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第25話 懐かしいといえば懐かしい

 久しぶりに訪れた城は、少し、雰囲気が変わったように思う。


 なんというか、空気がひりついている気がする。誰もが油断ならない表情をしている、というか。

 少し、エルサイドの城にも似た雰囲気だった。あそこは、私を毛嫌いするどこかの親子のせいで、ひりつくどころか明らかに火花が散っているけれど。


 ヴィクター様の腕に手を添えながら廊下をゆっくり歩けば、こちらを観察するような、値踏みするような視線が向けられる。ちらりと見返せば、一瞬で目が逸らされた。

 見れば、言葉を交わしたことくらいはある同年代の令嬢だった。前は脳内お花畑、いやゆるゆるふわふわしていた彼女だが、前よりも油断なく目を光らせるようになっていた。とはいえそれが全部こちらに筒抜けなのだから、色々と未熟だ。

 まあ、一朝一夕に身につくものでもないだろう。それにしては、頑張っている方だとも思う。


 逆に、かつてのエリザ親衛隊や、あからさまに彼女の味方をしていた令嬢の姿は、全く、誰も、1人も、見かけなかった。王太子に関しても同様だ。

 さすがというかなんというか、ヴィクター様の徹底ぶりに驚くばかりだ。


「こちらの部屋をお使いください」


 ようやく休めると、ほっと息をついた。

 こうして部屋に入った時間こそ遅いが、実は早朝に近い時間にはスレニアに到着していたのだ。そのままヴィクター様に付き添って、挨拶に回ったりヴィクター様の配下の人に会いに行ったりしていた。ヴィクター様に促されて、少しだけ、両親の元へも顔を出した。

 相変わらずの容赦ない予定の詰めっぷりというか、いい加減慣れてこそきたが疲れるものは疲れる。長距離の移動もあったことだし、与えられた客室がありがたかった。


 案内の人が手で示した扉には、なんだか覚えがある。

 よく考えれば。スレニアにきちんとした客室は多くないし、皇太子を通せる部屋などそうそうあるわけもない。

 つまり、なんというか、色々と懐かしい部屋だった。


「懐かしいな」


 同時に全く同じ感想を持ったらしいヴィクター様が、小さく笑う。


「そうですね」

「世話係でもやるか?」

「お断りします」


 部屋に入り、案内してくれた人が去った瞬間、ヴィクター様がソファに座り込む。途端に崩れる姿勢は、もはや既視感の塊だ。

 ライアン様は、どうやらまたヴィクター様にこき使われているようで、その姿は見えない。レオは、どうせ適当な女性でも捕まえているのだろうから、気にするまでもない。

 だからこの部屋にいるのは私とヴィクター様と一部の側近、つまりヴィクター様の言う2人きり、の状態だった。


「来い」

「お断りします」

「なぜ」

「あまりにも未来が想像できすぎるからです」


 気に入らない、という表情を隠そうともしないヴィクター様が、無言で手招きする。それを、無言で無視する。


「スレニアも、少し変わりましたね」

「おい無視か」

「なんというか、少しだけ空気が引き締まった気がします」

「エルサイドの役人を中心に、色々と競争を作っただけだ。自分のためだったら、人間いくらでも努力するからな」

「とはいえ、誤差ですね」

「手厳しいな」

「ヴィクター様が離れた瞬間、私に取り入ろうとする令嬢もいましたよ。色々とあからさますぎて、一周回って可笑しかったですが」

「想像できるな」


 立ち上がったヴィクター様が、こちらに向かって大股で歩いてくる。嫌な予感がして、私は逃げる。


「おい」


 部屋をぐるぐると回り続けることに痺れを切らしたのか、一気に距離を詰めてきたヴィクター様に腕を掴まれた。


「なぜ逃げる」

「なんで追いかけるんですか」

「そりゃ、抱き枕が欲しくて?」

「色々と失礼じゃないですか?」


 ずるずるとソファの方へ引きずっていかれる。


「そう言うくせにさほど抵抗しないな」

「何言ってるんですか。抵抗してます。全力で抗議してます。勝手に人を抱き枕認定しないでください」

「喜んでいるだろう?」

「誰が! 良い医者を紹介しましょうか?」


 言い合う間も、身体は引きずられ続ける。

 今までの乱暴な仕草とは裏腹にそっと身体を持ち上げられ、その思わぬ優しい手つきに戸惑っている間に、ソファの上に一つ抱き枕が誕生していた。


「よし」

「よしじゃないですよ! なんですか急に!」

「んー」


 どうやら会話をする気を失ったらしいヴィクター様は、無言で私を抱きしめている。

 抱きしめられるのは嫌いではない。どちらかといえば好きともいえなくもない。髪に触れるのも許そう。手癖の悪いヴィクター様に頻繁に弄ばれるから、手入れしてはいる。

 けれど、明らかに匂いを嗅いでいる仕草だけは見過ごせない。本気でやめてほしい。部屋に入る前に、食事をとって身を清めたとはいえ、色々と落ち着かない。首筋に顔を埋められ、ぞわりと全身が泡立った。


