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82.予定外の病院での話

「結構警戒しているみたいですね」


 街道を進んでいると、何度か領軍とすれ違った。

 こんな時に、馬車が街道を進んでいるので、不審に思ったのだろうけど、その御者の顔に一瞬ギョッとして、中のわたしたちに軽く頭を下げるだけでそのまま足止めを食らう事なく進むことが出来た。

 思っていた通り、目的地前で一度宿泊するようだった。

 ちなみに、馬車の御者は領主本邸で仕えている人物で、領軍に対してもかなり顔が広い人物らしい。

 各地に散っている領軍への対応にはもってこいとも言える人物のようだ。

 正直体格的に退役軍人という風体なので、もしかしたら元々は領軍の軍人だったのかも知れない。

 そう言えば、名前を聞いてなかった。

 すぐに馬車の乗せられて出発してしまったので挨拶する暇もなかった。


「宿泊の手配はすんでおります。明日朝に出発となりますのでゆっくり休んでください」


 手際よく手続きしてくれた御者の人にお礼を言う。


「ありがとうございます。ところで、今更ですが自己紹介をしていませんでした。しばらくお世話になりますクローディエ・リデオンです。よろしくお願いします」


 そのあいさつに、にこりと微笑んで挨拶を返してくれた。


「ジェイド・シャーディリです。お気づきかも知れませんが、もともと領軍に所属しておりました。年と共に力不足となり、退職後この職を紹介していただきました」


 やはりそうだったかと思った。

 なんとなく立ち方とか雰囲気とかがもと軍人みたいに感じていた。


「失礼ですけど、かなり高い地位の方だったのではありませんか?」

「いえいえ、そのような事は。私ぐらいの者は大勢いますよ」


 ロッテルダーム中尉が不審に思いながら尋ねると、ジェイドさんが謙遜とも取れる言葉で返した。

 現実的に言って、自分の元の地位をひけらかす様な事は言えないと思う。むしろそれを誇るように言う人とは一緒にいい仕事が出来ない気がする。

 宿に入ると、かなりいい宿な気がした。

 もちろん、一流と言われるホテルではないけど、中は清潔で機能性もある。

 中に入るとすぐに従業員が対応してくれる速さも、教育が行き届いていると思う。

 

「この後どうする?」

「とりあえず荷物置いて、休もうかと思います」


 ほぼ一日中移動だけだったけど、移動するのも身体が疲れる。

 体力的にはまだ大丈夫だけど、休むにこしたことはない。


「悪いが、私は一度この街の領軍駐屯地へ行ってくる。状況を確認しておきたい」

「俺も行った方がいいですか?」

「いや、彼女を一人には出来ないので、軍曹は彼女と行動を共にしてくれ」


 流石真面目なロッテルダーム中尉。

 与えられた情報だけではなく、現場がどうのような状況なのか確認を怠らない。


「夕食には戻る」


 軍人らしくきびきびとした動きで、部屋に向かうロッテルダーム中尉の後姿を見送って、わたしたちも部屋に向かう。

 つまりここから別行動だ。

 宿の外に出るなとは言われていないので、街の様子を見に行く事も出来る。

 なんとなくロッテルダーム中尉の言葉が気になって、夕食まで少し散策するくらいは許されるかなと考える。

 動かないでいるのも肩が凝るし、少し気分転換に外の空気を吸うのもありだと思った。


「少し、外の空気吸いたいんですけどいいですか?」


 案内された部屋の前でロブダム軍曹に聞くと、軍曹と一緒なら問題ないと言われた。

 準備が出来たら、宿の入り口で待ち合わせていったん別れる。

 部屋に入り、少し荷物を整理した。その時、服はどうするのが正しいのか分からず、とりあえず着てきた軍服のまま部屋の外に出て、待ち合わせの場所に向かうと、すでにそこにはロブダム軍曹の姿があった。


「お待たせしましたか?」

「大丈夫。さて、じゃあ行こうか。どこ行きたい?と言っても俺も詳しくはないけど」

「少し歩きたい気分なんで、この辺ぐるりと回る感じでいいですか?」


 ロブダム軍曹は話し相手にはうってつけの様な人だった。

 明るくて、話題も豊富。

 勉強が嫌いだと言っていたけど、人を楽しませる話が出来る人。

 日常の何気ない事から、家族の話。特に、子供話にはデレデレな親バカだった。生まれたばかりで奥様も大変な時期なのに、仕事で家を空ける事になって申し訳なく思っていたけど、むしろ奥様に稼いで来いと追い出されたと言っていた。

