79.夜の客室での話
店長が出るか出ないかはある意味運次第なところがあるので、期待しても無駄なのは閣下も分かっている。
まあ、何度も連絡すれば気付いてくれる時もあるので、連絡しないよりかはましだ。
「そろそろ夕食の時間だな、食堂車に行ってみるか?」
Sランク客室は部屋に持ってきてもらうことも出来る。
食堂車で食べてみたい気持ちもあるけど、一応部屋から出ないように言われたので食堂車に行ってもいいのか心配になった。
「部屋から出ない方がいいんじゃないんですか?」
「一人ではな。気分転換も必要だろうし、食堂車は士官クラスしか使えないから、そこまで人数がいるわけではない。大丈夫だろう」
全員が一気に食事をとるわけでもない上に、もともと士官も少ないそうだ。
それならと、上着を着て外に出る。するとちょうどタイミングよくイザナ中将と出くわした。
「お、二人も食事か?」
「ええ、部屋に籠っているのも疲れますので」
「それなら一緒にどうだ?」
上官からの誘いにはさすがに閣下も無下に出来ない。
わたしを気にしたように視線を向けてきたので、同意するように頷いた。
「では、ご一緒させていただきます」
三人揃って食堂車に行くと、ドアの前には二人軍人が立っていた。
階級の高い士官への警護なのだろう。
イザナ中将と閣下に向かって敬礼を行い、わたしを見て目を見張った。
気にしないようにして二人の後をついて行くと、閣下の言った通り、食堂車の利用客はわたしたちを除くと三人ばかりだ。
同じ机で食べているので、親しい間柄なのかも知れない。
その三人も、イザナ中将と閣下が姿を現すと席を立ち敬礼する。
「かまわん」
イザナ中将が食事を続けるように言うと、その三人の士官は再び食事を再開した。
しかし、やはりというかわたしへの好奇な視線を感じる。
こればかりは慣れるしかない。
「いやはや、やはり目立つな」
軍人ばかりの中、一人違う軍服を纏っていれば気になるのも無理はない。
「民間協力者の軍服も同色にすれば目立たないのではないのでしょうか?」
「どうだろうな。クロエ嬢自体が目立つから、大して変わらんと思うが。まあ悪気はないんで、見逃してやってくれ」
そう言われたら、なるべく気にしないようにするしかない。
今は珍しくても、そのうち見慣れてくると思うし、それまでの我慢だ。
席に着くと、すぐに食堂車の給仕が寄ってきて、飲み物を聞いてくる。さすがに酒は控えるのか、イザナ中将も閣下も水を頼んでいる。わたしも二人と同じように水を頼む。
注文が済むと、他愛もない世間話をイザナ中将と閣下がしていて、わたしは基本的に聞き役になる。
わたしがいるからか、わたしにも分かる話を選択してくれていた。時々わたしにも答えやすい質問を振ってくれる。
やはり階級の高い士官であり、年もかなり上の人と言う事もあって、答えるときは緊張するけど、それをイザナ中将も分かっているので、なるべく怖がらせないように、明るい話題が多かった。
しばらくすると、飲み物と一緒に前菜が運ばれてくる。
軍の借り上げなので、食事がどうなるのか気になったけど、どうやら食堂車付きの料理人はそのまま腕を振るっているらしい。
車内とは思えないほど盛り付けも彩も華やかでおいしそうだ。
実際に口をつけるとなかなかの味だ。
さっぱりとしたドレッシングが食欲をそそる。
「なかなかうまいな」
「ええ、最近料理人が変わったと聞きましたが、腕がいいようです」
「舌の肥えすぎている少将が言うなら間違いないな」
確かに前菜ですでにとてもおいしい。
前菜が終わると、その後もセオリー通りに料理が運ばれてくる。どれもおいしいけど、やはりメインディッシュが一番だった。
凝った料理ではない、簡単に言えば肉を焼いただけのシンプルな物だったが、だからこそ味が誤魔化せない。
ある意味感激した。
「俺の家に引き抜きたいくらいだな」
「ええ、本当に素晴らしい腕だと思います」
イザナ中将いわく舌が肥えすぎている閣下も認めるほどというのはなかなかにすごい。
「士官になって良かったと思うのは、こういう食事や配給が優遇される事だな」
「中将……」
ぶっちゃけ話を一応民間人のわたしに言っても良いものだろうかと真剣に考えてしまう。
閣下もイザナ中将の発言に対し窘めるように言っているところを見ると、本当の事でも口に出すのは躊躇われる話なんだなと分かった。まあ、士官じゃない下位軍人にこんなこと聞かれていたら士気に関わるだろう。
でも、なんとなくイザナ中将なら周りが笑って許しそうだ。
下位軍人との距離感も近そうだし、人気も信頼もそこら辺の貴族階級の指揮官よりは高い気がした。
「本当の事だろうが。まあ、大っぴらに言っても酒でも奢れば奴らは許してくれるのものさ!」
「未だに新兵と飲みに行くのをやめていらっしゃらないんですね」
「そうだとも!若いエネルギーというものに触れるとやる気になるというものだ。その中に光る原石があると、それこそうれしくなるな―――…そう言えば、クロエ嬢は今いくつだ?」
イザナ中将に聞かれて、わたしは誤魔化す事無く答える。
「明日で十六になります」
「明日?……それは、また――…」
なるほどなとイザナ中将が意味ありげに閣下を見た。
