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第39話 あまりにも議論に進展がない

「はい。ヴァージル殿下にお話があって参りました。お時間をいただきありがとうございます」


 何も言わずに目線で先を促され、私は言葉を続ける。


「私の祖国スレニアから、このエルサイドに亡命したいと申しているものがおります」

「何を言っているんだ?」

「何を、とおっしゃいますと?」

「まさか現在のエルサイドとスレニアの関係を理解していないわけではないだろうな」

「理解しているつもりです。亡命を希望しているのは、私の親族です」

「却下だ」


 一言で切り捨てたヴァージル殿下。人の話を最後まで聞いてほしい。これで話は終わりだ、といいたげな様子のヴァージル殿下に、食い下がる。不快な顔をされようが、気にしてはいられない。


「なぜですか」

「逆に、なぜ受け入れようなどと考えると思ったのか? スレニアは兄上を手にかけた国だぞ? そんな国の人間をわざわざ国内に招き入れる馬鹿がどこにいる?」

「本人もその状況はよく理解しています。完全監視で構わない、むしろ監視してほしい、と申しておりました。どこか城から離れた郊外で、完全監視の下でなら、大抵のことは防げると存じますが。それでもエルサイドに入ってこようとする人間はいるでしょうから、他の人間は入れず、まずは私の親族だけ、で構いません。処遇に関しては、全てエルサイドに任せる、とのことです」

「それでも危ないだろう」


 なんというか、議論に進展がない。ヴィクター様と話している時とは大違いだ。ヴィクター様なら、ここまで言うまでもなく、全てを察する。

 仕方ない。面倒だが、一から説明するしかない。


「仰る通り、危険が全くないとは申しておりません。しかし、それよりもさらに大きな危険があるかと存じますが」


 ぐっと眉を寄せたヴァージル殿下に構わず、私は言葉を続ける。


「現在、ガーディナとスレニアは同盟関係にあります」


 ここまで言えば察してくれるかと思ったが、無理な期待だった。なおも続きを促すヴァージル殿下に、渋々説明する。


「今まで私の親族に関して、簡単な護衛の増員だけで済んでいたのは、そこがスレニアだからです。皇太子妃の親族を武器として利用するために必要な、最低限の財産や教養がスレニアに不足していたからです。しかし、ガーディナは違います。もし私の親族や友人がガーディナの手に渡れば、相当面倒なことになるとは、思われませんか?」

「……皇太子妃?」

「失礼しました。今は違います。しかし、私には、ヴィクター様の遺してくださった()()があります」


 そう言った瞬間に、一瞬ヴァージル殿下の表情が強張った。本当に弱みを握られているらしい。ヴィクター様、怖い。

 軽い脅しは、よく効いたようだ。


「それを狙う人間は多いはずです。そして今、私を相手にするときの最高の交渉材料が、私の親族です」

「……」

「緩い警備の敵国に置くより、厳重監視のもとエルサイドに置いた方が良いとは思われませんか?」

「思わない。そもそも俺は、お前を疑っている」


 ヴァージル殿下が不快げな表情を浮かべる。またあれか、あの理屈が来るのか。私がスレニアと繋がって、エルサイドを害そうとしていると。


「お前がスレニアと繋がって、味方をエルサイドに引き入れようとしているのではないか?」


 予想通りだ。実にこの人はわかりやすい。


「なぜ、私がスレニアと繋がっていると思われるのです?」

「なぜも何も、お前はスレニアの人間だろう? エルサイドに恨みを持っていてもおかしくはないと思うが」

「夫を殺されたんですよ?」


 冷え切った声で返せば、ヴァージル殿下は気圧されたように黙った。


「私はヴィクター様を誰よりも愛しております。それこそ、自分の全てを捧げられるくらいには。その存在を奪ったスレニアに怒りこそあれど、まさか味方をするだなんて、考えたこともありません」

「ふん」


 どうせこの人は信じていない。心の底から、私がヴィクター様を騙していたと思っているのだろう。頭の固さも、ヴィクター様とは似ても似つかない。


「私のことは信頼されなくても構いません。ご懸念は理解いたしましたので、私は親族と一切会わないことを誓います。手紙を監視してくださっても構いません。ですから、今回の亡命、少なくとも私の両親までは、受け入れるべきかと存じますが」

「却下だ」

「なぜですか」

「危ないだろう」


 この人、頭が固すぎる。苛立ちを通り越して笑えてきた。この情勢の中、エルサイド帝国元皇太子妃の親族を誰でも手に入れられるような場所に放っておくことの危険性に、なぜ気づけない。

 気がつけば、口にしていた。


「それでは、もし私の両親がガーディナの手に渡ったらどうされますか? 私がガーディナでしたら、必ずそうします。便利すぎる手札でしょう?」

「そもそも、どうしてお前は親族が捕まったらガーディナの言うことを聞くという前提で話す?」

「私に家族を見捨てろと、そう仰るのですか」

「本当にエルサイドの人間なら、そうするだろうな」


 絶句して、私はヴァージル殿下を見上げる。この人、人の心がないのか。


「そうするかもしれませんが。私は、拷問を受ける家族を目の前にして、それをやめさせる手立てを持ちながら、何もしないと言うことが、できるかは分かりません」

「するべきだろう」

「仰る通りです。しかし、私も人間です。極限の状況において、最善の行動を取れるかは分かりません。ヴァージル殿下がそう仰るのでしたら、私は最善を尽くします。しかし、万が一のことも考えておいた方が良いかと存じますが」

「……」

「もし。ガーディナが私の両親を捕らえたら、どうされますか」

「……」

「策はありますか? もちろん、私を殺す、以外のです。その方法が不安定極まりないのは、お察しの通りです」

「……」

「策は、ないのですか?」


 じっと、ヴァージル殿下を見つめる。部屋の隅に控えていた重鎮が、ちらりとヴァージル殿下に視線を送ったのが見えた。彼も、受け入れるべきだと考えているのだ。

 しばらくの沈黙があって、悔しげにヴァージル殿下が呟いた。


「……分かった、受け入れる。ただし、厳重警戒だ。方法は全て、俺が決める」

「はい。ありがとうございます」


 完全にこの人に任せたらどんな扱いを受けるかわからないけれど。それでも、きっと戦場となるスレニアよりはずっと、安全なはずだ。


 もう一度お礼を言うと、ゆっくりと部屋から退出する。その足で自分の部屋に向かえば、ソファに見慣れた塊が転がっていた。


「アイリーン、首尾は」

「こちらの要求は通しました。けれど、少しばかり気になることが」

「そうか、聞かせろ」

「構いませんが、私のソファから起きてください」

「はいはい」


 いやに素直に起き上がるヴィクター様。そのまま普通に座り直すと、私の話を聞く体勢に入った。

 意外だ。意外すぎる。今までだったら、ここが落ち着くんだよ、などと言いながらなかなか離れようとしないのに。それに普段だったら、私にお茶を要求してくる場面だ。


 ソファを占領する邪魔者がいなくなって良いはずなのに、ヴィクター様があっさりと私のソファを手放したことにどことなく腹が立つ。

 

「で、どうだった?」


 薄い唇を楽しげに歪めるヴィクター様に、会話の全てを語って聞かせる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 器が違うぜ次男坊…アイリーンに頭脳戦で負けてる……w ご両親の扱いはヴィクターが裏から手を回すかなと思っているので、安心しております。 あと、ヴィクターが嵐の前の静けさで恐ろしいですw …
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