76.皇都中央駅の個室での話2
「きっと役に立つと断言はできませんが、少なくとも足手まといにはなりません」
通常領軍だけで何とかなるところが、国軍の要請まで行うくらいだ。
きっと猫の手も借りたいくらい現場は忙しいはずだ。
回復魔法だけじゃなくて、一般人として炊き出しくらいは手伝える。
「クロエが足手まといになるのなら、国軍の軍人の半分は足手まとい扱いになるだろうな」
「ところで、さすがに保護者に何も言わないのはまずいので、ママに連絡してもいいですか?」
「ああ、それならすでにしてある。たぶん、クロエは行くと言うだろうと思って先に。マダムの方から学院には連絡してくれるといっていた。それから受けられない分の授業は補講も受けられるようにカーティス殿下が手を回してくれるそうだ」
「そ、そうですか」
とっても手回しが早い。
むしろ、閣下だけじゃなくてカーティス殿下の方もわたしが行く事は確定路線だったようだ。
「殿下が、通っているのがロザリアで助かったと言っていたな。あそこは貴族や上級階級者が多いから、不測の事態での休みにも対応してくれるのがありがたいところだ」
現在ではそんなに多くもないけど、少し昔だと領地の用事などで長期で授業を受けられない生徒もそこそこいたらしいが、そこは元貴族学校。そういうところに融通が利くとの事だ。
「でも、服どうしましょう…さすがにこれでは動きにくいですけど」
「俺の軍服もそうだが、カーティス殿下が既にこちらに手配済みだ。おそらくだが、そろそろ届くはずだ」
抜かりがなくて結構な事だ。
話が一段落し、わたしが少し温くなったお茶を口に含むと、どうやってタイミングを見計らっているのかイリアさんが閣下のコーヒーを持ってきた。
出来る侍女は空気を読むのが上手いらしい。
「イリア、悪いが積み込んだ荷物を引き取りに行ってくれ。おそらく、俺たちが乗る予定の列車は軍が借り上げて、軍用列車になる筈だ」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「それから、もしイザナ中将をお見掛けしたらお目にかかりたいと伝言を頼む」
イリアさんは頭を下げるとすぐに動き出した。
わたしは個室を出て行くイリアさんの姿を見送り、閣下に尋ねた。
「イザナ中将とはこの軍の指揮官ですか?」
「そうだ。俺が新兵時代にお世話になった人だが、実力のある軍人で、上からも下からも信頼が厚い方だ」
どうやら、かなりすごい人がやってくるようだ。
むしろ、それだけ実力ある上層部が動いているという事は、それだけ西部がまずい状況だとも取れる。それもあってか、閣下の眉間にしわが寄っていた。
「年は今年五十三で、普段は管理職として軍務局の中枢にいるお方なんだが……まあ、現場主義で時々こうやって現場に乗り込んでくるんだ」
なるほど。
フットワークの軽い御仁という訳か。
「しかも鼻が利くし、勘も鋭い。特に危険の匂いをかぎ分けるのは天才的だ。ある意味、もし戦時中だとしたらこれほど恐ろしい人もいないだろうな」
褒めているのだろうけど、閣下は会うのが少し憂鬱そうだ。
たぶん、苦手な人種なのだろう。
「まあ、イザナ中将ならば現場の事をご存じだし安心だ。後で紹介しよう、どのみち顔を合わせるし」
ふいに閣下が席を立ち、わたしに付いて来るように促した。
なんだろうと思ってついて行くと、隣の部屋に入って行く。今まで居た場所が居間だとすると隣は小さいながらも寝室だ。ベッドが一つだけ置いてあり、その奥には窓ガラス。そこから下を覗くと駅構内の魔鉱石列車のプラットホームが一望できた。
そして、あきらかにものものしい雰囲気がそこにあった。
かなりの人数の軍人さんが集まって忙しいそうにしており、事情の知らない民間人が不安そうにその様子を眺めている。
「結構いますけど、何人くらいなんですか?」
「総勢で約五百だと聞いた」
五百の数に首を捻る。
ロザリアに通う学生が一学年約二百人程度で、三学年あるので約六百だ。
つまり、だいたいロザリアの学生と同じくらいという事で。
「それって多いんですか?」
