わたくしは破壊の女神セッシーナ。ただ愛が欲しかったの…
「セッシーナ・アレクトス公爵令嬢。私はお前との婚約を破棄し、マリアーネ・レナナルデ公爵令嬢と婚約する事とする。」
セッシーナはそう言い切ったクルディス王太子に縋りついて、
「お願いですから、婚約破棄をしないで下さいませ。」
「何だ?うっとおしいぞ。」
「お願いでございます。わたくしは貴方を愛しているのですわ。」
クルディス王太子はセッシーナを蹴飛ばして、
「ええい。見苦しい。私はお前など愛してはいない。」
マリアーネもオホホホと笑いながら、
「本当に公爵令嬢ならば、もっとプライドを高くお持ち下さいませ。本当に見苦しいですわ。」
セッシーナは金色の瞳に涙を一杯溜めながら。
「わたくしは貴方の為だけに生きてきたのです。クルディス王太子殿下。どうか、考え直して。わたくしを王妃にして。お願いですから。」
クルディス王太子はフンと鼻で笑って、
「王妃はマリアーネに決まっておるだろう。」
マリアーネもセッシーナを睨みつけながら、
「本当に見苦しい女。さぁ王太子殿下参りましょう。」
「そうだな。」
王宮の広間で言い渡された婚約破棄。
一方的な物だった。
ここ何年かずっと罵倒されて来た。
ただただ、お前のような暗い女と結婚したくはない。
お前のような暗い女は王妃にふさわしくない。
クルディス王太子に罵倒され続けてきたのだ。
確かにセッシーナは暗い女性だった。
髪は真っ黒で、顔色は青く、痩せていて、華やかさのひとかけらも無い女性だった。
そんなセッシーナであったが、王国で力のあるアレクトス公爵令嬢として生まれ育ち、
幼い頃からクルディス王太子の婚約者に決められて、今まで生きてきたのだ。
クルディス王太子殿下が好き。
あの明るい笑顔が、あの明るい金の髪が…あの綺麗な碧い瞳が…全てが好き…
出会った頃のクルディス王太子殿下は身体が弱くて、暗い少年だった。
だから…差し上げたの…
ゆっくりとゆっくりと、わたくしの容姿を…わたくしの健康さを…わたくしの優れた頭脳を…全て全てあの人に捧げた。
王宮で一輪のお花をくれた。
可愛いねって言ってくれて。わたくしにお花をくれたの。
だからわたくしはお礼にあの人に全てを捧げた。
でも、あの人はマリアーネが好きだと言う。
遠い昔を思い出す。
そう…遠い昔、わたくしは一つの国を滅ぼしたわ…
愛する人に裏切られて…
だから、今度こそ、信じる事にしたのに…
あの人はマリアーネが好きだと…
悲しいわ…また、裏切られた。また愛する人に裏切られた。
だから、返して貰う事にしたの…ゆっくりとゆっくりと…
わたくしが差し上げた全てを返して貰う事にしたわ。
セッシーナは、北の森の精霊王に会いに行った。
精霊王は美しい長い銀の髪を持ち、この王国に豊穣をもたらす神のような存在である。
セッシーナは精霊王に会うと、泣きながら、
「この国にわたくしは全てを捧げて参りました。クルディス王太子殿下を愛しているから。でも、クルディス王太子殿下にお前の顔も見たくはないと捨てられましたわ。」
「そうか…それならば、この痩せ衰えている国に与えていた豊穣の力…もう与える必要はあるまい。」
「有難うございます。精霊王様はわたくしの願いを聞いてくれた。わたくしの愛する人の住む国を豊かにしてという願いを聞いて下さったわ。」
「愛しいセッシーナ。王太子殿下に捨てられたならば、私を頼ってくれても良いのだぞ。」
「ごめんなさい。」
「そうか…愛しのセッシーナ。いつか気が変わってくれるとよいが。いつまでも待っているぞ。」
精霊王に背後から抱き締められる。
精霊王様ごめんなさい。わたくしは貴方に愛して貰う資格はないの…
わたくしの傷は人間でなければ癒されない。
燃え盛る王都…
滅びゆく王国。
遠い昔、裏切ったあの人をわたくしはまだ忘れられないのかもしれないわね。
だからわたくしは…クルディス王太子殿下に夢を見たのだわ。
セッシーナは、南の森へ行き、魔王に会った。
「わたくしはクルディス王太子殿下に捨てられましたの。だから…聖女様の像を壊そうと思いますわ。そうしたら、貴方は魔物を率いて王国を滅ぼすでしょうね。」
魔王はニヤリと笑って、
「そうだな。聖女め。結界を保つ為に、自分の像を作ってから死んだ。お前ならば破壊は出来るだろう。」
「ええ…王国を滅ぼしてくださいませ。それはわたくしの願いですわ。」
「さすがだな。楽しみにしている。我が妹、破壊の女神よ。」
セッシーナの頭に角が生える。
二本のネジくれた角が…
ゆっくりとゆっくりと王国を破滅に導きましょう。
ゆっくりとゆっくりと。
わたくしは魔王の妹…破壊の女神…セッシーナなのですから…
神殿に転移し、聖女の念が籠った像を破壊する。
クルディス王太子に差し上げた自分の全てをゆっくりと回収していく。
美しき美貌も、健康な体も、優れた頭脳も…
王国の農地では不作が続いて。
クルディス王太子は叫ぶ。
「どうなっているんだ?髪が黒く黒くなっていく。身体の具合も悪い…」
