77.皇都中央駅の個室での話3
口も上手いし行動力も権力もある閣下とわたしでは、全てにおいて負け確定。
だけど、いざとなったら国外逃亡という名の実家に引きこもると言う手があるので、とりあえず逃げ場があるだけましかも知れないと諦める。
そもそも、取られる心配とはなんなのか。
わたしが誰か他の人のものになる、そういうことなんだろうけど、今後閣下以上の人がわたしの前に現れるかと言われると、そんなことない気がする。
そして、いつの間にか閣下に慣らされている自分に気付くと、全てが手遅れ感半端ない。
そんな事を考えていると、ドアがノックされた。
この叩き方は、おそらくイリアさんだ。
「イリアか、入れ」
「失礼いたします」
頭を下げて中に入って来たイリアさんは、鞄を一つ持っていた。
なんだろうと見ていると閣下が指示を出す。
「イリア、クロエの着替えを手伝ってくれ。俺は向こうで着替える。ちょうど良く手伝いも来たからな」
「畏まりました、準備が整いましたらご案内いたします」
「頼む」
二人の会話でさっき閣下が言っていたカーティス殿下が手配した着替えなのだと分かった。
閣下はイリアさんと入れ違いに隣の部屋に移動してドアを閉めた。
閉める瞬間、イザナ中将の声が聞こえてきたけど、その声はドアが閉ざされて聞こえなくなる。
「クロエ様、こちらがお着替えになります」
「ありがとうございます」
ベッドの上に鞄のケースを置き、ロックを外すと、中には白を基調とした軍服が入っていた。
デザインは一緒だけど、黒い正式な軍服の中ではかなり目立つ事間違いない。しかも汚しそうだ。などと現実的な事を考えてしまった。
「これ、着るんですか?」
「わたくしも見るのは初めてですが、実際に採用されている制服なのは間違いありません。軍務局が正式に依頼した民間協力の方用の物であるのは確認しております。正直、これに袖を通している方を見たことはないのですが…」
一瞬、もしかしてカーティス殿下の趣味かとも思ってしまったが、どうやら軍務局で正式に採用されているもののようだ。
「どうして白…なんでしょうか?」
「詳しくは…ただ、黒い軍服の中でも目立つようにとの事らしいです。軍が正式に依頼して民間協力をしてくださっている方の身を守るためだとか」
なんとなく理解した。
黒の中で白は目立つので、必ず人の目に入る。
軍人というのは気が荒い人もいれば、素行がいい人ばかりでもない。そのため、民間協力してくれる人を多くの目にとめておくことで、無用な争いを避けるという意味合いがあるようだ。
そして、通常一番危険な現場は軍人だけで事がすみ、それ以外の所で協力が必要な事が多いので、白でもそんなに汚れないという判断なのかも知れない。
「では、制服を脱いでいただいても?そちらは持ち帰りきちんと保管しておきますので」
イリアさんに促されて制服を脱ぐ。下着と肌着だけの姿で、渡される順に身に着けていく。
その生地を触って、かなりの高級品であることに気付いた。
魔獣の皮を利用したもので、少し光沢もあるのは魔獣の皮の特性である汚れをある程度落とす効果が残っているからだ。魔獣の皮は汚れを防ぐ以外にも痛みを軽減したり、火にも強い。
その魔獣の強さにもよるけど、弱い魔獣でもある程度の効果があるので、普通の布に比べればお高めだ。
軍の軍服全ては国費のため、全てがこんな高級品だとは思えないけど、たぶん命を懸ける現場の人間にはある程度のお金がかけられているのだと思う。
そして、それは民間協力の人にも言える事だ。
協力してもらって死に至るような危険な目に遭わせるわけにはいかない、そう言う事だろう。
「これで大丈夫ですか?」
下から順に着替えていき、最後に上着を羽織り腰のベルトで留める。
閣下が普段着ている軍服に比べると上着の裾が長めだ。単純に背が足りていないのかとも思ったけど、それ以外はぴったりだったので、たぶんこれが通常の長さだと思う。
下がズボンなのは動きやすくてありがたい。
ズボンに合わせたような編み上げのブーツも素材がいいのか、はき心地はいい。どれだけ歩いても足が痛くならなそうだ。
個人的に評価するなら、軍人の仮装中ですか?と言われるような格好だ。
正直言えば、ビシッとカッコよく着こなしている閣下と比べると、人から見れば悲しいくらいに軍服に着せられていると言ったところだ。
