異世界
オレは目を開いた。
「うあわああ」
思わず飛び退いた。
黒猫がオレの顔を覗き込んでいたからだ。
「驚いたな。どこの猫だ」
こんなに人に慣れているのなら飼い猫だろうと思ったが、首輪はしてなかった。
(そうだ、オレは柳に撃たれたんだ)
思わず自分の額に手をやった。
穴は開いていない。
血も出ていない。
自分の身体をみた。
欠損はないし、血にまみれてもいない。
「あれは夢だったのか。それとも……」
いや、確かに鉄橋の下で撃たれたはずだ。
(だとすると、そうか、弾は当たらなかったのか。それとも最初から空砲で、あれは警告の意味だったのかもしれない。その後、気を失っていただけか)
あの時は深夜だったが、すっかり日が出ていて明るかった。
オレは草むらから立ち上がった。
(あれ?)
多摩川の河川敷にいるはずだった。
堤防の向こう側にはマンションが立ち並び、河川敷には野球の練習場やゲートボールをする広場があるはずだ。
しかし、多摩川は無かった。
高層マンションも、運動公園も無い。
広大な草原が広がり、所々に大樹が枝を伸ばしていた。
まるで外国の風景だ。
(おかしい。ここは川崎市のはずなのに)
「なに、キョロキョロしている?」
誰かに話しかけられた。
辺りを見回した。
人影は見当たらなかった。
「誰だ? どこにいる」
「ここだ」
足元から声がした。
オレは下を見た。
さっきの黒猫しかいなかった。
「なあ、お前さん、どこから来た」
黒猫が話しかけてきた。
「ええええええ」
「何、驚いているんだよ」
「猫が、猫がしゃべった」
「当たり前だろ」
「そんな馬鹿な」
「お前、もしかして異世界から来たのか?」
「異世界?」
「ああ、魔法も使えないくせに人間だけが偉いと思って、人間がのさばっている世界のことだよ」
何のことだか分からなかった。
「しかし、まだ異世界人を召喚するだけのマナが残っていたとはな……」
その時、咆哮が聞こえた。
「な、何だあれは?」
「ホワイトウルフだ」
「なんだそれは」
「狼だよ。あれは人間嫌いだし、お前、食われるかもな」
「ひえええええ」
オレは動揺した。
草むらからホワイトウルフが姿を現した。
全身が白くて長い毛におおわれていて、目が赤く光っていた。
見た目は狼そのものだった。
「嗅ぎ慣れない臭いがする」
「喋った!」
「だから、当たり前だろう」
黒猫がつまらなそうに言った。
「おい、ワイズキャット、そいつはお前の連れか」
「いや、違う」
「そいつと何をしている」
「何もしていない。珍しいから見ていただけだ」
「じゃあ、そいつを昼飯にしてもいいか」
「ご自由に」
「おい、ご自由にじゃないだろう! それに俺を昼飯にするって……」
ホワイトウルフは咆哮をあげた。
空手の先人は、山にこもり、熊や牛と闘ったという。
熊に比べれば、ホワイトウルフは、恐ろしい形相はしているものの、所詮は大型犬と大差ない。
オレは、覚悟を決めると、息吹をした。
両手を腰だめしてから、手を円を描くように回し、息を吐く。
「ほう」
ホワイトウルフが物珍しげにオレのことを見た。
気が体中に満ちてきた。
ホワイトウルフが身をかがめた。
飛びかかってくる予備動作だ。
オレは左の掌をかざすように構え半身になった。
ホワイトウルフがオレの喉を噛み切ろうと飛びかかってきた。
オレは右拳の鈎突きをホワイトウルフの顎にみまった。
これはボクシングのフックと同じような空手の技だ。
ボクシングと違うのは腰を回さない。
横に踏みこむような体重移動をして、拳に威力をもたせる。
ホワイトウルフは顎を横から殴られて、キャイ~ンという鳴き声をあげて倒れた。
オレはすかさず、しっぽをつかんで、ホワイトウルフを持ち上げた。
こうすると動物は屈服すると何かで読んだ記憶があるからだ。
だがホワイトウルフは暴れた。
ホワイトウルフの頭は、ちょうどオレの足先にあった。
蹴るのにはいい場所だ。
オレは空手の蹴りを頭に入れた。
ちなみにオレは空手三段なので、思い切り蹴ると多分一撃で殺してしまうので、かなり手加減して蹴った。
しばらくサッカーボールのリフティングの練習のように、尾をつかんだまま、頭を軽く蹴り上げた。
「参った。降参」
ホワイトウルフが言った。
オレは尾を持つ手を放した。
ドサリと音を立てて、ホワイトウルフが落ちた。
ホワイトウルフは死骸のように動かなくなった。
「やるね。あんた、本当に人間なの?」
黒猫が言った。
「人間だよ。それよりもこいつ狼なんだろ?」
「ああ、狼の魔物だ」
「魔物?」
「そうだ」
「ちょっと弱すぎない?」
「えー!?」
黒猫は丸い目をさらに丸くした。
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