The tragedy that remains #1
かつてはヒトと呼ばれる種が支配したこの世。
何時だったか、均衡が保てなくなり一時の乱世となった。
それが過ぎてからもうどれほどの時間が経ったのだろう。
世界では時の概念が忘れられ人ももう殆ど居なくなった。
ある場所では、文明的な種族が栄え、またある場所では、野性的な部族が慎ましく暮らしている。
ヒトは、滅びるのだろう。
私もいつかは消えてしまう。
だから、この世界を忘れてしまうのだとしても一縷の望みを信じて広い世界を見てから死にたい。
だから私は、今も旅を続けている。
◇
かつては”西暦”という暦が使われていたらしいが、その時代に一度生まれていたらどう思っただろうか。
今は日が昇れば朝になるし、沈めば夜が来る。
時間に縛られる世界か。
悪くはなさそうだ。
…ないものねだりのそれと同じだろうか。
いざ縛られれば嫌だと嘆くのだろうか。
時間も暦も失ったとは言ったものの、風が冷たく感じれば冬が来たのはわかるし、肌を汗が伝えば夏が感じ取れる。
旅をしていれば、尚更だ。
私は先から旅をしていると言っているが正しくは、「旅をして話をする」だ。
つまりは、語り部というやつだ。
物語を聞かせて、食べ物を恵んでもらっている。
暦を失ったこの世界でも、言葉は一つだけ残っているのだ。
何と呼ばれていた言語なのかは私は知りもしない。
ただ、この言葉は世界中海を渡っても通じるということは分かっている。
先人たちが知恵を込めてこの汎用的で覚えやすい言語を広めたのだろう。
私はそのおかげで生きられると思えば感謝をしなければならないな。
と、
次の集落はあそこだろうか。
大きな集落だな。
昔、絵の資料で見たことがある気がする。
ああいうタイプの集落を”街”というのだったかな?
◇
高い、鉄製の黒い柵がそびえ立つ。
なるほど、城壁タイプを採用していないということは近くの集落と有効な関係を築いているのだな。
素晴らしいことだ。
柵に沿って歩いていくと、大きな門が見えた。
門の前まで行くと「御用の方はこちらに」、と書かれた鉄製の板が打ち付けてあり、その真下に小さなボタンと円形に開けられた小さな、無数の穴があった。
インターホンという奴だろう。
久方ぶりに見たな。
あれは、前の大陸の集落で見たのだったかな。
ボタンを押すと、高く、しかし不快ではない程度の音が1,2秒広がり、少しして若い男の声がした。
予想通り、この小さな穴達から聞こえているようだ。
「旅人の方でしょうか、それとも一時出国の方でしょうか」
「旅をしている者だ、滞在を願いたい」
「分かりました。では、どれ程の滞在を望まれますか?」
私は、少し考えそれから、
「7回夜が明けるまで」と、答えた。
「分かりました。幾つかのルールがあるのですがよろしいですか?」
余所者には厳しいところなのだろうかなどと考えていると、
「殺しや、盗み、暴力等、他者に不快な思いを与えない事を約束してもらえるなら私たちはいつでも貴方を歓迎します」
なんだ、とても優しい人がここには沢山いるみたいだ。
◇