしヴァージルが、元からガーディナの裏切りを知っていたとしたら?」


 元から、知っていたとしたら。

 その言葉を、口の中で繰り返す。


「そうだとしたら、強引に、強引すぎるくらいに受け入れに反対した理由も納得がいく。元から、アイリーンの両親がガーディナに捕まることなどあり得ないと、知っていたわけだからな」

「……ありうるかもしれませんが、少しばかり根拠としては弱くはないです?」

「ああ。もともと俺が気になっていたのはこれではないからな。一度整理しようか」


 そう言ってヴィクター様は、ソファの下から紙を引っ張り出す。待ってくれ。いつの間にか収納を増やされている。

 私の殺意を華麗に受け流しながら、ヴィクター様が流麗な文字を綴る。


 目的。

 エルサイドからの独立。もしくは自治。


 手段。

 1、スレニアを唆してエルサイドの皇太子を暗殺させ、2国を敵対関係へ持ち込む。

 2、一度スレニアの味方を装ってエルサイドに宣戦布告することで、ガーディナが敵に回った場合の危険をエルサイドに実感させる。

 3、スレニアを捨て石として裏切り、エルサイドと交渉して独立。


 とん、とペン先で紙がつつかれた。指された先は、手段の1だ。


「俺は、俺が暗殺されたことに違和感を持っている」

「……確かに、そこまでする必要性を感じないといえば、そうですね」

「ああ。エルサイドとスレニアを敵対関係にしたいだけなら、わざわざ皇太子の暗殺なんてする必要があるか? その段階でガーディナとスレニアの繋がりが明らかになったら終わりだろう。あまりにも無駄すぎる」

「言われてみれば、その通りです」

「加えてな」


 とん、とヴィクター様が手段、の文字を叩く。


「色々と穴が多すぎないか、この計画」

「はい。3、など、エルサイドと交渉して、とありますが、エルサイドが交渉を断る可能性を考えていないのか気になります。いざ戦争、となれば勝てないのは明白です。エルサイドが多少の犠牲は覚悟で制圧を決めれば、一瞬でしょう。それに、最初に宣戦布告した時点で叩き潰される可能性もあったはずです。最初の宣戦布告は、スレニアとの取引の結果であった可能性も十分にありますが」

「ああ。その通りだ。そこで考えた。俺を一番殺したい人間は誰だ?」

「……ヴァージル殿下、でしょうね」

「ああ」


 そういう、ことか。


「最初から、ヴァージルとユースタスが繋がっていたとしたら、どうだ」

「……ヴィクター様の暗殺と、ガーディナの自治で取引をした、ということですか」

「ああ。ヴァージルは俺の暗殺に既に何度も失敗している。こちらも完全に警戒しているし、ヴァージル自身の手ではもう不可能だと分かっているはずだ。だが、ユースタスだったら」

「可能性は、ありますね。そしてユースタス殿下からしても、ヴァージル殿下とヴィクター様だったら、圧倒的にヴァージル殿下の方が御しやすいはずです。ヴィクター様を敵に回すのは怖すぎます」

「褒められたと思っていいか? そしてそうだ、ガーディナに行った時も、ヴァージルを歓迎する体制が整いすぎている、という話はしたはずだ」

「それも、既に面識があったと思えば筋が通りますか」

「ああ」

「そういえば、ガーディナに行った時、ヴァージル殿下とユースタス殿下は最低限の挨拶のみで会話を終わらせていました。ユースタス殿下が個人的に声をかけてきたのが私だけ、というのも違和感がありますね。ユースタス殿下としても、ヴァージル殿下の人柄を知りたかったでしょうに」

「本当にあの時に会っていないのか?」

「少なくとも、公式にはそうですね」


 繋がった、のかもしれない。

 僅かな違和感だったり、不信感だったり。そういうほんの少しのかけらを使ってヴィクター様が組み上げた予想は、至極もっともらしく思えた。


「俺としても可能性は十分にあると思っているが、決めつけすぎると他のものが何も見えなくなる。気には留めつつ、他の可能性も考えてくれ」

「はい」


 ぐう、と大きく身体を伸ばしたヴィクター様が、当然のように私のソファに倒れ込む。文句を言ってやろうと思ったけれど、あまり気が乗らなかったのでやめた。


「ヴィクター様」

「なんだ」

「よく眠れますか」

「ああ。……どうした急に」


 抱き枕がなくて。

 思わずそんなことを口走りそうになって、慌てて唇を噛む。私は何を言おうとしていた、今。


「アイリーン様」


 遠慮がちにかけられた声に、私は飛び上がる。ライアン様だ。とても申し訳ないが、実はすっかり忘れていた。


「散歩でも、どうですか」


 予想外の誘いに、ちらりとヴィクター様の方を見る。けれどヴィクター様は目を閉じたままで、何も言おうとしない。てっきり、徹底的に止められるとばかり、思っていた。


「はい」

「良かったです」


 にこ、と笑ったライアン様に促されるまま、私は部屋を出る。けれどライアン様が向かった先は、庭ではなく、見知らぬ部屋だった。


「すみません、粗末なところで。ですが、この城の中でも安全な場所の一つです」

「そう、ですか」


 急に改まった雰囲気になって、私は背筋を伸ばす。ライアン様が私をこうして呼び出したということで、きっとヴィクター様に聞かれたくない用があるのは明白だけれど、全く心当たりがない。


「アイリーン様」

「はい」

「……お願いですから、ヴィクター様に素直になってくださいっ!」


 大声だった。悲鳴に、近かった。

 呆気に取られる私を、ライアン様が悲痛な表情で見つめていた。

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