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第15話 心当たりがありすぎる

「まずは、お前の依頼主を吐いてもらおうか」

「なぜ答えると思った?」

「お前が、暗殺者だからだ」


 私も、ゆっくりとヴィクター様の隣に腰を下ろす。


「金は積む。お前にアイリーンの暗殺を依頼した料金の、倍でどうだ?」

「……」

「そうですね……。『手に馴染んだ剣』。一切私情を挟まず、どんな相手であろうと依頼されれば躊躇なく殺す。かつての依頼主であってもお構いなし。忠誠心なんてものは持たず、手に馴染んだ剣のように、従順に人を殺す代わりに磨かれ、手入れされ、生きていくもの。……そうですよね、暗殺者レオ? まあ、本名かどうか私には分かりませんが」

「……最初から、お前らの手の内か」

「さて、どうでしょう」


 私を狙っている者がいるとヴィクター様に教えられたのが、数週間ほど前のこと。

 どうやら、ライアン様が一早く気が付いたらしい。彼の護衛騎士としての腕前は、ヴィクター様も認めるほどだという。


 正直に言ってしまえば依頼主に心当たりはあるのだが、手っ取り早い証拠が欲しかった。私の暗殺なんていう短絡的な手に出てきた彼の弱みを握れるのなら、是非やるべきだとヴィクター様を説得した。


 結婚式の日。正式な他国を招いての結婚式はまだ先だが、ヴィクター様が強引に決めた国内での小規模な式が行われた、今日。

 小規模と言っても、ヴィクター様の感覚での小規模だ。私にとっては、小規模などと言って私を説得したヴィクター様を殴りに行きたくなるような規模だったが。さすがに結婚式の日に花嫁が花婿を殴るのはまずいだろうと思って自重した。


 つまり、普段に比べて人の出入りが多く、部外者が忍び込むのには格好の日だった。加えて初夜ともなれば、私たちの部屋の周りにいる人は、普段に比べてぐっと減る。何より、いざ初夜のために部屋に向かえば愛する妻が血を流して倒れていた、なんて最悪のトラウマを植え付けるには、二度と結婚なんてしたくない、と思わせるには、最適の日。

 狙われるなら今日の夜だと確信し、加えて少しばかり餌も撒いた。ヴィクター様の餌の撒き方が手慣れ過ぎていて笑ってしまった。絶対に慣れているだろうと確信した。


「3倍だ」

「……分かった。3倍だ」


 3倍出せば動くだろう、と楽しげに笑っていたヴィクター様の横顔を、じとりと見上げる。本当に、なんでこんなに手慣れているのだこの人は。


「証拠は」

「ん?」

「交渉するだけしといて、殺されても困る」

「だが俺としても、ここでお前を解放して、逃げられても困るんだが」

「いくら話しても並行線でしょう。折れるべき立場は、どちらですか」

「……あー、分かったよ。話すから」


 殺すなよ、とぶつぶつと呟いた彼は、その美貌に似合わぬ乱暴な口調で吐き出した。


「ヴァージルだよ。ヴァージル・エルサイド」


 想像通りすぎる答えに、ヴィクター様と顔を見合わせて、苦笑した。



 ヴァージル・エルサイド。

 エルサイド帝国第二皇子にして、ヴィクター様とは腹違いの兄弟。冷たい目をした彼の姿を初めて見たのは、確か私がエルサイド帝国に越してきて最初の式典だったと思う。

 私を品定めするような、それでいて明らかな敵意を含んだ、失礼な眼差しが印象的だった。とても、遠路はるばる帝国までやって来た、兄の婚約者に向けるような目ではなかった。


「アイリーン・セラーズ公爵令嬢か」

「はい。お初にお目にかかります、ヴァージル殿下」


 きちんとした式典は終わり、緩やかに場が解け始め、夜会のような状態になった頃。ヴィクター様が知り合いの貴族に声をかけられ、少し離れる、と言って一瞬私の元を離れた時。

 ゆっくりと私に近づいてきたヴァージル殿下に、声をかけられたのだ。


 あまり、似ていない兄弟だった。

 顔立ちはきっと母親似なのだろう。ただ一つ、その目の色だけが同じだった。けれど、ヴィクター様とは全く違う温度をもって、私を見下ろしていた。


 周りも、あからさまに見つめることこそしないが、こちらを気にしているのは分かった。それも、当然の話で。

 ヴィクター様に子供がいない以上、この国でヴィクター様の次に継承権を持つのはヴァージル殿下だ。今まではヴィクター様がずっと婚約者を拒否していたと聞いているから、きっと、次は自分が、という期待があったのだろう。


 けれど、そこへ、私が現れた。

 自分で言うのも恥ずかしいが、明らかに溺愛している婚約者。

 自分で言うべきではなかった。改めて自分で言ってしまうと羞恥でおかしくなりそうだ。加えて、思い上がっている女のようで恥ずかしい。やめよう。


 訂正する。そのヴィクター様が、婚約者を迎えた。

 そうなれば、ヴァージル様が焦るのも自然なことだ。ヴィクター様と私の間に子が生まれ、ヴィクター様が即位すれば、第一継承権は私たちの子供に移る。一度そうなってしまえば、きっとヴァージル様が帝位を得ることは一気に難しくなる。


