恋するホワイトウルフ
オレは黒猫を見た。
「ところで、お前はただの猫じゃなくて、魔物なんだよな」
「どうしてそんなことを訊く」
「人間と喋れるし、頭がいいからだ」
頭がいいと言われて黒猫は少し照れたような仕草をした。
「まあな」
「お前たちも魔法は使えなくなったのか」
黒猫は横を向いた。
「まあな。さっきのホワイトウルフを見ただろう。あいつは魔法攻撃が得意だった。それが封じられたら、あのざまだ。最近じゃ、魔法に依存していなかったゴブリンなどの下級魔物が勢いづいている」
「そうだったのか」
「それにしても、お前の身体能力は異常だ。強すぎる。この世界においてはチートな力だ」
オレはもしかして異世界に転移することにより、スーパーマンのような力を得たのかもしれないと思った。
草原の大樹に歩いて行った。
「何をする気だ」
「まあ、見てろ」
もし、オレがスーパーマンのような超人的な力を得ていたら、あの大樹を正拳突き一撃で倒すことができるはずだ。
神社の境内にある樹齢千年の神木のような大樹の前に立った。
息吹をした。
そして腰を落とし、正拳突きを幹の中心にみまった。
ベキベキと音がして大木が倒壊することは……なかった。
「痛え」
大樹は葉を揺らすこともなく、オレの拳が痛んだ。
毎日巻藁を突いて鍛えていなければ、大変なことになっていたかもしれない。
「なにやっている?」
「いや、突きでこの樹を倒せないかと……」
「馬鹿か? 素手でそんなことできるわけ無いだろう」
「ごもっとも」
オレは異世界転移ということで特に身体的にチートな力を付与されたわけではないようだ。
「そうすると、相手が弱すぎたということか」
独り言をつぶやいた。
後ろでガサッと動揺したような音がした。
振り向くとさっきのホワイトウルフがいた。
「なんだ。まだやるつもりか」
「とんでもない」
ホワイトウルフは赤いルビーのような目を伏せた。
何故か尻尾を横に振っている。
「どういうことだ?」
黒猫がケラケラと笑った。
「笑わないで」
ホワイトウルフが言った。
「ねぇ、あのホワイトウルフ、君のことが気に入ったらしいよ」
「えっ?」
「ウルフと言っても所詮犬だからね。自分より圧倒的に強い君をご主人様と思ったらしい」
黒猫が可笑しそうに言った。
「そうなのか」
ホワイトウルフがおすわりをした。
「ちなみに、そのホワイトウルフはメスだから、君に惚れちゃったのかもね」
「えっ?」
オレはホワイトウルフを見た。
見間違いかもしれないが白い頬が紅潮しているような気がした。
オレは歩き始めた。
「どこにゆくつもりだ」
黒猫が訊いた。
「分からない。とりあえず人がいる村か町に行きたい」
「ここがどこだか分かっているのか?」
オレは首を振った。
「ここは魔族と人間族との国境線だ。あっちが人間側の居住地で、向こうが魔族側だ。お前は魔族側に向かっているが、それでいいのか」
「ありがとう」
オレは反転して人間の居住地に向かって歩き始めた。
もっとも黒猫の言ったことが事実とは限らない。
本当は逆で、進んでいる方向は魔族の住むエリアかもしれない。
だが、どちらでも今の自分にとっては大差ない。
黒猫が言う人間族の住む方角に歩いていると、後ろからホワイトウルフと黒猫がついてきた。
「あのさ、人間の住むところに向かっているんだけど。君たちもあっちに用があるの」
ホワイトウルフは首を振った。
そして尻尾も振った。
なんだか嫌な予感がした。
「まさか、オレの後をつけているの」
「後をつけるだなんて……。ご一緒しているだけです」
ホワイトウルフが恥じらいながら言った。
(うーん。どうなっているんだ)
「まあ、いいか」
一時間くらい歩いたところで、休憩した。
大きな樹の下に腰を下ろすと、ホワイトウルフと黒猫もオレのそばに座った。
「どうしてついてくる」
