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8.5.閑話での話:イリア視点

 バルシュミーデの皇都邸宅"ロードリア"、わたくし事イリアはそこで侍女として働いております。

 わたくしがお仕えしている旦那様のクリフォード・ゼノン・バルシュミーデ様とは姉弟のように育ちました。わたくしの方が二つ年上という事もありまして、幼い頃は旦那様の面倒を見るのがわたくしの仕事の一つで、それは大人になっても変わる事はありません。

 そんな旦那様は、現バルシュミーデ女侯爵である母君に振り回されてお育ちになったせいか、子供とは思えぬくらい大人びて育ちました。そして同時に、自分の身内以外にはどこか冷淡でもありました。

 わたくしは、旦那様が本当はとても面倒見の良い方である事はよく分かっております。

 しかし、どれほど言ったところで旦那様は自分の身内以外の事に関しては冷淡なままですので、いつしか諦めておりました。何を言っても変わらないのなら、見守るしかないのだろうと…。

 そんな旦那様から、耳を疑うような命令を受けたのは、夏の盛りの頃でした。

 その日、わたしくしはいつも通りの朝を迎え、いつも通りの日課をこなしておりました。


「え、今何ておっしゃいました?」


 思わず聞き返してしまいました。

 ロードリアを総括するわたくしの夫である執事長もどこか困惑気味です。


「旦那様がお茶をご所望なんだ。イリアを指名してきている時点で、もしかしたら大事な客を招くことになったのかも知れない」


 普段なら考えられない事です。

 旦那様はお茶をあまり好んでおらず、最近では専らコーヒーしかお飲みになりません。それは大事な商談の時でさえもです。

 相手に出すものは決まってコーヒーです。たとえ向こうがコーヒーを好んでいなくても、旦那様に文句を言える相手がいないので今まで問題にもなりませんでした。

 そんな旦那様がわざわざ侍女を呼び出して、お茶を淹れさせる相手。とても気になりました。

 極めつけは、夫の放った言葉です。


「女性が好みそうなお茶で、茶菓子も準備しろと仰せだ。旦那様もお茶で良いそうだ」


 きっと、これを他の使用人たちが聞いていたらわたくし同様に耳を疑う事でしょう。

 わたくしも同じ気持ちだからです。

 商談なら相手の飲み物と同じものを飲むのがマナーですが、私用なら旦那様も付き合ってお茶を飲む必要はありません。


「あの旦那様が女性を?」

「私も詳しい事はなにも分からないが、とにかく粗相のないように」


 俄然興味がわいてきました。

 旦那様も若い成人男性です。時々、そういう遊びもしておりますが、特定の女性というものはおりません。

 しかも、旦那様が気を使う女性など聞いたこともありません。

 少なくとも、今朝顔を合わせた時は、旧友のヴァルファーレ様に会いに行くとだけおっしゃっていただけです。そして、旦那様がヴァルファーレ様に気を使う事などない事も知っております。


――一体どこのご令嬢なのでしょう?


 旦那様より身分が上の女性といえば大領地貴族の公爵もしくは皇族ですが、現在大領地貴族には旦那様に釣り合う女性がいません。いえ、正確にはお二人いらっしゃいましたが、一人は第二皇子殿下とご婚約され、もう一人はすでに人妻です。とするならば、皇族という事ですが、現在皇族の姫君は一番上の姫君でも御年十二歳。どう考えても違います。


