旅は道連れー峠の茶屋ー
アンナと話を終えるとオレはブラックの横に言った。
「おい、ブラック」
「なんだ」
オレにはブラックに問いたださなくてはならないことがあった。
「どうして、オレを騙して魔物の森に向かわせた?」
ブラックは答えなかった。
「確か、お前、あっちが人間の居住地だと、魔族の森を指して言ったよな」
「フン」
ブラックが鼻で笑った。
態度の悪い奴だった。
「オレを騙して魔物の巣に連れ込み、殺させるつもりだったのか?」
「殺させる? 何馬鹿げたことを言っている。あの森に生息しているゴブリン程度ではリュウジを殺すことなどできない。それどころか戦えば魔物の方が全滅する」
「じゃあどうして、嘘をついてオレを誘導した。まさかゴブリンに恨みでもあるのか?」
「あの娘のためよ」
オレはアンナを見た。
「アンナのことを助けたかったか?」
ブラックが笑った。
「違うわ」
「じゃあ?」
「鈍いわね。あの娘よ」
「ルビー?」
「そうよ」
「でも、どうして?」
「あのままリュウジが人間の村に行ったら、ホワイトウルフであるルビーはもう一緒にいられなくなるわ。人間たちはホワイトウルフを恐れているから。それにリュウジもルビーと一緒にいる理由が無いから、ルビーのことをかばったりしないでしょ。だからよ」
「つまり、村の娘をルビーが助けたことにして、一緒に村に入れるようにしたってことか」
「そうよ」
「でも、どうしてアンナがゴブリンに拐われて森に連れ去られていることが分かっていた?」
「風や森の精霊、それから鳥たちに聞いたのよ」
「どういうことだ」
「私は精霊と交信できるの。だから民からは神扱いされているというわけ」
「そうなのか」
ブラックがなんだか化け猫のように思えてきたが、それはコメントしないでおいた。
「でも、やさしいんだな」
「なにが」
「アンナもルビーも放っておいてもいいのに、二人を助けるなんて、ブラックは本当はやさしい子だったんだ」
「馬鹿、何を言っているのよ」
ブラックは恥ずかしそうにして、黙ってしまった。
「ベルデ村はまだ?」
オレはアンナに訊いた。
「すみません、あの峠を越えた先になります」
「峠!」
それを聞いて、オレは気を失いそうになった。
思えば多摩川の河川敷で柳に撃たれて異世界に来てから飲まず食わずだった。
身体に力が入らない。
(峠越えなんて、マジ無理。よく冷えたポカリを飲みたい)
「リュウジ様、大丈夫ですか」
ルビーが心配そうに訊いた。
「うむ。だけど、喉が乾いたし、腹も減った」
「それでしたら、峠の頂上に茶屋があります。飲み物や軽食を売っています」
「おおっ」
オレはにわかに元気になった。
だが、すぐに意気消沈した。
「でも、それってお金がかかるんだろ? オレはこの世界のお金をもっていないんだよ」
「それなら、ご心配無用です。お金なら少しですが私が持っています。茶屋で飲み食いする分には十分です」
「でも、それは君の……」
「助けていただいたのですから、それくらいは当然です」
「よし、じゃあ、遠慮なくご馳走になるか!」
オレは急に元気になった。
そして峠の茶屋を目指して歩いた。
30分ほどして、峠の茶屋に着いた。
峠の茶屋は、東京の高尾山で見たそれと酷似していた。
「おおお、本当に峠の茶屋だ!」
だがメニューはよく分からなかったので、アンナに注文はお願いした。
すぐに冷たい飲み物が出てきた。
口をつけるとレモネードのような酸味のきいた甘い飲み物だった。
「これは疲れが取れそうだ」
オレは一気飲みして、お代わりを頼んだ。
次に出てきたのは団子のようなものだった。
穀物を固めて焼いたものに、甘辛い味付けをしていた。
これも問題なく食べることができた。
「美味い。なかなかだ」
アンナはオレの反応を見て安堵したようだった。
見るとルビーとブラックもオレと同じものを飲み食いしていた。
ルビーと目が合った。
「やだ。恥ずかしいから、あんまり見つめないで」
ルビーが目を伏せた。
(いやいや、誤解だ。そんなつもりで見てないから)
「熱いね。お二人さん」
オレが言い訳をしようとするのを遮るように声がした。
声の主を見ると人間の男性が5人ほど店に入って来るところだった。
「それにしても気持ち悪いな」
先頭の男がオレとルビーを見て言った。
「魔物が茶屋で団子を食っているなんて初めて見たぞ」
「しかも人間と一緒だ」
「魔物の犬とラブラブだなんて世も末だ」
「目障りだな」
「おや、でも、可愛い子を連れているじゃないか」
「ほんとだ。美少女と、ホワイトウルフと、ワイズキャットを連れているのか。おい、貴様何者だ」
