85.病院内の部屋の中での話
病院のわたしが使っている部屋に戻ると、ロブダム軍曹とロッテルダーム中尉に部屋の外で待機するように伝え、わたしと閣下は部屋の中で二人きりなる。
ふーと息を吐き、首元を緩める閣下の姿はどことなく疲れた様子だった。
「大丈夫ですか?」
「今のところは」
思わずわたしが聞くと、いつもの事だとでも言うように閣下が言った。
「それにしても、どうして病院なんだ?」
「手配されていた宿からだと少し遠くて、どうせ患者が来るのが病院だからと思って頼んだら意外とあっさりと許可されまして」
一々往復するのが面倒だったともいう。
実際にここでの治療始めは、なかなか忙しかった。今日は、ケガ人が落ち着いたので時間があっただけだ。
寝に帰るだけならば、病院で寝ても問題ない。
食事も、病院には食堂というものがあって、職員は無料で食べられる。わたしも一応今は職員というくくりわけでただで食べられるというのも理由だった。
「ちなみに、これは?」
「患者様のご家族からの差し入れです」
結構な量のお菓子類が重なっている一角を見て、微妙そうな顔をした。
「あ、もちろん。病院の方から貰ったのもありますよ。賄賂ではないです。純粋な好意です」
変な誤解を与えないように言ったつもりが、そうではなかったらしい。
「これ、食べるのか?」
「食べなきゃ貰いませんよ。小腹が空いた時には助かります」
「小腹?」
「小腹です」
魔法を使うとお腹が空くのだ。
甘い糖分はすぐに身体に還元されるので、忙しい時は重宝している。
「クロエの小腹は、小腹で済むのか?」
なんとも失礼な事を言ってくるけど、確かに世間一般的には小腹とは言わないかも知れない位の量を食べる。
でも、小腹なのだ。
三食の食事以外の軽食は全て小腹を満たすための行為なのだ。間違いない。
「ところで、こちらにはどのような用件で?」
わたしが借りている部屋は、診察室の様な場所で、椅子が一つしかないので二人で並んでベッドに座りながら聞く。
目的地の通り道だったから寄ったとの事だったけど、何しに行くのか気になった。
「さっきも言ったが、この件の中心部である迷宮に向かう途中だ」
「一体何し行くんですか?」
「調査――と言って信じるのか?」
そう言っている時点で調査でない事はあきらかだ。
それにたとえ調査だとしても、それだけだとは思えない。
「調査というのは目的の一つだったとしても、別の目的があるのではないかと疑いますね」
「信用がないな」
「実はある筋から、閣下が何か作戦を立案したと聞きまして。そのせいで余計疑り深くなってます」
「おしゃべりな人間はどこにでもいるもんだな」
とは言っても、わたしに情報を与えてくれる人は限られているので、その犯人はすぐに分かる。
更に言えば、ロッテルダーム中尉は口が堅いので、ロブダム軍曹である可能性が高いのは閣下も気付いている事だろう。
この先閣下に睨まれないようにロブダム軍曹を庇っておく。
「わたしも今は軍務局所属の人間なので、教えてくれたんだと思います。詳しい内容までは分からないって言ってましたが……もしかして危険な事するんじゃないですよね?」
思い返すのは、店長と話をする閣下の事。効率を優先するきらいのある閣下へ店長が何か言った可能性があると言う事だ。
誤魔化されないという強い意思の元、睨むように見ていると、ぽんと頭に手を置かれた。
「そう言う事は考えなくてもいい。確かに少々危険な事は認めるが、効果については折り紙付きだ」
「誰のですか?」
じーっとわたしが見ていると、降参したかのように白状した。
「ヴァルファーレだ。もともと考えてはいた事を、確認しただけだが」
思っていた通りだった。
店長に確認したとは言っているけど、結局危険な事をこれから行うのだ。
「わたしも考えてました。一番早い解決方法を。聞きたいですか?」
「そうだな、参考までに聞いておこう」
たぶん閣下は気付いている。わたしの考えが自分と同じな事に。
だけどあえて、聞こうとしていた。
その理由は分からないけど、自分なりに思う所があるのかも知れない。
「わたしが考えたのは、手っ取り早く魔獣を集めて討伐するという方法です」
初めは、押し寄せてきた魔獣による被害だったけど、今は取り逃がした魔獣による被害が増えている。
街道に姿を現すようになった魔獣によって、人々の移動が制限され、それによる不満が大きくなってきている。
仕方がないと分かっていても、近年では魔獣の脅威を身近に感じる事がない生活なので、どれほど大変な事なのか理解が得られていないのも原因だ。
そんな不満や不安を取り除くのは、魔獣の討伐ただ一つ。
だけど、方々に散った魔獣をいちいち探し出して討伐する事など不可能に近い。
自領だけならともかく、すでに他領にも逃げていき、更に言えば隣国にも魔獣が逃げ出している。
そんな魔獣をどうすれば一網打尽に出来るのか考えたら、一つの事しか思い浮かばない。
それが、魔獣を集めると言うやり方だ。