「アイリーン」

「なんですか」

「真面目な話をしてもいいか」

「真面目じゃないことを始めたのはヴィクター様でしょう」

「怒らないで聞いてほしいんだが」


 その前置きからして、良い話ではなさそうだ。

 くるりと私の向きを変え、背中から抱えるような形にしたヴィクター様は、そのまま耳元で零す。


「お前だけ、先にエルサイドに戻ってくれないか」

「……いつですか」

「できるだけ、早く」

「とんぼ返りというやつですね」

「頼むから、怒るな」

「怒りませんよ。ヴィクター様が意味もなくそんなことを言う人ではないと分かっていますから。ヴィクター様の命でも狙われていますか?」

「……相変わらず、清々しいほどに察しがいいな」


 どうやら、私の想像は当たっていたようだった。

 もともと、ヴィクター様の配下の数人とヴィクター様が真剣に何かを話している様子を見た時から、嫌な予感はしていたのだ。その表情は、あの新婚旅行、いや視察の時に見たものとよく似ていた。

 つまり、有能な為政者としての顔。


 そこに怪しすぎる今回の招待、スレニア内の保守派貴族の話、加えてヴィクター様が私をスレニアから遠ざけようとする、なおかつ私が怒ることを心配する、となれば、ヴィクター様の考えは自ずと見えてくるというもの。


「お前が察した通り、俺を殺そうとしている者がいる、という情報が入った。ただの暗殺疑惑ならどうにでもなるんだが。単刀直入にいうと、俺の命を狙う者、まあ保守派のとある貴族なんだが、そいつらと、ガーディナが関わっている可能性がある」

「……なんというか、ヴィクター様の配下の方、素晴らしく優秀なんですね」


 きっと最重要機密であろうそれが、こちらに来てたった1日でヴィクター様の下まで届いているのだ。何度も言うが、恐ろしすぎる。


「だろう? スレニア(ここ)には、特に優秀な人間を置いている」

「ありがとうございます」

「ああ。というのも、実はウォルド山脈付近が色々ときな臭くてな」

「噂をすればなんとやらですね」

「今調べさせているところだから、ガーディナ側の様子は分からん。だが、そもそも今日一日全力で調べさせて情報が手に入らないという事実がもう怪しい」

「それで、スレニアの一部とガーディナが繋がっている可能性があると」

「あくまでもまだ可能性の話だ。杞憂の可能性の方が高いくらいにはな。他にもいくつか根拠はあるが、それも微々たるものだ。だが、いくら保守派の貴族とはいえ、なんの策もなく俺の暗殺など企てるか? 俺を殺したところで、むしろエルサイドに正当防衛という名の武力制圧の言い訳を与えるだけだろう。そう考えれば、慎重に対処するに越したことはない」


 ぐりぐりと、顔が押し付けられた。私の反応を気にしているらしいヴィクター様に、苦笑する。


「何度も言いますけど、怒りませんし怒ってません。何かことが起きた時に、私に嫌疑がかかることを心配しているのでしょう? 私とスレニアが手を組んでヴィクター様を陥れようとしている、と愚かにも頑なに信じているどこかの誰かもいますし」

「何気に失礼だな」

「今ここにいないんですから、良いでしょう。ここでヴィクター様に何かあれば、喜んでスレニア出身の私に罪を被せようとする人に心当たりがありすぎて困る、ということですね。私が帰るべきだとは、私も思いますよ」

「……悪い」

「また蚊帳の外だと私が怒ると思いました? まあ少しばかり不本意というか、残念には思いますが、きちんと事情を説明して下さった上で、私が足手まといであるのなら、そこに不満はありません」

「足手まといとまでは言わんが、俺としても余計な面倒は避けたい」

「はい。分かっています。分かっていますが」


 くるり、と向き直った。至近距離で、私はヴィクター様を見つめる。


「事が落ち着いたら、全て包み隠さず話してくださいね」

「……な」

「あっさり騙されると思いました? 残念ながら、そうはいきませんから」


 完全に意表をつかれた、という表情のヴィクター様の頬を、人差し指でつつく。

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