なんだか、救援に行くにしても少ない気がした。
小領地ならともかく、行くのは大領地だ。規模が違う。
しかも、さっきの話なら、ほかの領地に逃げ込んだ魔獣も数多くいるという事で、そちらの対応もするならば、手が足りなさそうだ。
「正直言えば、少ないだろうな。ただ、さっきも言ったが隣国の聖王国から苦情と言う名の言いがかりが付けられているので、大規模な軍は送りづらいという背景もある。一気には無理だが、状況に応じては増員もあり得るだろう」
他国への配慮を行いつつの軍編成がどれだけ大変なのか全部理解はできないけど、確かに自国の国境付近に他国軍が押し寄せてきたら、自国を攻撃するわけではないのは分かっていても怖いものはある。
「実際どういう状況か分からないから、まずは先行部隊としては五百は妥当なのかもな」
そういうものかと納得して、ホームを見ていると急にすっと目の前にラッピングされた箱が差し出された。
なんだと思って閣下を見上げると、受け取れと催促される。
「えっと?」
箱を手に取って、さらに開けて見ろと促された。
立って開けるのは開けづらいので、二人そろってベッドに座る。
膝の上で包装を解いて、蓋を開けると中に入っていたのは腕輪だった。
一瞬、この間のことが思い出され、なんとも微妙になる。
「一日早いが、渡しておいた方がいいかと思ってな」
そう言われ、これが誕生日プレゼントなのだと理解した。
手に取ると、腕にかちりとハメるタイプのもので、繊細な装飾で飾られた金属の腕輪だ。ただし、その中央に鎮座するかのような大きな魔鉱石が印象的。
こんな大きな目立つ魔鉱石を使われているのに下品な派手さがないのがすごい。
しかもそれは二つで一つのようで、両腕にはめるもののようだ。
手に取って光にかざすときらりと輝く。
「綺麗……あ、あの……ありがとうございます!それからすみません。面倒なこと言ってしまって…」
「面倒?……ああ、手作りがってやつだな。実は、もともと作ろうとは思っていたから問題は無かったんだ」
「え?」
「そもそも誕生日の事を知ったのが十日前ではろくなものが買えない。だったら作った方が早いとなった。運よく、バルシュミーデという便利に使える企業があるからな」
作った方が早いと考える方が、すごい気がする。
「一応言っておくが、メインの魔鉱石加工は自分でやっている。さすがに腕輪の部分は作ってもらったが、許容範囲だろう?」
「はい…でもこれはどういう用途のものですか?さすがに、この間のような用途だとは思いたくないんですけど……」
わたしがいかにこの間の事を根に持っているか伝えると、さすがにそれはないと閣下が苦笑した。
「これは、この間のものとは逆の発想だな。集めた魔力を霧散させるのではなく、増幅させる、そんな魔道具だ。かなり急ごしらえだが、すぐ壊れるようなことはない筈だ。今回これがあれば、多少楽になるだろう」
両腕にはめて、魔力を流すように言われる。
実際に性能を確かめておいた方がいいので、指示に従って腕輪をはめ、魔力を流す。
すると、少し魔力を流すと、魔道具が補助してくれるように魔力が増す、そんな感じがした。
「すごいです、いつもより楽に魔法が使える感じです」
魔力の増幅というよりも補助に近いかも知れない。
でも、こんなものを十日もしないで作るなんて、凄すぎる。
原案があったとしても、試行錯誤は免れない筈だ。
「大切に使います…さすがにいつも付けていると目立ちますけど、実戦授業とか遠征授業の時には使わせてもらいます」
「喜んでもらえて光栄だ」
にこりと笑って閣下を見上げれば、閣下も嬉しそうにわたしを見ていた。
何かもっと感謝の気持ちをと思ってもプレゼントに対し礼品を返すのはおかしな話で、しかも今は難しい。
喜ばれるかどうかはともかくとして、わたしは座っていたベッドから立ち上がる。顔が赤くなっている自覚はあった。そして、閣下もそれに気付いていて、わたしが何をしようとしているのか理解している。
何も言わない閣下の肩に手を置いて、そっと顔を近づけると、わたしの腰を抱き寄せるように腕が絡みつく。
促されるように、唇を軽く合わせた。重ねていた時間はほんの数秒。
