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第27話 「  」

 わああ、と耳を本気で破壊しにくるような歓声に向かって、精一杯の笑顔を作って手を振る。

 その瞬間にいっそう勢いを増した歓声に内心怯えつつ、笑みを深めてみせた。


 嬉しいのだ。きちんと嬉しい。

 突然現れた属国出身の私を皇太子妃としてここまで歓迎してもらえるとは正直思っていなかったし、結婚式ぶりだったから忘れられているかも、なんて半分くらい本気で思っていた。

 もちろん嬉しくはあるのだが、その勢いが凄すぎて、少しばかり怖い。皇太子妃でこれなのだから、ヴィクター様は普段どれだけの歓声を浴びているのだろうか。


 城のテラスというか、少しだけ外に向かって張りだした場所に、私はいた。その下は広場のようになっていて、ちょうど私のいる場所から見下ろせるようになっている。

 そして、その広場には、数え切れないほどの人がいた。本当に、びっしり。数え切れないほど、なんて言ったけれど、もし数えろと言われたら両手をあげて放棄したくなるくらいには、たくさん。


 私に与えられた役目はあるけれど、さほど難しいものではない。毎年決まった言葉を、一言、読み上げるだけだ。それも、こういった式典のためにエルサイドが慎重に保管しているという、声を拡大するための魔術具を貸してもらえることになっているから、叫ぶ必要もない。


 春を表しているのか、綺麗な桃色の花で飾られたそれを受け取り、胸元に挿した。事前に暗記していた言葉を口にしようとした瞬間、俄に後ろが騒がしくなった。


 切羽詰まったような声と、まるで悲鳴のような声。

 不穏なそのざわめきの中から、ヴィクター殿下、の名を拾い上げた瞬間、私は勢いよく振り返っていた。


「何事?」

「アイリーン様!? いや、その、それが」

「何!」

「や、あの」


 狼狽える男から目を離す。駄目だこの人は。言葉にならない音をこぼすばかりの男からさっさと目を離し、まともに話せそうな人間を探す。

 

 けれど。誰もが、私から目を逸らす。俯いたり顔を背けたり、私に事情を聞かれたくない、と思っているようで。


「……レオ」


 見知ったクリーム色を見つけて声を掛ければ、その動きが不自然にぴたりと止まった。


「何、アイリーンちゃん?」


 そう言うレオの声も、なんだか強張っているようで。その表情は、困惑というか、衝撃を受けているというか、なんとも形容し難い様子だった。


「何が起きてるの? ヴィクター様は」

「…………」

「レオ!」

「……アイリーンちゃん、落ち着いて聞いてね」

「何! 話して!」

「落ち着いて。落ち着くまで、話さない」

「……っ」


 息を一つ吸って、吐く。


「落ち着いたから、話して」

「……うん。今、スレニアから知らせがあって」


 しん、と静まり返った周り。


「ヴィクター殿下が、亡くなったって」


 空白、だった。


「嘘」

「嘘だったら、良かったんだけどね」

「うそ」

「……」

「嘘よね?! 嘘って言って!」

「…………ごめん」


 煩い。何かが煩い。でも静か。けれど、でも、熱い。


「そんな、そんなわけない! 嘘でしょう!? だって、そんな、そんなわけ! あの人が、ヴィクター様が!」

「……俺だって、そう思いたい」

「嘘、嘘っ! 嘘でしょう! 嘘って言いなさいよ!」


 近くにいた男を無理矢理引き寄せて、絶叫する。


「嘘なんでしょう! みんな、私を騙してるんでしょう!」

「…………」


 蒼白な顔で震える男を放り捨てる。私の背中に、そっと手が触れた。


 ライアン様、だった。


「……アイリーン様」

「ほんとう、なの」

「……」

「嘘じゃ、ないの」

「……」

「本当に、もう、いないの? ここには、戻らない、の?」

「……」

「アイリーンって、よんで、くれないの?」


 視界が滲んで、揺れた。


「嘘、なんじゃないの」

「…………ほんとう、です」

「あ、え」


 意味のない音が、溢れる。

 

「…………誰」

「え」

「誰なの。誰がやったの」

「……元王太子と、エリザ、と」


 ふっと、全ての感情が平らになった。

 その事実を理解した瞬間に、次に込み上げてきたのは、怒り、だった。


 急激に、周囲の音が戻った。耳をつんざくような絶叫。目を落とせば、胸元に拡声用の魔術具。

 どうやらこれで、全ての事情を筒抜けにしたらしいと、他人事のように冷めた頭で思った。


 噴き上げるような怒りだった。紛れもなく、それは怒りだった。人生で一番、どころではない。手が震えた。身体中が震えているのが分かった。


 立ち上がった。胸元に挿さったままの魔術具を抜き取って放り投げる。私を突き刺す数多の視線から逃れるように踵を返して、城の中へ。


 ゆっくりと辺りを見渡した。城の中はがらんとしていて、隅に1人鎧姿の衛兵がいるだけだ。


 私は足を進める。ただ、この怒りをぶつける先を、求めて。


 ぴたりと足を止めた。視線をすっと横に流せば、衛兵と目があった。

 すっと身体を寄せて、その冷たい鎧に触れる。


「お帰りなさい」


 わずかに開いたその隙間から覗く青い目に、そっと囁いた。


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