新魔王
オレは少女に見つめられて動揺した。
その少女の目は澄んでいて、それでいて人を魅了するものだったからだ。
「どうした?」
「私も連れて行って」
すると、奴隷館から追手の声がした。
「しかたない。来い」
ここで議論している時間は無かった。
オレたちは駆け出した。
しばらく走ると街はずれに来た。いつのまにか商家も住宅も途切れ、あたりは雑木林だった。
オレは振り返った。
追手は後ろにいなかった。
「どうやら、奴らをうまくまけたようだ」
「リュウジ様、ありがとうございます!!」
ナオミがオレに抱きついてきた。
「ちょっと! アナタ!」
ルビーが不機嫌な声をあげた。
「ねぇ、まだ安心するのは早いようよ」
ブラックが言った。
雑木林から二人の人影が出てきた。
「奴隷館の奴らか?」
「我々は奴隷館の者ではない」
二人からは禍々しいオーラが発していた。
一人は間違いなく武道の達人だ。化け物だった空手の兄弟子と同じ空気が伝わってくる。
「まさか、こんなところに魔王がいるとはな」
「はあ? 魔王?」
いくら魔力が枯渇した異世界では空手がチートだからと言って、魔王は買いかぶりすぎだろう。
「いや、それは言い過ぎだよ。そんな人外級に強いわけじゃない」
オレは頭をかきながら言った。
「黙れ、カス!!」
小柄だが禍々しいオーラ前回のマントの男がオレに言った。
「カスだと! 魔王から一気に格下げじゃねぇか! 喧嘩売っているのかコラ」
「クズは黙れと言っているのだ」
するとさっき救った美少女の奴隷が前に出てきた。
「久しぶりですね。カリムダスラン」
「まさか、あなたが新魔王になるとは思ってもみませんでしたよ」
「父の秘書の分際で、よくも裏切りましたね」
「ふっ。魔法が使えない魔王など、ただのめんどくさい爺さんですよ」
「でも、弟のオーガルゴロスまで殺す必要はなかったのではないですか」
「ウチの派閥は長男のアルキューレオール推しだったのね」
「そのアルキューレオールも死にました」
「あれは予想外でした。せっかく生かして神輿に使おうと思ったのに、魔法が使えない魔王一族はあまりにも簡単に殺されてしまいました。私のせいじゃありませんよ。あなたの父上も兄弟も弱すぎただけです」
「お前だって魔法が使えなければ何もできないくせに!」
「はははは。しかし、驚きましたよ。人間の格好をして偵察していた旅先で偶然覗いた奴隷市に新魔王が出ているとは」
少女は唇を噛んだ。
「しかも、誰もアナタの価値を知らないで、二束三文で性奴隷として売り買いしようとしているではありませんか」
カリムダスランと呼ばれた黒のフードの男が笑った。
「どうしてお前は、あの場で私を買わなかった」
「いくら、安くてもお金を払うほどのことも無いと思ったからです。アナタにそこまでの価値は無いし、買いに来ている連中も弱くて無能だからです」
「だから、外で待ち伏せして、私を横取りしようと思ったというのだな」
「その通りです」
「あいつらは何なんだ」
オレは魔王と言われた少女に訊いた。
「昔の父の部下の魔人です。見た目は人間と同じですが、魔力量が違います。でも今は人間と同じです」
「さて、じゃあ、一緒に来てもらいましょうか新魔王様」
「嫌です」
「では力ずくでも連れて行きますよ。ウルト!」
オレが気になっていた殺気が満ちている大男が前に出てきた。
日本刀のような刀を下げている。
「さっきの戦いを見せていただきましたよ。アナタも武術を少しはやっているようですが、このウルトの敵ではありません。ウルトは魔族ですが先天的障害で魔力が生まれながらに使えませんでした。そのため、幼少の頃より、魔法に頼らない戦いの修行をして、今では魔界随一の剣士です。このウルトにはあなたでは勝てませんよ」
ウルトが刀を抜いた。
カリムダスランの言う通り、相当の使い手だ。
素手対刀では圧倒的に素手が不利だ。本当に3倍以上の差がある。
自分が見るにウルトとは素手でやり合っても勝てるかどうかはギリギリだ。それが、今、相手は刀を抜いている。
オレはこいつと戦って生き延びている自分のイメージが浮かばなかった。
オレの楽しかった異世界ライフもこれで終わるのかと思った。
多摩川の河川敷の鉄橋の下で柳に拳銃の銃口を向けられた時のあの嫌な感じが蘇ってきた。
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