自分からなんてほとんどしないせいもあって、恥ずかしさですぐに離すと、正面で閣下の目と合う。その目は物足りないとでも言うような不満げで。
その不満のまま、閣下に腕を取られベッドに押し倒された。
「だ、だめですよ、これ以上は……これから仕事なのに――…」
「もう少し、キスだけだから」
それがどれだけ長くなるかはともかくとして、すごいプレゼントを貰ってわたしも少し思考がフワフワしていた。
いつもなら制止するような場面だけど、流されるまま背に腕を回した。
今度は閣下から迫ってきて自然と目を閉じた、その時――。
バン!とノックもせずに突然ドアが開いた。
思い切りドアの開く音でわたしも閣下もそちらに意識が乗っ取られ、二人そろって音の方に顔が向けられ、動きが止まった。
狭くなんの仕切りもないこの部屋の中で、わたしたちの態勢は誤解のしようもない程、何をしていたのか丸わかり。
ドアを開けた横幅のある大柄な身体に軍服を纏っている人物も、わたしたちの現状を見て固まったていた。後ろには、若そうな軍人さんが二人いて、こちらも完全に固まっている。
その更に後ろには困り顔のイリアさん。
しばらくの沈黙。
一番初めに動き出したのは閣下だった。
押し倒すようにしていたわたしの上から動き出し、同時に固まっているわたしを起こし相手から隠すように抱きしめる。
「ノック位するのが礼儀だと思いますが、イザナ中将…」
少し低いその声には忠告とも警告ともとれるような意味合いが含まれていた。
「いやー、すまんな。てっきり一人だと思って――…」
閣下の胸に抱きすくめられているわたしは、相手の表情が見えないけど、言い訳めいた言葉から困惑が窺えた。
頭の上から閣下の非常に重いため息が聞こえてきた。
「大変申し訳ないのですか、しばらく隣の部屋でお待ちください」
「もちろんだとも。可愛らしい婚約者との逢瀬を邪魔して悪かったな」
明るく言い放ち、ドアを閉めて出て行くと、わたしと閣下だけが取り残される。
シーンと静まり返る部屋の中で、ようやく閣下が腕を緩めてわたしを解放した。
次第に思考が今の状況に追いつくと、顔が赤くなってくる。
「み、みみみ、見られ――…」
「口は堅いから…」
慰めにもならないような事を閣下が口にした。
イザナ中将と閣下は言っていた。
その名はさっき聞いた軍上層部のお偉いさん。そんな人にこんなところを見られて、平然としている閣下がおかしい。
「な、なんでそんな冷静なんですか!?」
「見られたものは仕方がない。隠すよりも堂々としていた方がよっぽどマシだ」
それは閣下の経験談からなのかも知れないけど、経験不足のわたしにはついていけない領域だ。
「まあ、言いふらすような御仁ではない。後ろの二人には口止めしておけば問題ないだろう。イザナ中将が連れ回すくらいだから、それなりに分別はある筈だ」
そうだとしても、これから顔を合わせるのが恥ずかしい。
絶対赤くなってる。
「しかも、婚約者って勘違いを――…」
「先に言っておくが、訂正はしない方がいいからな。ただでさえクロエは目立つから、俺の婚約者と思わせておいた方が、身の安全が保証される。少なくとも軍内部で、クロエにちょっかいかけてくるようなことはない」
これから軍人と一緒に行動する事が多くなり、しかも閣下とは別行動が増える中で、閣下の婚約者に手を出す人間はいないという理屈は分かる。
逆に閣下に恨みを持つような人からは狙われる恐れもあるけど、軍内部ではそっちの方が少数派らしい。
ただ、なんだかどんどん誤解が広がっている気がしないでもない。
むしろ、その誤解を積極的に広めているのは閣下の様な気がした。
恨めしいような、なんで否定しないんだというような目で見ていると、にやりと笑ってこう言った。
「婚約者だと言って牽制しておいた方が取られずにすんでいいだろう?」
――段々逃げ場が無くなっている気がするのは気のせいなんだろうか……
と思ってしまうのは仕方がないと思う。
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