理論としては思いつく。
単純に高威力の魔力を放出し、餌があるように見せるという方法だ。
魔獣は魔力に敏感なので、これによって魔獣が集まって来ると思う。理論上はだけど。
「理論としては完璧だな。まさにその通りだ」
「……それはきちんと理解しているという事でしょうか?」
「言っただろう?ヴァルファーレに確認したと。具体的にどうやればいいのかもアドバイスをもらった。それを元に、今作戦を考えたわけだが……クロエは不満そうだな?」
「当たり前ですよ!魔獣を一網打尽にするというのは良い案だと思います。だけど、それ以上にその討伐にあたる人が危険すぎます!」
閣下がやろうとしている事は、この領地だけでなく、魔獣が逃げた可能性のある領地や隣国にも影響を与える程の魔力を集め、放出しようとしている。
どれほどの魔獣が集まって来るのか分からない。
下手をすれば、領軍だけでなく、国軍を投入しても手が足りるかどうかだ。
「多少のリスクは仕方がない。いつまでもこの件を長引かせておくと外交にも支障が出る。だらだらしていたら、軍務局を目の敵にしている政治家連中がまた騒ぎ出すしな」
「閣下!」
「覚悟の上で、提案を飲んだのは領主自身だ」
提案して、具体案を説明したときにそのリスクも同様に説明し、それでも領主は閣下の提案を受け入れた。
ここで閣下に文句を言っても、すでに通った作戦を覆す事はわたしには出来ない。
閣下を説得する事も出来ないのも分かっている。それでも、危険なこの作戦に対し文句を言いたい。
「迷宮近くの街はどうするんですか?ただでさえ被害を受けているのに、また魔獣の脅威に晒すんですか?それを住人は納得するんですか?」
「その辺のことを考えるのは俺の仕事じゃないが、住民感情で言えば納得しないだろう。だけど、それを説明し説得するのは領主の務めだ」
その通りだけど、どこか冷たい言い方だ。
同じ大領地の領主とは顔見知りどころか、親しい付き合いをしているだろうに。
「この関係性が不思議か?まあ、今の俺は軍務局所属の人間という体ではあるが、北部の人間でもある。他領の人間に色々領地を引っ掻き回されるのは、大領地の領主的にあまり良い気はしない。あまり干渉しすぎるのは良くない。だからこそ、提案はしてもそのほかの調整は全て相手任せだ」
「じゃあ、閣下は何をするんですか?わたしの知っている話では、閣下が中心になって話が進んでいるっていう噂ですが?」
安全な場所で指示を出すだけではない。
こうして安全な後方司令部から出てきたという事は、閣下にしか出来ない何かをするためだ。
そして、たぶんこれが一番危険なのだと感じた。
「言っておきますが、誤魔化されませんからね!」
「全く、どうして余計なことをペラペラと……」
余計な事ではない。
大事な事だ。
「閣下がわたしを心配してくれるのと同様に、わたしだって閣下の事を心配しているのは悪い事なんですか?」
俯き加減に言えば、閣下が軽く息を吐きわたしを抱きしめた。
「心配かけて悪いが、詳しくは言えない。そこは分かってほしい」
詳しい作戦は軍規につき話せないと言われれば、わたしは何も言えない。
「元気かどうか顔を見るだけだったが、それが逆に不安にさせたみたいだな」
「閣下がいつも中心で苦労しているのは見てますから……」
なんだかんだで、優秀すぎる頭脳はみんなから頼られる。
そして、それを軽く捌くように解決へと導いて行くものだから、これもこれもと仕事が集中していく。
それを断る事もしない閣下も悪いのかも知れないけど、出来てしまうからこそ質が悪い。
「聖王国への対応がメインだったんじゃないんですか?」
「そっちをどうにかするにも、こっちをどうにかしないと、という結論になった」
それで仕事を増やすのはいかがなものかと思う。
だけど、聖王国への対応だけでなく、この領地や周辺領地の事も考えての提案だったのだという事は分かる。
分かるけど、危険な事はあまりしてほしくない。
「多少危険ではあるが、問題はない。この周辺魔獣が集まって来たとしても、そう脅威ではないのもあって、この作戦を提案したんだ」
きちんとそういうことを調べているところは流石だ。
「そういう情報はどこで手に入れるんですか?」
「魔獣の分布に関しては士官学校時代に学んだ。大まかなものだったが、指揮官が情報を把握していなければ部隊を危険にさらすのは馬鹿でも分かる。細かい情報は少しずつ調べたが、いまのところ調べた情報と同じのようだ」
忙しいのに勉強家。
むしろ、そういう調べものとかは趣味…というかある意味バルシュミーデの仕事の一環の様な気がした。魔獣の分布を見れば、どこと魔獣の素材を取り引きすればいいのか分かるので、無駄なく交渉できる。
「色々と抜け目ないですね……」
ぼそりと呟くその言葉は、閣下に聞こえていたはずだけど黙殺されたようだった。
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