魔力の枯渇した異世界
「おい、ホワイトウルフは魔物としては強い方だぞ。敏捷な動き、強い顎、鋭い牙、どれをとっても強い」
「でも、近所の野犬より弱かった」
「というより、お前どうしてそんなに強い?」
「そう言われてもなあ……」
オレは武術オタクだ。
空手、柔術、総合格闘技、戦う技術を極めることに熱中していた。
取得した段を合計すれば2桁になる。
だが、それは試合に勝ち、オリンピックに出てメダルを得るためではない。
警察や警備会社に有利な就職をするためでもない。
単純に武を極めて最強になりたいという夢を追いかけてきたのだ。
だが、平和で法律が整った日本では、それは無用の長物だった。
武術はスポーツとして試合をするか、ユーチューバーになってネタを披露するか、ボクササイズなどのトレーナーになりダイエットを手伝うことでしか社会では意味をなさない。
必殺技を極めることは、ただのオタクの趣味と化していた。
それでもオレは修行した。
だから、強いかと問われれば、オレは結構強い方なのかもしれない。
だが、上には上がいる。
今の自分に満足した瞬間に最強の座から転落するのだ。
「おい、なに黙っているんだよ。何を考えている?」
黒猫がオレに言った。
「何でもない。それより、ここはどこだ。オレがいた世界とは違う世界なのか」
「どこだと聞かれてもなあ。少なくともお前のいた世界とは別の世界だ」
「さっき魔法がどうこうと言っていたな」
「ああ」
「ここは、魔法が使える世界なのか」
「まあそうだが……」
ようやくオレにも状況がつかめてきた。
話ができる動物、魔物、魔法と来たら、異世界転移だ。
アニメやラノベの世界で聞いたことがあるが、まさか現実にあると思わなかったが、そう考えればつじつまが合う。
柳に頭を撃ち抜かれて死んだ時にオレは異世界に転移したのだろう。
「つまり剣と魔法の世界ってことだな」
「それがそうでもないんだ。結論から言うと魔法が使えなくなった」
「はい?!」
「マナが枯渇したんだ」
「どういうこと? 分かるように説明してよ」
「ああ、異世界人はめんどくさいな。いいか、魔法っていうのはMPを消費する」
それはオレも知っている。
「そのMPっていうのは、マナがもとになる」
「マナ?」
「魔法を発現させるエネルギーだよ」
「それで」
「マナは自然界で作られる生命エネルギーの一種だ。だが、ここ100年あまりの間に人間は魔法を取得し、誰もが使うようになった。その結果、マナの大量消費が始まったんだ」
「大量消費?」
「移動するのも魔法だし、身体も鍛えないで身体強化魔法をかける。戦う時はもちろん魔法攻撃だ。病気になっても魔法で治すなど、なにもかも魔法ですませるようになった」
確かに病気になったり、怪我した時に、手術も入院もしないで、魔法一発で治れば便利だ。
「魔物も魔法を使いだした人間に対抗して魔法を使う。そうして自然界にあるマナが枯渇していったんだ」
「マナは補充されないのかい」
「自然界から生まれてくるが、それを上回る消費があった。それに、マナは精霊が司り自然と信仰から生じる。ところが魔法を使った自然破壊と、魔法という神のような力を得た人間族の不信心により、精霊たちの居場所が無くなった。だからマナの産出量は年々減るばかりだった」
どこかで聞いたような話だった。
要は資源問題や環境問題と同じかと思った。
「とうとうマナが完全に枯渇して、魔法が使えなくなった。それで大混乱が生じているんだよ」
「別に魔法が使えなくてもいいじゃないか」
「いや。秩序が乱れて、カオスになった」
「どうしてだ」
「人間の王も、魔王も魔法の力で世界を支配してきた。人間の王と魔王が世界を二分して力の均衡を保ってきた。それが魔法が使えなくなると魔王も、王もただの人になり、さらに王を守る近衛兵も魔道士と魔法で身体を強化した戦士ばかりだったので、魔法が使えないと役にたたない。そこで下剋上が起きて、人間の王と魔王が殺された。今の世は乱世だ」
そう言われてもピンと来なかった。
「魔法が使えなければ、剣を使えばいいじゃないか」
「それが魔法に頼りすぎて、戦士が身体を鍛えなくなり、弱くて使い物にならない。身体強化魔法をかけてもらえないと、剣を数回振っただけで、息があがり、筋肉痛で剣を持ち上げられないほど衰えてしまっていたんだよ」
「嘘だろ」
「本当だ。だから魔法を使うことが許されなかった最下層の奴隷や肉体労働者たちが反乱を起こした。彼らのフィジカルな筋肉の強さには誰もかなわない」
「マジか」
「それが今のこの世界だ」
日本で想像していた異世界と現実の異世界はずいぶんと違っていた。
【作者からのお願い】
作品を読んで面白い・続きが気になると思われましたら
下記の★★★★★評価・ブックマークをよろしくお願いいたします。
作者の励みとなり、作品作りへのモチベーションに繋がります。