ホワイトウルフと黒猫は互いを見た。
「譲り合わなくてもいいから」
ホワイトウルフが口を開いた。
「あなた様について行きたいからです」
黒猫の冗談かと思っていたが本当にホワイトウルフはオレに好意を抱いているようだった。
「お前は?」
黒猫を見た。
「貴様に興味がある」
「ふーん」
そう言われてみれば自己紹介がまだなことに気が付いた。
とりあえず旅は道連れなら、お互い名前くらいは知っておいた方がいいだろうと思った。
「オレはリュウジだ。よろしくな」
「リュウジ様。よいお名前です」
ホワイトウルフが目を潤ませて言った。
「君は?」
ホワイトウルフは困った顔をした。
「名前はありません」
「えっ、無いの?」
「基本的に群れない性格だし、人間と親しくなるのはこれが初めてですから」
「そうか、今までは名前を呼ばれる必要性が無かったということか。でも名無しは不便だな……。そうだ。オレが名前をつけてもいいかい」
「えっ!」
ホワイトウルフは驚いた顔をした。
それに構わずオレは続けた。
「そうだな。その目は宝石のルビーのような色だから、ルビーなんてどうかな。綺麗な名前だと思うけど」
「ルビー……」
ホワイトウルフは突然顔を上げると「ウォおおおおん」と大きく遠吠えした。
そしてオレの元にすり寄って来た。
尻尾はちぎれんばかりに振られている。
「あー、あー、知らないよ」
黒猫が言った。
「えっ、どういうこと? オレ、何かした?」
黒猫は、ホワイトウルフにルビーという名前をつけてしまったオレのことを可笑しそう見た。
「あのね。魔物の狼に人間が名前を付けるということは特別なことなんだよ。名前をつけられた狼はその人間に一生隷属する」
「えっ、ええええええ」
「まあ、契を交わしたようなものだね。ちゃんとルビーの面倒を一生をみるんだよ。二人共お幸せに」
「ちょっと待って、知らなかったんだよ」
ルビーは満面の笑みでオレの太腿に自分の頭をスリスリして甘えてきた。
「やれやれ狼が飼い犬になっちまったよ」
黒猫がそんな独り言を言った。
「そういうお前はどうなんだ。オレが名前をつけたら隷属するのか?」
「残念でした。そんなことありません」
「じゃあ、お前にも名前をつけるぞ。いいのか」
オレは黒猫のことがなんだか癪に障り、そう言った。
「ご自由に」
「じゃあ、ブラックだ」
「はあ?」
「お前の名はブラックにする」
「ブラックなんて、何だか悪どい感じでイヤよ、ルビーみたいなもっと女の子らしい名前にして」
急に口調が変わった。
「あの、お前、メスなのか?」
「失礼ね」
「えええええええ」
オレは生意気なタメ口をきく猫がメスと聞いて驚いた。
「ねぇ、ブラック、ご主人様が一度つけた名前は変えられないのよ。我慢しなさい」
ルビーが勝ち誇った顔をして言った。
「フン!」
ブラックが横を向いた。
なにはともあれ、とりあえず、これで自己紹介と名付けはすみ、これからは互いを「お前」呼ばわりしないですむことになった。
「ご主人様」
ルビーが何か言いかけた。
「ルビー、ご主人様はやめてくれ、リュウジでいい」
「では、リュウジ様。人間の住む場所に行きたいんですよね」
「ああ」
「方角が逆ですよ。そっちは魔物の森で、魔物がたくさんいますよ」
思った通りブラックはオレを罠にかけていたのだ。
「ありがとう」
「私はご主人様……。いや、リュウジ様の忠実なる下僕です。これからは何でも私に訊いて下さい」
「さて、どうしてわざと魔物の森にオレを誘導した」
ブラックはその問いに答えなかった。
「そろそろ始まるころね」
「何が?」
すると、前方の森の入り口で若い女の悲鳴がした。
「急いで人間の女の子がピンチよ」
何だか分からないがオレは悲鳴のした方向に駆け出した。
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