78.Sランク客室での話
「一応、カーティス殿下に言われて配慮した人選だ」
「配慮ですか?」
「独身者は嫌がるだろうとのお言葉だ」
イザナ中将の言葉に、後ろに控える二人が既婚者なのだと知った。
確かに閣下と同年代であるのなら、結婚していてもおかしくはない。むしろ、大領地の跡取りとしては閣下が遅いくらいだ。
「ジークフリードは知っていると思うから省くが、ジャンは結婚五年で、つい先日二人目の子供が生まれた愛妻家だ。少将の婚約者に手を出す事はないのは保証しよう」
「……ご配慮感謝いたします」
ちなみに、やはり護衛として選ばれた貴族階級者の中尉さんのことは知っているようだった。
狭い世界だし、誰と誰が結婚したとかそういう話は届くのだろう。特にお互い軍に所属しているのだから、その他貴族よりはよほど付き合いもあるのかも知れない。
「クロエ」
「はい?」
閣下に短く名を呼ばれ、顔を上げると真剣な目でわたしに言った。
「もし、二人がいないところで軍の人間が不埒な真似をしようとしたら、殺さない程度に痛めつけるのは許可する。もしそれが問題になるようなら、その責はすべてカーティス殿下が背負ってくれるはずだ」
「おいおい、怖い事言うな」
「私とてこんなことは言いたくないのですが、軍人は気が立つと何をしでかすか分かりませんからね。一応、反撃許可も許しておかないと、それこそ大惨事になりますよ」
護衛がいる時点でそんな事になる事はないと思うし、いざとなったらやり返すけど、実際に言葉にして許可されているのといないのとではためらいも違う。
「知らないなら言っておきますが、クロエはかなりの腕を持っています。見た目がこうだからと言って寄ってくる頭の悪い奴らぐらいは簡単に退けられますよ」
――あ、これ第一皇子の側近軍人の事言ってるな…
わたしが現役軍人をのした事は知る人ぞ知る事実。
当たり前だけど色々とあって表ざたにはなっていない。
「少将が言うくらいだ、かなりの使い手なのは分かるが…現場ではいざという時以外は自重してくれ」
「はい」
素人のわたしがしゃしゃり出る方がよっぽど邪魔なのは分かっている。
わたしはわたしが望まれたことをするだけだ。
「そろそろ時間だ。行こう」
イザナ中将が時間を確認し席を立つ。
それに合わせてわたしと閣下も動き出す。
「今から出ると、到着は明日になるな。肩が凝りそうだ」
身体を動かすのが好きそうなイザナ中将は、どうやら狭い車内はお気に召さない様子だった。
確かに動かないでずっと乗っていると疲れるのは分かるので、わたしはこっそり同意した。
*** ***
次々と乗り込んでいく軍人を横目に、わたしと閣下、イザナ中将は別の乗車口だ。
魔鉱石列車のSランク客室やAランク個室も、今回は軍が使用する。
士官クラスは二人一組でAランクの個室を使い、わたしたちはSランクの最上級個室を使わせてもらう。
イザナ中将は一人で使い、わたしと閣下は同室だ。
男女で同室はどうなのだろうかと思ったけど、一応婚約者という事になっているので仕方がない。
Sランク客室は、食堂車よりも奥にあり、繋がるドアは一つしかないので、警備が容易なので要人を守るのには向いている。
今回は、列車を動かす人以外は全員軍人が乗っているので、襲撃などはありえない。
ただ、不用意にわたしの姿を見せるのはトラブルの元らしいので、部屋から出ないように言われた。特に困る事もないので頷くと、わたしは早速と言わんばかりにSランク客室を眺めまわした。
部屋にはベッドが二つ、書き物机、小さいながらもクローゼットがついていて、さらに洗面所などの水回りも完備されている。
流石に浴槽なんてものはないけど、お湯は使えるようだ。
色々揃っているのに、そんなに狭く見えない位には広いのには驚いた。
一車両に二つしか客室がないのだから広く作ることも出来たのだろうけど、ここまで必要かとも思ってしまう。
思ってしまうけど、需要があるし、意外と埋まっているので作って正解だったとも言える。
