第1話 婚約破棄は突然に
「アイリーン・セラーズ公爵令嬢! 私は、お前との婚約を破棄し、このエリザと婚約する!」
「はい分かりました! すみません退出してよろしいですか!?」
今は婚約破棄どころではないのだ。もっと大変な、災厄の塊のようなものが、来賓席でわざとらしい笑顔を貼り付けてこちらを見ているのだから。
「な……っお前は! 平民でありながら極めて優秀な成績を修めているエリザに嫉妬し! その」
そんなのどうでもいい!
まさかそう叫ぶわけにもいかないけれど、本当にどうでもいい。一切心当たりはないのだから、どうせ嘘だろうし、それでもこの国の王太子がそうだといえばまかり通ってしまうのだ。
それより今すぐ黙ってほしい。そして振り返って来賓席の方を見てほしい。
そうしたら、驚いたようにこちらを見ている、今日訪れた帝国の「皇太子」の顔が、どこからどう見ても本物の皇太子ではないことに気づくだろうから。
「その醜い感情から、エリザに散々な嫌がらせを」
そのままつらつらと、私のやった嫌がらせとやらの内容を語る殿下。その横で殿下の腕にしがみ付く平民の少女。
けれどその言葉はほぼ全て通り抜け、私の視線は遥か後方、「皇太子」の一歩後ろに下がったところにいる、地味なくすんだ色合いの髪をして、その顔に不釣り合いな大きさの眼鏡をかけた1人の男性に注がれていた。
何やってんですかヴィクター殿下!
その気持ちを込めて睨みつけると、その薄い唇が楽しげに上がったのが遠目でも分かった。
その視線を誤解したのか、今はもう元婚約者となった王太子殿下の勢いが増す。
「分かったか! したがって私はそなたとの婚約を破棄する!」
「分かりました! 後日両家を交えてお話しさせていただければと存じます! 失礼します!」
叫ぶように言って、ホールを飛び出した。あの男に、外に出るように目線で促すことも忘れない。
数年ぶりの再会。最初に抱いた感情は間違いなく、何をやってくれたんだという殺意だった。