 私を敵視するのは当然のことだった。なんなら、一番私を拒む人はこの人だろうと思っていたから、今更なんとも思わないのだが。


 冷たく私を見下ろす目を見つめ返した瞬間、その口が開いた。


「場所を変える。ついてこい」


 断るわけにもいかず、渋々彼についていく。ヴィクター様が戻ってきたら、あの場にいた誰かが教えてくれるだろう。


 しばらく共に無言で歩き、辿り着いた場所は、裏庭だった。

 式典の会場から聞こえる喧騒が少しだけ遠くなり、肌寒さに私は軽く自分の身体を抱きしめた。

 その動きをどう解釈したのか、ヴァージル殿下が冷たく問う。


「どうやった」

「……何が、でしょう」

「どうやって、あの兄上に取り入った」


 取り入る。

 その言い方がどうにも不快だったけれど、さすがに表情には出さない。私もそこまで愚かではない。


「ヴィクター様は、私のことを選んでくださいました。ただ、それだけです」


 答えになっていないのは承知している。けれど、答えもないのだ。別に、取り入ってなどいないのだから。

 案の定不快そうな表情になったヴァージル様を、挑戦するように見上げる。


 どちらにせよ、私がヴィクター様に嫁ぐと決めた時点で、この人との確執は確定していた。別に望んではいないが仕方ない。ただ面倒なだけだ。

 私がどれだけ丁寧にこの人を立てたところで、戦いは避けられない。

 それを理解した瞬間、丁寧に接する気が溶けて消えた。見事に、なくなった。不敬と言われない程度に接していればいいだろう。

 開き直り、空っぽになった心で、私はヴァージル様の言葉を受ける。


「実は、スレニアと繋がっているのではないか?」

「……何を、おっしゃっているのか分かりかねます」

「スレニアの人間が、兄上を暗殺しかけたと聞いている。そいつと手を組んで、兄上をたぶらかして、我がエルサイドを掻き回すことを狙っているのでは?」

 

 そういう理屈があるのかと、純粋に驚いた。


「私がヴィクター様を騙していると、そうおっしゃるのですか?」

「可能性はあるのではないか?」

「それは、ヴィクター様が私に騙されているというのと同じ意味だと、ご理解いただけます?」

「それはそうだろう。言葉遊びか?」


 本気で理解していない様子の彼に苛立った。察しの悪さは、似ていない。


「ヴィクター様が、国家の転覆狙いで打算的に近寄ってきた女も見抜けず、婚約者として国に連れ込むような方だと、そういう意味ですか?」

「……っ」


 言葉に詰まったヴァージル殿下を見上げ、さらなる言葉を紡ごうとしたところで、声がかかった。


「ヴァージル」

「兄、上」


 暗闇の中で向き合う兄弟の姿。けれどその間の雰囲気は、兄弟同士のそれではない。今にも火花が飛び散りそうというか。燃えそうなものを撤退させておくべきだというか。


「俺の婚約者に、何の用だ?」

「いえ。家族となる彼女と、少し話をしていただけです」

「そうか。……アイリーンを、傷つけるなよ」


 少しだけ低くなった声で、ヴィクター様は囁く。それを聞いた瞬間にぐっと顔を歪めたヴァージル殿下は、足音も高らかに、苛立ったように離れていく。

 そこに私の姿は全く入っていないようで、どっと疲れた。なんだったんだ今のは。てっきり政略的な交渉とか、私自身の立ち位置の探りとか、そういうものが来ると思っていたのだ。そのためにも、しっかりこの国の貴族の立ち位置は頭に叩き込んできたのに。

 これでは、本当にただ文句を言いにきただけだ。いや、本当にその通りなのだろうが。


「相変わらず気持ちのいい毒舌だな」

「褒めてませんね」

「褒め言葉だ。さすが俺の婚約者」

「……っそう言えば私が何も言えなくなると思ってますね」

「何も言えなくなるのか、良いことを知った。なあ、婚約者さん?」


 そう言って楽しげな笑いを浮かべたヴィクター様が、私の顔を覗き込む。暗闇の中でもはっきりと赤くなっているのが分かるであろう顔を見られるのが恥ずかしくて、咄嗟に押しのける。


「酷いな」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、ヴィクター様は私から離れた。そうして、手を差し出す。


「夜の散歩でもどうだ? なかなか情緒があるだろう?」

「もしかしなくても、まだ気にしてます?」

「一世一代の告白を、情緒がないと一掃された男の気持ちが分かるか?」

「…………照れ隠しだと、分かっているでしょう」

「ああ」


 飄々と笑う殿下を、睨みつける。ヴィクター様にエスコートされるまま、ゆっくりと夜の庭園を歩く。

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