――お金がある人は、少しの旅路でも快適に過ごしたいものみたいだし…
思い出されるのは閣下のお父様。
たった数時間のためにSランク客室を取ろうとしていたのはいい思い出だ。埋まっていて取れなかったけど、空いてたらそこになっていた。
それに閣下ももれなくそういう人種だ。
「気に入ったか?」
色んなところを見て感動しているわたしの後姿に閣下が声をかけてきた。
気に入ったかどうかというか、とにかくすごいとしか言いようない。
「一生に一度の贅沢をしている気分です」
「まだこれからの人生なのに何を言っているんだ」
本当の所、閣下と出会っていなければ、いろんな贅沢に出会う事もなかった。
邸宅でもそうだし、閣下と一緒に行くレストランや洋服店もそうだ。
しかも、それがだんだん当たり前のようになってきているところが恐ろしい。
さっきも思ったけど、慣らされている。
「わたし、元の生活に戻れる気がしないんですけど……」
今でも一応自分の生活というものはあるけど、最近は一人で部屋にいると味気ない。
「それはなにより……元の生活に戻れなくても責任取るので安心してくれ」
「それは、安心していいのでしょうか?」
楽しそうな閣下に恨めし気な目を向けると、閣下はふっと笑ってわたしの頭を撫でた。
「何か飲み物を持ってくるから」
話をそらすように閣下が部屋を出て行く。
そんな閣下の後姿を見ながら、最近言動が露骨になってきたような気がするのは気のせいじゃない。
焦っているのとは違うけど、何か心境の変化があったのは間違いないと思う。
――聞いたところで答えてくれなさそうだけど…
飲み物を取り行ったきり閣下が戻ってこないまま、列車が出発する。
一般車両に比べて格段に揺れも振動もないのが驚きだった。
窓際に設置されている椅子に座って動き出した景色を眺めていると、皇都を出た辺りでようやく閣下が戻って来た。
「遅くなった。食堂車でイザナ中将に捕まってな」
「大丈夫です」
飲み物を渡されて、受け取ると閣下が椅子に腰かける。
「会議とかそういうのはないんですか?」
「ん?ああ、ここは情報漏洩防止の観点からそういう話し合いは難しい。代わりにこれを渡された」
かなり枚数のありそうな書類だ。
最低限の情報共有という事なんだろう。
「わたし邪魔じゃないですか?」
「特には。むしろしばらく相手してやれないのが申し訳ないな。部屋からも出れないのに、話し相手もいないと退屈だろう」
「それこそ大丈夫です。景色見てるの好きなんで」
「それならいいんだが…」
申し訳なさそうにしながらも、閣下はベッドの方に移動した。
どうやらそこで渡されたものを読むようだ。
ばさりと資料をベッドの上に置くと、堅苦しい恰好が嫌なのか、部屋の中だからなのか、軍服の上着を脱いでいる。
「クロエも楽にして大丈夫だから。堅苦しいだろう?」
「いいんですか?」
「部屋の中だからな」
閣下をまねて上着を脱ぐと、少し楽になった。
着慣れない服は少し息が詰まるのだ。
閣下の上着と一緒にクローゼットにかけると、わたしは再び窓際の椅子に座り外を眺め始めた。
閣下の方はベッドに腰掛けて資料を読み始めた。ぺらりぺらりと紙をめくると音が静かに響き、その一定のリズムにうとうとしかける。
次第に外が暗くなっていき、それに比例して客室の明かりが増していく。
窓ガラスにぼんやりしている自分が映り、その後ろから閣下がこちらを見ているのに気付いた。
「眠いなら少し寝てもいいぞ。気が張って疲れているんだろう?」
そう言われても今寝たら夜眠れなくなりそうなので、首を振って目を覚ます。
「大丈夫…ではないですけど、今寝たら中途半端に目が冴えそうなんでがんばって起きてます」
「何か暇つぶしになるものがあればいいんだが……見せたいものがあったから必要ないかと思って準備しなかったのが痛かったな」
「見せたいもの?」