閣下はそんな視線を黙殺して、運ばれて来た食後のコーヒーに口をつけている。
「うーむ…、しかしあれだな。誕生日なのに何も祝ってやれないとなると申し訳ないな」
「こんな事態ですのでお構いなく」
「いやいや!こんな事態でも、誕生日はめでたいものだ……そうだな。この件が落ち着いたら食事でも奢ろう!何、いいところを知っているんだ!」
「え、いや……」
「遠慮はいらんぞ!クロエ嬢の食事代ぐらいで懐が痛むような稼ぎはしとらんからな」
遠慮というか、本当にいいんですけど。
勢いがすごすぎて、止めることも出来ずにいると、閣下が諦めたようにため息を吐いていた。
「こうなったら、何を言っても無駄だ」
ぼそりと閣下がわたしに渡した情報は、何の役にも立たない、ただ諦めた方がいいというアドバイスだった。
結局、イザナ中将の勢いは止まらず、わたしは困りながらも、機会があったらと返事をした。
この仕事中に忘れてくれることを祈りながら、部屋に戻るとどっと疲れた。
そんなわたしに閣下から先にお湯を使うように言われて、ありがたくお湯を使わせてもらう事にする。
もともと荷造りして列車に積み込んでいたものを引き取りに行った後、イリアさんは最低限必要だと思われる下着や肌着のほかに、準備されていた替えの軍服なんかと一緒にトランクに移し替えてくれていた。
あまり多くの私物の持ち込みはダメだけど、これくらいなら問題ないようだ。
もちろん閣下の方の荷物もイリアさんが手配していた。
わたしがお湯を使って戻ると、入れ違いに閣下が浴室に入って行く。
やる事もないので、ベッドにこてんと横になる。
すると、やはり疲れているのか眠気が襲ってきて、閣下が上がって来るまでと思いながらもいつの間にか目を閉じていた。
*** ***
――なんか、暖かい…
夢の中にいる様な心地よさに、その温もりをもっと感じたくて身を寄せる。
すると、それに応えるようにぐっと抱き寄せられ、まどろみの中ふいに意識が戻ってきて、その温もりの正体に気付く。
「あ、あれ?」
「起こしたか?」
明るい光が暗い光に落とされた客室内で、添い寝するかのように寄り添う閣下に混乱した。
「わたし…」
「戻ってきたらベッドで丸くなって寝ていたから布団をかけようとしたら、俺の手が暖かったせいか掴んで離さなかったんだ」
「そ、それは……申し訳なく――」
恥ずかしさと申しわけなさで、次第に声が小さくなっていく。
身体を離そうとしても、閣下がわたしを抱き寄せているのでどうすることも出来ない。
「あの…狭くないですか?」
「こうしていれば、それほど狭くはないな」
「そ、そうですか……」
逃げ場のない格好に、顔を隠すように布団の中に潜り込む。
するとあやす様に背を撫でられる。
お互い言葉を交わさずにいると、静寂の中ふいに閣下がわたしの頭にキスをした。
それに反応して少し顔を上げると、閣下がわたしを見下ろして言った。
「誕生日おめでとう」
「えっ?」
一瞬、何を言われたのか本気で理解できずにいると、閣下が苦笑と共に寝ぼけているのかと聞いてきた。
「ちょうど日付が変わったんだ」
その言葉で、じわじわと何かが胸に溢れた。
「あ、ありがとうございます」
日付が変わった直後に祝われるのは初めての事だ。
家族と過ごしている時だって、この時間はいつも寝ているので、朝起きてから祝いの言葉を言われる。
誰よりも一番初めに言われて、うれしいような恥ずかしいような、そんな気持ちになって、顔を隠すように閣下の胸に顔を押し付ける。
閣下がゆっくりと髪を撫でながら、話し出す。
「急ごしらえだが、クロエが楽しめるような誕生日にしたかった。それなのに、軍務局の仕事に巻き込んでしまってすまない」
そこで閣下のため息。
「誕生日なのに、楽しめない誕生日にしてしまったな」
色んな計画がご破算になり、しかも楽しい事とは真逆の事態に思う所がたくさんありそうだ。
ぎゅっと胸に抱きすくめられて、わたしも閣下の背に腕を回した。
「来年、また期待します」
「ハードルが上がったな…」
苦笑を漏らす閣下に、わたしはくすくすと笑った。
今回は準備期間が短かったのもあって、急ごしらえの計画だと言っていたが、それが全て流れてしまい無駄になってしまった。わたしとしては、今年の計画を来年に回してくれてもいいけど、閣下は一から計画を練り直しそうだ。
「そろそろ寝ようか」
「はい…」
すでに日付が変わっている。明日には忙しくなるし、睡眠も満足に取れるか分からない。
休めるうちに休むのは基本だ。
わたしはもぞもぞと動いて、寝やすい体勢になる。
最近朝晩が冷えだしているので、閣下が肩まで布団をかけてくれた。
「クロエ……」
「んっ……」
そっとキスをされる。
さっきまで眠気が飛んでいたのに、閣下が髪を撫でるその感覚にうとうとしてきた。
決して広いベッドではない。
そんなベッドで二人身を寄せあうようにぴったりとくっつくと、お互いの温もりを感じられた。
わたしは、閣下の体温にすごく安心して、すっと睡魔が襲ってくる。
頭の下には閣下の腕があって、重くないかなとか考えるけど、だんだんと鈍くなる意識にそれもどうでもよい事に思えてきた。
「おやすみ」
優しい閣下の声に、わたしはそのまま深い眠りに落ちていった。