 なんともたくましい奥方だ。

 話しながらも街の様子を見れば、どことなく活気がない。

 やはり魔獣の脅威というものを感じているようだ。

 どうなるのだろうと商店の前で立ち話している様子もちらほら聞こえる。中には教会やケガ人の事なんかも。


「領軍が頑張っているとはいえ、不安はありますよね……」

「それは、まあそうだろうね。移動が制限されているから、品物だっていつものようには届かないからな――っと、ごめん。ちょっと…」


 ロブダム軍曹が突然ポケットからコンバイルを取り出した。

 どうやらどこからか連絡が来たようだ。

 わたしを促して、人の邪魔にならないように道の端に寄ると、通知ボタンを押して会話を始めた。

 

「はい、ジャン・ロブダムです――…はい、今一緒ですが……え、すぐにですか?――…今は、食品店の前ですね。宿から右に出てしばらく歩いた先にある、ジック商店と……分かりました。すぐに向かいます」

 

 どことなくロブダム軍曹の緊張が増した。

 真剣な目でわたしに言う。


「魔獣に襲われた家族が病院に運ばれたそうだ。すぐに来てほしいと連絡が入った」

「えっ!?」

 

 連絡が来るほどという事は、生死に関わる事だと気づく。

 一刻を争う状態なのだと。

 しかし、わたしもロブダム軍曹もこの街の地理には明るくない。病院がどこかもわからない。


「宿に迎えを寄こすとは言っていたけど、直接向かった方が早い気がするな…」

「でも、場所分からないんじゃ?」

「大体の位置は聞いてるし、上から行けば直線で行ける。緊急事態だから、許してくれるはずだ」

「上?」


 ロブダム軍曹が何を言っているのか分からず返すと、ちょっと失礼と言っていきなり抱き上げられた。


「え?ええ?」

「少将閣下には内緒にしてくれよ。そうでないと殺されるから」


 そう言うと、ロブダム軍曹は軽々と屋根の上に飛びあがった。

 瞬間的に足に纏っているの間違いなく魔力だ。


「なんかさ、昔から脚力だけはあるんだよね。だから、軍人になったとも言えるかな。本気で走れば、馬並み…とは言わないけど、それだけ早いから化け物扱いされることも多かったなー」


 屋根から屋根に飛び移りながらも、舌を噛まずに話せるとはすごい。などと変なところで感心してしまった。


「驚かないんだね?普通の人は驚くんだよ。ただ、実働部隊には俺みたいな人が少なからずいるから物凄く浮いている訳じゃないんだ。それが救いだった……正直少将閣下は本物の化け物だと思うけど」


 それはわたしも思う。

 しかも身体強化が自在に使えるようになって、それが顕著に悪化した感じだ。

 閣下は別格だとしてもロブダム軍曹もなかなか人間離れした動きだと思う。

 一部とはいえ、少なからず少しは自分の意思で力は調整できているようなので、無意識だとしたら天才肌なのかも知れない。

 病院の位置はすぐに分かった。

 特徴的な建物だったらしく、上から見ればすぐに分かる。

 結構離れていたけど、直線距離で駆け抜けられるロブダム軍曹からしてみれば、それほどの距離ではないようで、すぐに到着した。

 上から入り口の方に飛び降りると、すぐに建物の中に入って行く。

 すでに、ジェイドさんが来ていた。

 一応どのような現状なのかも確認するために病院に立ち寄ったようで、その時に偶然魔獣に襲われた家族が運ばれてきたようだった。

 わたしとロブダム軍曹の姿を見ると驚いた様子だったけど、すぐにどういう状態が知らせてくれた。

 大型の魔獣に襲われた夫婦で、旦那さんが致命傷の怪我だったようで、ここに運ばれたそうだ。

 

「こちらに」


 ジェイドさんの案内の元、病室にはいると鉄錆の匂いが充満していた。

 血の匂いだ。

 魔獣に負わされた怪我は簡単に縫合で処理することは出来ない。傷の周りに魔力がまとわりついて、拒絶反応のように縫合した側から出血を繰り返してしまう。時間が経てば、その魔力の影響も薄れるけど、だからこそ命に関わる怪我は教会の手助けが必要になる。

 ベッドの上に寝かされていたのは男性の肩から胸にかけて強靭な爪で引き裂かれていて、酷い出血にすでに意識はない。

 医師が必死に止血を試みているけど、無駄に終わっている。

 正直、すでに死んでいてもおかしくないこの状況の男性の命を繋いでいる医師はかなりすごいと思う。


「教会は?」


 一応確認する。

 教会以外の人間が、法術と言われる回復魔法をかける事を教会は良い顔をしない。質が悪い司祭なんかは、教会以外に頼った人やその家族、場合によっては町や村なんかを徹底して排除する場合もあるのだ。

 これだけでもかなり教会の権力が強く感じるが、実際法術は人にとってかなり有益な魔法で、現在最もその価値が高かった。そのせいで、教会の横暴とも取れるやり口には領主でさえも口を挟むことが出来ない。

