ゴブリンから少女を助ける
森の入り口に着くと、4体のゴブリンが人間の少女を担いで走っているところだった。
走っていると言っても、足が短い上に、体力が無いのか、ひどく遅い。
「ああ、疲れた。いったん、おろそうよ」
「そうだな」
「もう我慢できない。ここで犯そうよ」
「焦るな。森の中のねぐらに着くまで待てないのか」
「でもあそこに持ってゆくと、他のやつもやりたがるぞ」
「悲鳴を上げて泣き叫ぶのを見るのは俺達が最初だ」
「でも横取りする者もいるぞ」
「さんざんいたぶられて、ぐったりと弱った相手では何の楽しみもない」
「そうそう獲物は活きがいいのが一番だ」
「なら、ここで始めちゃおうよ」
少女は恐怖で震えていた。
これから起こるであろう残酷な事態を予想してか、目は死んだ魚のようで、既に生気を失っていた。
オレらはゴブリンの元についた。
するとオレの横から唸り声がした。
「ひええええ」
「何だ」
ゴブリンたちがこちらを見た。
さっきまでのデレデレした様子とは打って変わり、ルビーが唸りながら殺気を発していた。
「ホ、ホワイトウルフだ!」
「俺達の獲物を横取りするつもりだぞ」
「そうはさせるか」
「そうだ。あいつも魔法はもう使えないはずだ。4人で囲んで棍棒で殴れば負けない」
4体のゴブリンはそれぞれ手に持った棍棒を構えた。
ルビーの実力を見てみたい気もするが、ルビーが女の子だと知ってしまったので、あまり無理はさせたくなかった。
とりあえずオレは前に出た。
「何だ、ヒューマンか」
オレの姿を見ると、ゴブリンたちはがゲラゲラと笑った。
「弱いくせに、娘を取り戻しに来たのか」
「ヒューマンは敵ではない」
そんなに人間は弱いのかと思った。
オレは先頭のゴブリンのところに歩いて行くと棍棒をつかんだ。
「こら、離せ」
オレは棍棒を簡単に奪い取った。
軽い。
驚くほど軽くて華奢だ。
100均で子供用に売っているプラスチックのバットみたいだ。
「これ、武器なの?」
軽く目の前にいるゴブリンに振り下ろした。
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
ゴブリンの頭が割れた。
「ひいいいいいい」
やったオレの方がびびった。
思わずバットを投げた。
それが後ろのゴブリンに当たり、そいつはもんどり打って倒れた。
「馬鹿め武器を手放したな」
正面のゴブリンが棍棒を振りかざして踏み込んでくる。
基本通りの空手の前蹴りを出した。
「うぎゃああああああああああああ」
ゴブリンはくの字に折れ、血反吐を口から吹きながら吹っ飛んだ。
「おおおお」
自分でも驚きの声が出た。
総合格闘技の試合では空手の前蹴りは相手の突進を止めるための牽制のストッパーでしかない。
KO技にはならないジャブ程度の技だ。
それが究極の殺し技になってしまった。
なんてゴブリンは弱いのだ。
残った一体のゴブリンはオレを見て震えていた。
「ば、化物」
(いや、いや、化物はお前たちだろう)
そんな突っ込みを入れたいところだが、オレはあまりの相手の弱さに戸惑っていた。
「グアアアア」
ルビーが残った一体のゴブリンに飛びつき、首に牙をたてた。
そして首を振ってゴブリンを振り回した。
ゴブリンは絶命した。
さすがはウルフだ。
オレは少女を見た。
「あ、あわわわわ」
恐怖で言葉が出ないようだった。
「大丈夫?」
オレが近づくと、後ずさりをした。
「やめて、来ないで」
「大丈夫、何もしないから。君を助けに来たんだ」
「た、助ける?」
「そうだよ」
「でも、これから私を犯して、その後、食べるつもりなんでしょ」
少女の見開かれた目から涙がポロポロと落ちた。
「どうして、そんなことを言う」
助けてあげたというのに、このリアクションは心外だった。
「だって……」
少女は口元が血で赤く染まったルビーを恐ろしげに見ていた。
「ああ、ルビーなら仲間だから大丈夫。君を食べたりはしないよ。そうだろう、ルビー」
「はい。リュウジ様」
「ホワイトウルフを使役しているの? まさか、魔王?」
「はあ?」
「ホワイトウルフは人間には絶対に隷属しない。それどころか、魔族にも隷属しない。あんな風に隷属するとしたら、その主は魔王くらいよ」
「なあ、ルビー、お前、そんなに気難しい奴だったのか」
「もう、リュウジったら、何を言わせたいの。そうよ。私はそんなに軽くないの。契を交わしたのはリュウジだけよ」
「ひひひひいいいい。ヒューマンの外見をしているくせに、まともじゃないわ。一体、あなたは何者なの?」
少女は歯をガタガタ言わせて青くなった。
「もう、面倒くさい子ね」
ブラックが出てきた。
「これは、ワイズキャット様」
少女がひれ伏した。
(ええええ。もしかしてブラックって信仰の対象?)
