ベルデ村 その2
ドアが開いた。
オレは布団から半身を起こすと身構えた。
ルビーも頭を出そうとしたが、「いいから、隠れていろ」と囁いて頭を布団の中に押し込んだ。
もし襲撃者ならルビーは隠し玉になるかもしれない。
部屋に人影が入ってきた。
一人だ。
目立つような大きな武器は携行していない。
だが短刀を隠しているかもしれない。
オレは油断なく人影を凝視した。
いつでも布団から飛び出せるようにしていた。
「リュウジ様」
その声はアンナだった。
「アンナ、こんな夜遅く、どうしたんだい」
「リュウジ様のお情けを頂戴に参りました」
「はい!?」
(まさか『お情け頂戴』というのは、時代劇などで出てくるセリフだが、あれのことか)
「ええええ。どうして」
「当然です」
「なんで?」
「この村には遠方からいらした客人をもてなすために夜伽をする習慣があります。それに辺境の小さい村ですから、そうして村民の血が濃くなりすぎないようするという理由もあります」
意外にまともな答えで驚いた。
大学の一般教養で取った文化人類学で、たしかエスキモーの習慣とかを聞いた覚えがある。
「それに、リュウジ様は私の命の恩人です」
「それで……」
「はい」
アンリは着ていたガウンのような着物をはだけた。
下には何も着ていなかった。
「お情け頂戴いたします」
ベッドに近づいてきた。
実はオレはまだ童貞だ。
空手の修行に明け暮れて、その機会が無かった。
というよりも空手バカは全然モテなかったというのが真実だ。
いきなりの展開に心の準備が出来ていなかった。
それにアンナとはまだ出会ったばかりで、好きとか嫌いとかの対象にさえ思っていなかった。
「ちょ、ちょっと、待って」
その時、布団の中からルビーが顔を出した。
「きゃぁ」
アンナが驚いて後ずさりした。
「何よ、リュウジはあたしのものよ。私を抱いていたんだから、邪魔しないで」
「う、うそ、そんな……」
アンナが泣きそうになった。
「いや、それは誤解だ。違うんだよ」
「何が違うのよ。やっぱりルビーとそんな関係だったのね」
アンナは着物の前を合わせると顔を上げた。
そして一言、「変態!」と言うと出て行ってしまった。
「違う、アンナさん、君も子供の頃はクマちゃんのぬいぐるを抱いて、クマちゃんにスリスリしながら、寝ていただろう。それと同じだ」
オレの言葉は届かずに、彼女は行ってしまった。
「あのドロボー猫、私のリュウジに手を出そうなんてとんでもないあばずれね」
ルビーが赤い目をさらに赤く燃え上がらせて言った。
オレは溜息をついた。
すんでしまったことは仕方がないので、再びルビーを抱き寄せて寝た。
ルビーの毛皮のふかふかはクセになる気持ちの良さだった。
翌朝、村を歩くと、ひそひそ声がした。
「あれだよ」
「まあ」
「えええ」
なにやら嫌な感じだった。
「ルビー、お前耳はいいか」
「多分、人間よりは」
「村人は何を噂している?」
「昨晩、リュウジ様がアンナを振って、私と情熱的な夜を過ごしたことが話題になっていますわ」
ルビーがドヤ顔で言った。
(えええええええええええええ)
オレは目の前が暗くなった。
「そんなことが、もう村中に伝わっているの」
「仕方がないわよ。こういう小さい田舎の村って、そんなものよ」
いつの間にかブラックが隣りにいた。
「おはよう、ブラック」
「おはよう、ルビー。昨晩はだいぶお盛んだったようね」
「もう、ブラックまで。でもリュウジったら私の耳をスリスリしたのよ」
「まあ、そんないやらしいことを、リュウジって見かけによらずスケベだったのね」
「いや、それは違う」
「何を言っているの、リュウジ、ホワイトウルフの耳の付け根を触ることがどれだけ、エロチックな行為なのか知らないの?」
「いや、知らん」
「だから、異世界人は困るのよ。常識が無いのよね」
「いいのよ、ブラック。だって私も、嫌じゃなかったし……」
村人たちが耳をダンボにして、2人の会話を聞いていた。
「もう、この話題はよそう」
その時、向こうからアンナが歩いてきた。
「おはよう」
だが、アンナは横を向いてしまった。
どうやら、この村ではオレは変態扱いになってしまったらしい。
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