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第4話 地味眼鏡は不敬祭りを満喫する

「アイリーン様!」

「……エリザ様。ごきげんよう」


 朝からとんだ災害に当たってしまったと、心の中でため息をついた。

 彼女の周りには、数人の令嬢と騎士。一部の令嬢の間では、エリザ親衛隊、なんて呼ばれている。

 その皮肉な名前が指す通り、多くの令嬢は彼女を良く思っていない。どちらかと言えば、まだ私の方が信頼されている。最近は、なんだか地味眼鏡が好きすぎる令嬢だと思われているらしいけれど。


「あら、アイリーン様? 今日はお一人ですのね?」

「ええ」


 曖昧な笑顔で笑っておく。余計なことは言わない方がいい。

 どの令嬢もしていることだ。この婚約が本気で成立するかどうか、前例がないことで誰も見極めきれていない。そのため、必要以上にエリザを高めることもなく、もちろん私を貶すこともなく、様子を見ながらどちらも丁重に扱っていると言ったところか。それくらいの常識はあるのに、なぜ殿下の正体に気づかない。そんなに強いか地味眼鏡。


「あの、なんでしたっけ……影が薄い殿方は、一緒ではないのかしら? 殿下の次に仲良くなられたと聞いておりますが」


 待ってやめて。王太子妃になりたいなら殿下を貶さないで。本当に。あの人は適当に見えてなんだかんだで真面目に国のことを考えているから、無能認定されたら消される。あと不敬。本当に不敬。

 どうやら私が男を乗り換える尻軽だと貶したいらしいが、もっと重大な悪口を言っていることに気づいて欲しい。


「彼とお話しさせていただいたのは、一度だけですわ。そして、影が薄いというのは、いささか失礼ではありませんこと?」

「あら、庇うのかしら? 好いていらっしゃるという噂は本当なのかしら」

「そんなことはありませんが、失礼な振る舞いは好みませんわ! きちんと彼と言葉を交わされまして? 人を判断するのは、その人となりを知ってからというのが良いのではないでしょうか」

「……あのぱっとしない地味眼鏡が?」


 やめて本気の悪口。

 そう思った瞬間に、後ろで信じられない声が聞こえて、私はぴたりと動きを止めた。


「こんにちは、セラーズ公爵令嬢」

「……ご、ごきげんよう」

「それと、お初にお目にかかります。エリザ様、とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「そうね、許すわ」


 いかにも実直で、真面目そうな顔をした地味眼鏡。

 殿下ご本人の登場に、慌てる以外の何ができる。


「へえ、あなたがアイリーン様の想い人」

「恐れ入ります」


 恐れ入るな! 誰だお前!

 そこにいるのはいかにも実直な、地味な下級役人で、普段の適当さや強引さはかけらもない。確かにこの演技力だと、あの皇太子だと気がつかないのも無理はないのかもしれない。

 けれど、そんなことも言っていられない。なんとかして、できるだけ早く、その正体に気がついてもらわなくては。


「素敵な方ですよね」

「……はい」


 一瞬顔を顰めた彼女も、私の圧力に屈したように渋々肯定した。流石に本人の目の前で貶すようなことはしない精神を持っていてよかった。

 そう安堵した瞬間に、彼女が次の爆弾を投下する。


「でも私は、ヴィクター殿下の方が好みだわ」

「っ」


 咄嗟に吹き出しかけた殿下を、小さく睨む。駄目だ、この人完全に楽しんでいる。


「どんなところをお好みなのでしょう? ぜひ参考にさせていただきたく」

「まずは、お顔ですわね」

「顔」

「ええ。整った美しいお顔をなさっていますもの」

「差し支えなければ、私の顔の感想を聞かせていただけますか?」


 その時初めて、彼女がゆっくりと殿下の顔を見る。お願いだからそのまま気づいて。事前に姿絵とか見てるでしょうあなた。


「悪くはありませんが、地味ですわ」


 駄目だ、これ以上話させては。

 適当な言い訳を述べながら会話の途中で退出することを謝り、どさくさに紛れて殿下を引きずっていく。

 部屋に戻った瞬間、殿下が爆発するように笑い出した。


「あっ、あんな強烈な悪口、久しぶりだ」


 息も絶え絶えと言った様子の殿下を、冷たく見つめる。


「途中から楽しんでましたよね」

「ああ?」

「こちらとしては気が気でないので、やめてください……」

「断る」


 ひとしきり笑った後、殿下がようやく一息ついたというように座り込んだ。無言で手を伸ばされ、用意しておいたお茶を渡す。


「この味も久しぶりだな」


 ずいっとおかわりを要求してくる殿下に、既に用意してあったそれを渡す。さすがだ、と殿下は楽しげに笑った。

 殿下の考えていることは大抵分かる。分かるようになってしまった。あの、留学時代に。


 留学時代、私はずっと変身薬について研究をしていた。

 公表こそできなかったが、複数の種類の変身薬を同時服用することが目標だった。と言っても、拒否反応を防ぐことは不可能なので、発生する拒否反応を分析し、それを解毒するための薬を開発することが主だったけれど。

 

 仲の良い教授に指導してもらい、教授のつてを頼ってとある研究所に持ち込み、実はほぼ実用化まで漕ぎ着けたのだが、私の名前での公表は教授に止められた。

 もともと、悪用されることを考えれば、危険な技術なのだ。それを、なんの後ろ盾も持たない、属国の留学生、しかも女性が公表するのは、あまりにも危ないと。

 悔しかったけれど、それもそうだと思って公表は諦めた。利益については私の方に多少は入っているが、ほとんどの権利を研究所に渡した。聞いた話では、そこそこ売れているらしい。

 

 残念ではあるけれど、名声が欲しかったというわけでもない。

 

 もともと私が私自身の興味のためにやっていた研究だったが、ある日突然見せてほしいと言って1人の男子生徒がやってきたのだ。

 それが、変装した姿の殿下だった。

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