いきなり何者だと誰何されても答えようがなかった。
オレは無視した。
オレが答えないのを見て、一番偉そうにしている男に連れの男が訊いた。
「ヘッド、どうします」
「せっかくだから、もらっていこう」
オレはアンナの方を向いた。
「アンナ、あいつら知っている人?」
アンナは怯えた様子で首を振った。
「あの人たちは、多分、山賊よ」
消え入りそうな声でアンナが答えた。
「なんだって、誰が山賊だって?」
ドスの効いた声で後ろにいた太った男がアンナに凄んだ。
「ご、ごめんなさい」
「謝ることは無い。その通りだからだ」
真ん中の男はそう言うと笑った。
オレはルビーを見た。
ルビーも頷いた。
「さて、お前の連れを差し出せ。金になるからな」
「金になるだと?」
オレは問い返した。
「その黒猫はワイズキャットだろ。ワイズキャットは知恵の神や招福猫神として庶民に人気だ。高い値で売れる。ホワイトウルフの毛皮は高級品として高値で取引されている。その娘については言うだけ野暮だ。ムフフで売れる」
「というわけだ青年。猫と犬と少女を置いてゆけば命だけは助けてやる」
「断る」
「リュウジ、私に任せて」
ルビーが戦闘体勢に入った。
「おやおや、犬がやるつもりだぜ」
「私を犬呼ばわりするな!」
「魔法が使えたころのホワイトウルフは本当に強敵だった。だが、魔法を使えないホワイトウルフはただの野良犬だ」
盗賊たちがせせら笑った。
「舐めるな」
ルビーが飛びかかろうとした時、山賊は手に持っていた棒に火を付けた。
棒は松明だった。
「キャイイン」
ルビーが後ずさりした。
「やっぱりな。獣は獣だな」
「ほれ」
火のついた松明を振り回してルビーを威嚇した。
「よせ」
オレは低い声で言った。
「はぁ?」
「これ以上やったら、お前ら死ぬぞ」
「今、なんて言いました?」
「お前らは死ぬ」
山賊たちはゲラゲラと笑いだした。
「外に出ろ」
「お前のような奴が、俺たち相手に勝てるとでも思っているのか」
「こっちは5人で武器もある。謝るなら今だぞ」
オレは歩み足で、松明を持っている盗賊に近づくと、松明を回し蹴りで蹴り飛ばした。
「お、お前」
普通に正拳で膻中を突いた。
松明を振り回していた男が崩れ落ちた。
「野郎!」
向かってきた盗賊は、拳を後ろに引き殴ろうとしてきた。
典型的テレフォンパンチだ。
挙動で攻撃内容を全て示している。
余裕でその拳をかわし、入身になり、肘でみぞおちを打った。
みぞおちには神経が集まるツボがある。
人体の急所の一つだ。
そこをピンポイントで打たれると一発で相手は戦闘不能になる。
体を苦しそうに折った盗賊の前髪をつかむと引き倒し、顔面を踏みつけた。
盗賊は動かなくなった。
残りは3人だ。
「このヤロウ」
素早い動作で右ストレートを繰り出してきた。
オレは左手と右手の両方を同時に出した。
これは夫婦手と言って、沖縄空手の首里手の秘伝だ。
左腕が相手の右拳を弾き、右手の正拳が相手の顔面を捉えた。
「ぐあああああああああああああ」
オレのカウンターの右ストレートをくらい、一撃でKOだった。
残りは2人だ。
オレは店の外に出た。
相手は刀を抜いた。
その瞬間飛び込んで、刀を弾き飛ばし、金的を手刀で打った。
そして金的を潰されて呻く相手を掴み、残りの一人の間に入れて盾にした。
最後の一人はナイフを持っていたが、仲間を盾にされて攻めあぐんでいた。
オレは、つかんでいた盗賊を相手にぶつけるように押し出すと、怯んだ相手の膝の関節を蹴った。
「うわあああ」
しゃがみ込む相手の手のナイフを蹴り飛ばした。
そして、さらに相手の頭を思い切り蹴った。
相手は倒れて動かなくなった。
「き、貴様はいったいナニモノダ……」
まだ意識のあった盗賊の一人がつぶやいたが、最後の方は呂律が回っていなかった。
「キャイ~ン」
ルビーが嬉そうにすり寄って来た。
「私のことを守ってくれたのね」
ますますルビーに惚れられてしまった。
その様子をアンナが怪訝な顔をして見ていた。
「お勘定をしてベルデ村に行こうか。おーい、店主、お勘定」
「お代は結構だよ。あの山賊連中はうちの売上も定期的に略奪しに来ていた。それをあんたがやっつけてくれた。団子代は御礼だよ」
「ありがとう。美味かったよ」
「それにしても、あんた、強いね。魔王かと思ったよ」
「まさか」
「冗談だよ。気をつけてね」
「ああ」
そうして峠の茶屋を後にして、ベルデ村に向かった。
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