「クロエ様、こちらもお持ちください」
渡されたのは魔鉱石武具の細剣だ。
わたしが普段使うものと似ているけど、バルシュミーデの量産型なのは間違いない。
「どうしてこれを?」
「旦那様より、念のためにとおっしゃっていらっしゃいました。お時間的にクロエ様のご自宅よりお持ちする時間がありませんでしたので、こちらで代替えしていただければと…」
確かに魔獣がどこにいるかも分からない危険地帯に行くなら、これくらいの装備は必要だ。
例え、わたしが配属される場所が安全な後方であっても、身を守る術があった方がいいのは当然の事。
わたしはありがたくそれを受け取り、腰のベルトに剣帯と共に固定した。
なんとなく細剣を固定すると少しだけ体裁が整った感じがした。
準備が整ったのを確認すると、イリアさんが先に出てわたしの準備が出来たことを知らせた。
少し息を吐き、イリアさんの後ろから全員がいる部屋に戻ると、一斉に視線がこちらに向いた。
その視線にさっき見られた出来事を思い出してしまい、少し俯き加減になってしまう。
「クロエ、こちらに」
俯き加減のまま、閣下の言われる通り隣に行くと、すっかり準備の整った閣下の隣に座らされた。
いつまでも俯いているわけにもいかず、思い切って顔を上げると、面白そうな表情のイザナ中将と若手の二人が興味深そうにわたしを見ていた。
――すっごい見られている。
しょうがない事とはいえ、気まずい。
それに気付いた閣下が咳払いで、自分の方に意識を向けてくれた。
「じろじろ見るのはマナー違反だと思いますよ、イザナ中将。後ろのお前たちもだ」
「おお、すまんすまん!何せ、女をとっかえひっかえしていた男が一人に決めたのだから、興味もあるというものだ」
じろりと睨みつける様な視線にイザナ中将は全く懲りずに閣下の昔の女性遍歴について言及した。
後ろの二人は気まずげだ。というか、閣下の睨みに緊張しているようだった。
「中将――…」
「これは、失言だったな!いやいや、お嬢さん。今のは忘れてくれたまえ!今は君一筋だから心配することは何もない」
「は、はあ…」
閣下が苦い声を漏らしながらイザナ中将を呼ぶと、全く悪びれもなくイザナ中将が言い放った。
二人の力関係に、閣下がイザナ中将を苦手とする一端を見た気がした。
「いや、しかし……なかなかに若いな」
顎をなすりながらわたしの事を上から下まで鑑賞するかのように眺めた。
一度閣下から忠告を受けながらも、そういう事が出来るとはなかなかすごい人だ。
ただ、別に性的に見られている訳ではないけど、そうやって見られていると居心地は悪い。
その視線に閣下は再び咳払いをすると、相手にわたしを紹介してくれた。
「イザナ中将、こちらはクローディエ・リデオン嬢です。そして、そんな風に女性を見るのは大変失礼だと知っておりますか?それとも私と剣を交えたいとそう言う事ですか?」
「怖い事言うな、お前にぼこぼこにされる未来しか見えん」
真顔でそう言うイザナ中将を閣下が今度はわたしに紹介してくれた。
「クロエ、こちらはアレクサンドロス・イザナ中将だ。中将閣下は私の元上官でもあらせられる方で、現場の事なら上層部一詳しい方だ」
軍務局上層部は貴族階級が多い中、イザナ中将はその名の通り貴族ではなさそうだ。確か閣下の言った通り現場からのたたき上げ軍人と言った雰囲気の人だ。
「アレクサンドロス・イザナだ。階級は中将。名の通り、いわゆる貴族階級出身ではない。まあ、昔はともかく今はただの管理職だ、よろしく頼む。お嬢さん」
「あ、ええと……ご紹介に与りました、クローディエ・リデオンです。クロエとお呼びください」
ぺこりと軽く頭を下げると、そこでまた視線を感じ、イザナ中将を見ると視線があって、人好きがする笑みを浮かべて謝って来た。
「すまんすまん。カーティス殿下から伺ってはいたが、少し心配だったんでついな。だが、実際に見て良く分かった」
うんうんと頷き一人納得しているけど、一体何に納得したのか良く分からない。
「殿下からなんと伺っていらっしゃったんですか?」
どうやら閣下も気になったようだ。
「大したことは聞いていないが、お前さんの婚約者を貸しだしてもらうとは聞いたな。未成年と聞いて成人間近なのかと思っていたが、なかなかどうして」