この件がなくてもこの列車に乗る事が決まっていたけど、目的地までは少しあるようだったのに、用意周到な閣下が娯楽系の一切を持ち込んでいなかったのは少しおかしいなとは思っていた。
「もともと、こうなる前からこの列車に乗る事になっていたのは分かっていると思うが、目的地まで時間もあるしクロエにこの魔鉱石列車の機関部を見せようと思っていたんだ」
「えっ!?」
「魔道具全般が好きなのは分かっていたから、こういう大型の機関部は興味あるだろうなと思って」
「すごく興味あります!見たいです!」
国営であるこの事業において、機関部なんてすごい代物を簡単に見れるわけがない。
それこそコネがない限り。
しかし、バルシュミーデはこの事業にかなり関わっている。機関部の開発もバルシュミーデの技術が使われているのは有名だ。
つまり、そのトップの閣下が頼めば、なんとでもなるそうだ。
目を輝かせたわたしに閣下が苦笑した。
「そう言うと思った。だが、今は軍がこの列車を借り上げてしまったから、流石に無理だ」
「そうですよね……分かってますよ」
軍の借り上げという事は、一応この列車は現在軍の物という扱いだ。
いくら階級が高くても、そこまで好き勝手にすることは閣下にだって出来ないのは分かっている。
「また今度セッティングするから、それまで待ってくれ」
この件が終わってまた時間が出来れば、いつでも見せてくれると閣下が約束してくれた。
本来なら一生見る事が出来ないであろう機関部を見せてもらえるのなら、いくらでも待つ。
「そういえば、読み終わったんですか?」
ベッドに置かれている資料を指さして聞くと、とっくに読み終わったらしい。
「なかなか楽しい話が満載だったな」
皮肉気に楽しい話と言っている時点で、あまり楽しくなそうな話なのは良く分かった。
わたしは話を変えようとして、ずっと気になっていたことを閣下に聞く。
「そういえば、今回の被害って結局迷宮協会のせいなんですよね?」
「誰が見てもそう答えるな」
「それじゃあ、賠償問題があると思いますけど、こういう場合迷宮協会ってどれくらい賠償してくれるんですか?」
「近年でここまで大事になったのは初めてだからな。実際被害状況を見てみないと何とも言えないが…」
閣下でも分からないらしい。
「正直言えば、最近あまり良い噂を聞かないから、どういう対応をしてくるのか読めないというところもある。迷宮産関連の物はバルシュミーデでは取り扱っていないが、鑑定だけでもと持ち込まれる件数がここ一年で一気に上がってきているんだ。それだけ、信用がならないとも取れる」
そういえば、店長の店でも鑑定の需要が伸びている気がした。
鑑定すればするだけバイト代の取り分が増えるから歓迎していたので、深く考えてはいなかったけど。
だけど、閣下に言われれば、確かにここ最近増えてきている。
むしろ、その兆候は結構前からあった気がした。
「そういえば、最近の迷宮協会の上層部はあまり良くないとは聞きました。そのせいか、所属する協会員もあまり質がよくないとも」
「そうか……」
なんとなく、店長の名前を出すのが躊躇われ、誰から聞いたか言わなかったけど、誰から聞いたかなんて聞かなくても分かっているのだろう。
どこか重い口調で閣下が頷く。
「あいつが言っているのなら、きっと真実なんだろうな……」
「あと、迷宮協会と教会が何か繋がっている感じの事も言ってました」
「何?」
詳細は店長との約束で話せないけど、これくらいはいいかと思って話すと、初耳だったのか驚いたようにわたしを見た。
「わたしも詳しくはないので、もし知りたかったら直接聞いた方がいいかと思います」
いまならなんでも答えてくれると思う。わたしに口止めしている件も含めて。
「そうだな…明日聞いてみよう。コンバイルに出るかは分からないがな」
「ええと…それは……」
一番の難関なだけに、わたしは苦笑いしか出来なかった。
難産過ぎた……
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