 今から向かう所では、司祭だけでは手が足りないという体なので問題はないけど、この突発的な出来事には根回しが足りていないだろう。

 そのための確認だけど、誰もが沈黙をした。

 なるほど、すでに教会を見限っている、そういう風に感じだ。

 

「申し訳ありません。厄介ごとは全てこちらで引き受けますので、どうかよろしくお願いします」


 こちらに断る理由はない。

 助けられる命を見捨てる方がおかしいのだ。


「大丈夫です。任せてください」


 わたしが進み出ると、処置を施していた人が道を譲ってくれた。

 側で涙を流しながら夫である男性を見ている女性が縋るようにわたしを見て祈っていた。

 わたしは軽く息を吸って吐くと、手をかざして集中する。

 人の傷を癒す、病を治す、それにはその元となるものを知らなければならない。

 魔法はイメージが重要だ。

 イメージして施行する。明確なものがなければうまく行く事は無い。

 傷を癒す時に知らなければならないのは、傷がどうやって治っていくか。

 最低限の知識無くして術は発動しない。そして、知識があればあるだけ、魔力の消費は抑えられ、患者側にも負担なく術を施行出来る。


――魔獣の魔力の浄化…そのあと細胞を活性化させて、血管損傷を修復…、裂かれた肉や皮膚の再生……


 医師ではないので専門的知識は少ないが、体内の奥の方から治して行った方が効率的だ。

 腕が悪かったり、知識不足だと見た目だけは治ってもその最奥である内臓器官が治っていないなんてこともある。

 ざっと確認したところ、運の良い事に内蔵には達していなかったおかげで命が救われたようだ。

 光を纏い身体が次第に癒えていく。

 人は少なからず魔力を持っているので、自己治癒能力も同時に活性化させ、わたしの魔力だけでなく自身の魔力を作用させて、なるべく拒絶反応が起こらないようにする。

 光って見えるのは、いわゆる魔力だ。

 回復魔法をかけている場所は魔獣の魔力と回復魔法の反応で光って見える。だからこそ奇跡の光だと持て囃されているのかも知れない。

 知らない人が見れば、確かに神の奇跡に感じる。それを操る人が人でなしであろうとも。


「これで、大丈夫です」


 光が次第に消えていく。

血がべっとりとついてはいるけど、呼吸は楽になり落ち着いた。


「出血が酷かったので、しばらく安静にして下さい。知っていると思いますが、傷は癒せても、失った血を戻すことは出来ないので」

「ありがとうございます!本当に――…ありがとう…」


 涙を浮かべながら、男性の家族が頭を下げた。

 

「頭を上げてください。わたしよりも、助けて下さった領軍の方にお礼を言ってあげてください。彼が助かったのは、迅速な救助のおかげなのですから」


 わたしはここで治療をしただけだ。

 本当に彼らを救ったのは領軍の軍人で、わたし以上に感謝されるべき存在だと思った。


「ええ、もちろんです……本当に感謝しています」


 涙を拭いながら、夫に付き添う。

 それを眺めながら、わたしは部屋を出た。


「この街も結構被害が出てるんですね」

「魔獣の脅威を軽く見ている国民が大勢いるのが問題なんだろうね。様々なものが開発され、学習した魔獣が人に近づくことが無くなり、魔獣の脅威は少なくなった。そのせいで、今回の件も軽く考えている人がいるようなのが、一番問題だね」


 ロブダム軍曹が難しそうに言った。

 危険が無くなれば、人から危機感が薄れる。その結果が今なのだ。

 物流を止める事は出来ないから、街道を往来する人はいるが、それでも今は昼間に限定している上に、使用できる道も限定されている。

 

「明日にはこの街を出るんですよね?」

「はい。少ない法術使いをフルで使っている状態ですので、ここで足止めされるわけにはいかないのです」


 これは大のためには小を切るという事だ。

 全員を助けられない以上、ここよりももっと助けを求めている場所に行くのはしょうがない。

 しょうがないけど、今こうしてここにいるのだから、せめて重症患者くらいは少し見ても問題はない筈だ。


「重症の方の怪我を多少癒す程度なら、許されますか?」


 魔力は有限で、今のわたしは軍務局所属という扱いだ。

 わたしがやりたくても、軍の規則や望まれている行動に従わなければならない。


「本来ならば、許可は出せないでしょうが……」


 ジェイドさんは難しそうに言った。

 しかし、ジェイドさん自身この街の現状は見過ごせないようだった。


「ご負担かと思いますが、お願いしてもよろしいでしょうか?本部には私の方から掛け合っておきます」


 そうジェイドさんが請け負ってくれた。

 これで、問題なく力を振るえる。

 わたしは次に重症の患者の元に案内してもらった。





過去最長で長くなった気がする…。

なかなか話を書くとは難しい。


気が向きましたらブックマーク、評価よろしくお願いします。




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