――うん、良く分かるその反応…
つまり、わたしが成人間近の未成年なのかと思ったら、意外にもまだまだ子供だった事に驚いているという訳だ。
「ひとつ分かったのは、お前が面食いだという事だな」
「中将……」
「冗談だ!いい雰囲気の所を邪魔したのは悪かったと思っているが、そんなに怒るな」
さっきの寝室での出来事を言われ、赤くなった。いい加減さっきの事は忘れてほしい、本当に。
閣下もそう思っているのか、眉間にしわを寄せながら話を変える。
「そろそろ、仕事の話に移ってください。移る気がないのなら、出て行ってもらってもいいですか?」
痺れを切らした閣下が最終通告のように言った。
上の立場の人間に出て行けというのは良いのだろうかと思って聞いていると、イザナ中将は肩を竦めて足を組んだ。
「俺にそこまで言えるのはお前だけだぞ、少将」
「残念なことに、私は上官侮辱罪で懲戒免職になっても何ら問題はないもので。むしろ喜んで軍から引退しますよ」
「全く、最低限の義務で手放すには惜しすぎるんだよお前は」
以前閣下が言っていた、手放したがらない上層部というのはどうやらイザナ中将も含まれているようだ。
「少将はどこまで聞いている?」
「一応概要は聞いておりますが、詳しい事は何も。とりあえず、一番の問題が隣国聖王国に関わる問題なのではないかとは感じました」
「その通りだ、正直魔獣の脅威などそこまででもない。武闘派揃いの西の領地の領軍なら我々の出番でもない」
イザナ中将が後ろに控える若い軍人に目配せし、地図を用意させた。
わたしまで見て良いのか分からないけど、ここで話しているのだから問題ないのだと判断し、覗き込んだ。
いくつかの記号が書き記してあったけど、わたしには何が何だかさっぱりだった。
「そもそも発端は、迷宮協会の管理の甘さと対応の遅さだった。魔獣が迷宮からあふれたのはそれが原因だ。しかも、それを初めは隠匿しようとしたために領軍の対応が遅れ結局国軍を動かす結果になった」
「迷宮協会の上層部は一体どういう教育を施しているのか…」
被害が増大したのは迷宮協会の管理の杜撰さの結果なのは閣下から聞いていた。
それに対し閣下は無能を罵るような声で、批判する。そういえば店長も似たようなこと言っていたなと思い出した。
今の迷宮協会の質は良くないと。
領軍と迷宮協会に所属する人とで魔獣をなんとかしたと言っていたけど、本当の所は領軍がほぼ始末したのではないかと思ってしまう。
「魔獣に関しては迷宮協会の不手際なのに、聖王国側はなぜこちらを非難するのか理解に苦しみますね。被害が出てその賠償を請求するのは迷宮協会でしょうに」
「そこらへんは、こっちもよく分からん。まあ、とにかくそのせいで教会側の動きも鈍い。軍人はともかくとして、市民つまり民間人さえも治療しない者もいるのが厄介だ。そこまでいくと、そのうち暴動が起こるだろう」
「つまり、私の役割は主に聖王国の対応及び、民間人の保護と言ったところでしょうか?」
「そうだ。少将には国境へ、そしてクロエ嬢には一番被害の大きい街に行ってもらう事になる。魔獣発生の最前線だった街で、さすがに護衛もつける」
そう言うと、イザナ中将が後ろに控えていた二人へ視線を向けた。
「少将からしたら物足りなく感じるかも知れんが、実働部隊の中では上位レベルで腕が立つ二人だ。魔獣の一匹二匹くらいなら問題なく相手にできるだろう」
「ジャン・ロブダム軍曹であります!」
「ジークフリード・バルト・ロッデルダーム中尉と申します。よろしくお願いいたします」
「クローディエ・リデオンです。クロエとお呼びください。こちらこそよろしくお願いします」
軍人としてはまだ若い二人。
若いと言っても、閣下と同年代くらいには見える。
実際の現場を良く知るイザナ中将が推薦するくらいなのだから、腕は相当立つと思われた。
軍曹の方は士官学校を出ていない訓練校出身で、中尉の方は士官学校を出た閣下の後輩と思われた。
なんとなく知り合いの雰囲気がある。
まあ、貴族階級の軍人なのだから、閣下が知っているのも当然かと勝手に納得した。
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