マリアーネがクルディス王太子を見て悲鳴をあげる。
「何っこれ、別人じゃないっ…美男だから、わたくしは婚約したのにっ。詐欺だわ詐欺っ…」
「違うんだ。私はきっと病気になったんだ。」
「病人を面倒見るなんて嫌――。わたくしはもっと健康な金持ちと結婚するわ。ごめんあそばせ。」
あっさりと、マリアーネはクルディス王太子を見捨てるのであった。
兵士が国王に報告する。
「国境から魔物の大軍が侵入し始めました。」
「何だと?今までそんな事、無かったはずだ。」
真っ青になる国王陛下と王妃。
雨が降り続いて…食べ物も獲れなくなり…飢えた人々が王宮へ押し寄せる。
「食べ物をくれっーーー。」
「何か食べさせてっーーー。」
王国が終わってしまう。そんな中、街中に一人。セッシーナは立っていた。
皆、王宮へ押し寄せて…誰もいない。
流れる金の髪でその姿は美しく。金色の瞳で暗い空を眺めて…
「この王国もおしまいね。わたくしは貴方に愛して欲しかった。
クルディス王太子殿下。ただ、貴方に愛して欲しかったの…」
涙が一筋流れる。
今度もまた、愛した人に裏切られた…わたくしはただ一人…
破壊の女神として、また、国を滅ぼすのだわ…
一人の痩せこけた少年が、セッシーナに近づいて来て。
「お姉さん、逃げないと…ここにも魔物が押し寄せてくるって皆、騒いでいるよ。」
「貴方は逃げないの?」
「だって、逃げ場なんてないし…皆、王宮へ押し寄せているけどさ。
お姉さん、綺麗だね。あ、これあげる…お母さんの形見なんだ。もう、必要なさそうだしさ。」
安物だろう。赤い石のペンダントを差し出した。
セッシーナはその赤い石のペンダントを受け取って。
「有難う。坊や。お名前は?」
「アレス。アレスって言うんだ。ああ…空が真っ暗。最後にお姉さんと出会えてよかったよ。」
こんな坊やもいるなんて…
クルディス王太子殿下に出会った頃を思い出す。
遠い昔に自分が愛したあの青年も…
愛しかった…遠い昔の青年も、クルディス王太子殿下も愛しくて愛しくて…
涙がこぼれる。
わたくしは破壊の女神になんてなりたくはなかった。
ただただ、愛する人と幸せになりたかったの。
もう一度、人間を信じたい…信じていいかしら…
「お礼に貴方に全てをあげる。わたくしの全てを…だから今度はわたくしを裏切らないで…」
パァっと世界が輝いて…
雨は止み、空は青く晴れ渡って、迫っていたはずの魔物は消えて…
少年が辺りを見渡せば、出会ったはずの金の髪の女性の姿は消えていた。
それから一月程経った頃。
不思議と聖女の像は元通りに神殿に設置してあり、王国の危機は終わり、穏やかな天候が続いて穀物は実り始めた。
クルディス王太子殿下は病気になってしまったので、弟のルードが王太子になり、王国は立て直しを図る事となった。
少年は王都のとある商店で雇われて荷物運びの仕事を始めたとある日。一人の少女と出会った。
赤い石のペンダントをしている少女は微笑んで。
「また会ったわね。」
「え?あの時のお姉さん?」
自分と同い年に見える少女は明らかにあの時に出会った女性が幼くなった姿であり、その少女は微笑んで。
「わたくし、セッシーナと言うの。貴方のお嫁さんにして?」
「えええ?まだ俺、13歳だし…」
「大きくなってからよ。あ、わたくし、あそこの屋敷に住んでいるの。
いつでも遊びに来て頂戴。」
頬にチュっとキスを落とされる。
少年は真っ赤になって。
「うん。俺頑張って働くから。大きくなったら考えるよ。」
「わたくし、貴方の事、大好きになるわ。だからわたくしの全てをあげる。」
アレスは首を振って。
「ううん。いらない。何かくれるって言っても俺、困るし…俺は俺の力で頑張りたい。
だから、セッシーナ。セッシーナは自分を大事にしなよ。」
何だろう…アレスは思った。自分の中に誰かがいて、そしてセッシーナに向かって話しかけている…何だろう…ふと、セッシーナの事が懐かしくなる。
遠い昔…セッシーナの事を裏切ってしまった。
悪い女に騙されて裏切ってしまったのだ。
愛していたのに…セッシーナ。
何て愚かな事をしたのだろう…
あれは自分の記憶なのか…それとも、誰かの記憶なのか解らないが…
滅びゆく王国。
燃え盛る炎…
涙を流す美しい金の髪のセッシーナ…
今度は間違えない。今度こそ裏切らない…
「セッシーナ。君からは何もいらない。ただ、この王国だけは守って欲しいけど…
セッシーナ。愛しているよ。」
アレスは優しくセッシーナに囁く。
「今度は間違えないよ。」
セッシーナは涙を流して…
「わたくしは破壊の女神にならなくていいのね…愛しているわ。アレス。」
二人は18歳になった歳に結婚をし、小さな花屋の店を構えて幸せに過ごした。
愛を求めて、自分の全てを捧げていた破壊の女神はもういない…
可愛い子供達と、愛しいアレスと共に幸せそうに笑うただ一人の女性が、青く晴れ渡った空を見上げて花屋の仕事に忙しく今日も一日を過ごすのであった。