――とりあえず、行けば分かるでしょう。


 わたくしは女性が好みそうな茶葉を選び、バルシュミーデにはおそらくない筈なのでティーセット一式も持ち出しました。もちろん、女性に好まれそうなデザインのものです。

 お茶菓子に関しては、途中で買っていくしかありませんが、途中に女性に人気の店がありますので問題ないでしょう。

 出来れば、旦那様たちがバルシュミーデに着く前に到着したいところですが、こればかりはどうしようもありません。

 実際、わたくしが到着するとすでにバルシュミーデに旦那様たちがお着きでした。

 急いで給湯室に向かい、お湯を沸かし準備します。

 多少遅れても事情は分かっている筈なので、問題ないでしょう。

 ティーポットに茶葉を入れお湯を注ぎ、じっくり丁寧に、花が開くように茶葉を開かせて香り立たせます。

 お茶の準備が整い、お茶菓子を並べワゴンを押して旦那様の執務室へ向かい、ドアをノックするとすぐに旦那様の声が返ってきました。

 部屋に入室しますと、旦那様ともう一人、後姿からすると女性が窓際で何かを話していらっしゃいました。

 わたくしが部屋に入ると、それに気付いた女性が振り向き、わたくしを真っ直ぐ見返します。

 その紫の瞳の美しさに、一瞬言葉を無くしましたが、そこはバルシュミーデに仕える身。すぐに持ち直しました。

 まだ若い、おそらく成人していないであろう少女です。整った容姿は美しく、無造作に縛られている黒い髪も手入れが行き届いている輝きを放っていました。

 正直、美人美形と言われる方々を知っているわたくしでさえハッとするような美しさを持ったお嬢様です。

 ですが、一体どちらでこのようなお嬢様とお知り合いになったのか疑問に思いました。

 少なくとも、今日だったのは間違いありません。

 以前から交流がおありなら、わたくしが知らないはずがないのですから。

 お嬢様にお茶を淹れてお渡しすると、すぐにお礼の言葉が返ってきました。

 その背筋の伸びた美しい姿勢から、かなりの高等教育を受けている印象です。しかし、使用人への気遣いも見せる優しさも感じられました。


――なかなか素敵なお嬢様ですね。


 しかし、そこからさらに驚きは続きます。

 わたくしが名を名乗り挨拶をすると、お嬢様が立ち上がり簡易的ではありましたがカーテシーで挨拶を返して下さいました。そこはまだよいのです。驚くべきは、親しい友人知人、身内以外にはほとんど感情が表に出ない旦那様が明らかに不機嫌になったのです。

 一体なぜと思うのは当然の事ながら、どうもお嬢様がわたくしに行った挨拶が気に食わないようです。

 どこに不機嫌になる要素があるのかさっぱりわかりません。

 すると旦那様は、自分にはそんな挨拶がなかったと言い出すではありませんか。まるで子供がいじけたような言い方に、驚きを通り越して唖然としてしまったのは仕方がないと思います。

 まさか、あの旦那様がと…。

 結局、旦那様は納得されたようですが、お嬢様も少し不機嫌そうです。

 そんな不機嫌なお嬢様はわたくしが淹れたお茶を一口飲むと、口元が綻びました。おいしいと感じて下さっている事が分かり、わたくしもうれしくなりました。


「気に入っていただけて光栄です。旦那様はあまりお茶を好まれないので、貰い物の茶葉が腐る一方でして、こうして振る舞えてこちらこそありがたい限りです」


 そう声をかけますと、旦那様が再び子供のような我儘を言い出しました。

 普段ならお客様の前で必要以上に旦那様に言葉を返す事は無いのですが、まるで不貞腐れた子供のような態度に、わたくしは理不尽な事を言わないようにとの苦言を込めて言葉を返しました。

 そこは領地で姉の様に接していた杵柄か、旦那様は言い淀んでいきました。

 流石に自分の方が分が悪いと思っているのか、言い訳がましい言い合いはすぐに終わったのですが、それを見ていらっしゃったお嬢様が目を輝かせてわたくしを見ておりました。

 それに気付いた旦那様がお嬢様を睨みつけたので、旦那様を嗜め落ち着かせます。


――全く、一体どういうことなのでしょう?