「頭を上げなさい」
ブラックがおごそかに言った。
「お主は家に帰りたいのだろう」
「もちろんでございます。ワイズキャット様」
「よかろう。その望みを叶えてあげよう。そのためにはあのリュウジなる者の言うことをきけ」
「分かりました。ワイズキャット様のご命なら、この身をあの理不尽な力を有する者に差し出します」
少女は涙ぐみながら言った。
(いや、身体を差し出せとか言っていないから!)
訂正するのもなんだか面倒くさくなり、オレは少女に命令した。
「では、我らをお前の家に案内せよ」
「はい。私の住む村、ベルデにご案内いたします」
少女が頭を下げた。
とりあえず4人で、少女の住むベルデ村に向かうことになった。
(それにしても、あの猫、人間に対して偉そうにしすぎだろう。それにゴブリン弱すぎ。人間、怯えすぎ。全く異世界の奴らって、まともな奴はいないのかよ)
オレは心の中でそう愚痴りながら四人のパーティの真ん中を歩いた。
お供は、偉そうな黒猫と、デレデレの白い狼と、怯えた暗い顔の少女だ。
全くおとぎ話にもならない連れだった。
歩きながらオレは少女に話しかけた。
「オレはリュウジというけど、君は?」
「アンナです」
「アンナか。いい名前だね」
「祖父がつけてくれました」
「ところで、どこか怪我とかしていない? 大丈夫?」
「はい、どこも怪我はしておりません」
「そうか」
「あの……」
「なんだい」
「先程は失礼いたしました」
「何のことだい」
「助けていただいたのに、失礼なことを言ってしまって」
「ああ、気にすることないよ」
「お礼も、まだ申し上げておりませんでした。本当にありがとうございました」
アンナはそう言って頭を下げた。
「いいから」
「でも……」
何か言いかけてやめた。
「あっ、遠慮しないで何でも訊いて」
「その、どうして人間なのにホワイトウルフを使役しているんですか」
アンナが恐る恐る訊いた。
「実は、知らないで名前をつけちゃったんだよ」
「まさか、あのホワイトウルフにですか」
アンナが驚愕した顔をした。
「そんな、馬鹿な。そんなことをしようとしたらホワイトウルフに噛み殺されます」
「名前をつける前に、その……。先にあいつをオレが半殺しにしちゃっていたんだ」
アンナがさらに驚いた顔をした。
「でも、分かりました。それなら、ホワイトウルフが人間に隷属するのも理解できます。でも、それにしてもリュウジ様はホワイトウルフやゴブリンを素手で倒してしまうなんて、なんてお強いんですか」
アンナが目をうるうるさせてオレを見た。
「いや、まあ、空手を少々たしなんでいたからね」
「それは身体強化魔法ですか?」
「魔法じゃないけど、古から伝わる身体強化術の一種かな」
「MPは消費するんですか?」
「いやしない」
「そうだったんですね」
それを聞いてアンナは妙に納得したようだった。
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