 いつも冷静沈着な旦那様とは別人です。怒る事はあっても、必ず理由があります。それなのに、目の前のお嬢様に関わる事に関しては本当によく分かりません。


――まるで、好きな子をイジメる男児のような…


 言葉にすると、まさしくそれがしっくりきます。

 しかし、軽く頭を振って否定しました。あの旦那様が女性に対してそんな振る舞いをするとは考えづらかったのです。

 とにかく、わたくしを呼び出した用件をお聞きしました。

 まさか、お茶を淹れさせるためだけに呼んだわけではないと信じて。

 



*** ***



 

 帰りの馬車の中、旦那様はむっつりと黙り込んでおりました。

 重苦しい空気ではありますが、付き合いの長いわたくしには分かります。


「クリフォード様、女性には準備というものがございます」


 わたくしがそう申し上げますと、旦那様は更に不機嫌になりました。

 ここまであからさまな旦那様は本当に久しぶりです。

 バルシュミーデ本店でお嬢様と分かれてからこっち、ずっとこんな感じなのでいい加減にしてほしい所です。


「別にクロエの事を考えていたわけじゃない」


 名前を出している時点でばればれなのですが、そこは指摘しないで置きました。

 おそらく旦那様も無自覚なのでしょう。


「お嬢様がいらっしゃいましたら、誰をつけますか?」


 わたくしは旦那様の言葉を聞かなかったことにし、お嬢様の事を尋ねました。

 采配は執事長の仕事ではあるものの、特別なお客様に関しては旦那様が口を挟んでくるときもございます。そのため確認は必要です。

 どうでもいい場合は、好きにしろで終わりますが、今回はそうではない確信がありました。

 旦那様は、少し考えるとわたくしに視線を向けました。


「イリアに一任する。ただし、お前が筆頭となるようにしておけ」

「畏まりました」

 

 やはりわたくしを第一選択に入れてきました。

 それだけで、旦那様がどれほどお嬢様を気にかけているか分かります。


――まさか、本当に無自覚なのでしょうか…?それとも……


 お嬢様を自分のテリトリーに置いておきたそうな旦那様ですが、正直わたくしの方も掴みかねております。

 少なくとも好意はお持ちなのは間違いありません。しかし、その好意がどういった類なのかは依然はっきりしません。

 通常ですと、女性として好意を持っていると思われてもおかしくない行動なのですが、そもそもの出会いを伺いますと、ただ単に保護すべき身内の少女、と考えている可能性もあります。

 実際、女性として見ている感じもしないので、ますます混乱するのです。

 ただ、先ほどまでの姿を見てますと、まるで思春期の少年のようにも感じました。


――無自覚な一目惚れ…


 脳裏によぎるその言葉。

 旦那様からは全く考えつかないような言葉です。


――しばらくはそっとしておくのが吉ですね…


 まだ自覚もしていない段階で、周りがあれやこれやとお節介を焼くと、旦那様の事ですから天邪鬼になってしまいそうです。

 特に本邸のご当主様には、知らせない方が良さそうです。

 そこのところはきっちり箝口令を敷いておかなければなりません。そうでなければ、ご当主様の耳に入った時点で、押しかけてきてしまう事でしょう。


――母さんには伝えておいた方が良いかも知れません…


 本邸住まいでご当主様の側近の母にだけそっと伝えて、もしご当主様の耳に入っても抑止力として動いてもらいましょう。

 色々考えていると、皇都邸宅が目の前に迫っていました。

 明後日にはこちらにおいでになるお嬢様のためにお部屋を整えて、付ける侍女を選別。やる事は色々あります。

 しかし、お嬢様をお世話できるのはある意味役得でもありますので、今から楽しみな面もあります。

 本当に美しいお嬢様ですので、飾り立てるのが楽しみでもありました。

 お嬢様は嫌がるかも知れませんが、徐々に慣らしていけばそれが日常になるものです。


――この暑さでお肌が少しお疲れのようでしたね…


 ふと、本日肌を拝見したときの印象を思い出し、わたくしは肌のケア用品を色々と思い浮かべました。

 白い肌はきめ細やかで張りがあり、正直羨ましくなりました。

 ただ、若さを過信しておりますと次第に肌が衰えてきた時に悲惨な目に合うのは当然の事。

 これから、毎日お世話できるのかと思いますと、今から腕がなります。

 わたくしは久しぶりに心が躍りました。



気が向きましたらブックマーク、評価よろしくお願いします。





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