72.閣下の寝室での話
「どうかしたか?」
恒例のお食事会で、わたしが閣下をじーっと見ていたので流石に閣下が声をかけてきた。
閣下がわたしの誕生日を知っても向こうから何も言ってこないので、なんとなく気になってくる。
最近の桃色空気の教室では、それこそ初々しい恋人たちがそんな話題を口に出す事が多いせいもあった。
それによると、誕生日には事前に相手のスケジュールを押さえておくことが重要なようだ。
ちなみに、例年だとわたしとリリノール、ロイの誕生日はシャーリーがお店の予約をしてそこでご飯を奢って祝うのが常だった。
ルードヴィヒとシャーリーはあれでも貴族と上級階級なので、パーティーだ。
呼ばれていくけど、隅の方でおいしいご飯を堪能して、後日お店でお祝いするのが流れになる。
つまり、何も言われないと何もしてくれないという事と同義になって、女子的に言えば、相手を待つ場合と待たない場合に分かれる様だ。
でだ、わたしはというと、一応待つ。というか、なんの予定もなかった。
シャーリーたちも今年は遠慮すると言っているし、わたしと閣下の事を知っている親族側もたぶん何もしない。
だからと言ってわたしから閣下に聞くのも変な話だ。
「なんでもないです…」
結局気になっても自分からは聞けず、そう答えるしかない。
閣下はその答えに眉を寄せたが、それ以上追及もしてこなかった。
食事中はお互いの近況報告。
わたしの方は大体学院の事とかたわいもない日常だけど、閣下の方は濃密だ。
バルシュミーデの仕事にたまにある軍の仕事、特に最近は地下通路についての案件があるので、月五回契約でも今は非常事態と同じ扱いにされて結構仕事を任されているらしい。
だいぶ地下通路の事も分かったので、もうしばらくしたら公表するとの事だ。
まあ、その合間を縫ってわたしと会っている訳で、非常にお疲れなのは言われなくても分かる。
無理して会わなくてもと言っても、わたしと会っている方が安らぐと言われれば、何も言えないのだ。
食事が終わると、大体北側の私的ルームに通される。
たまにボードゲームをやったりするけど、とにかくそういうゲームは閣下が強い。
ハンデをもらっても勝ったためしがない。
ちなみに、負けたら勝ったほうのいう事を何でも聞くという決まりが閣下の中には出来ていて、にこやかな笑みを添えて良く誘われるけど、最近はあまり乗らないようにしている。
今日もいつもの部屋に通されるのかと思いきや、見せたいものがあると言われ、バルシュミーデ当主の執務部屋に通された。
実は初めて入る当主部屋。
当主部屋は執務室のほかに、私的空間の寝室も居間も別室にある、総面積にしたらかなりの広さのある部屋だ。
入ると物珍しさにキョロキョロと見回してしまった。
――さすが当主部屋…他の部屋とは装飾からして違う…
座るように言われて、執務机の前にどんとおいてあるソファに腰掛ける。
閣下は隣の部屋に入って行き、どうやら見せたいものを取ってくるようだ。
すぐに手に何か持って戻ってきて、そのタイミングで侍女がお茶の支度をしていく。
それが済むと、閣下は侍女を下がらせて、わたしの横に座る。そして机に二つの腕輪を置いた。
小さいながらも魔鉱石がはめ込まれており、魔道具である事が窺える。夏に閣下が試作品としてくれた魔道具の腕輪バージョンって感じだ。
「これ、なんですか?」
「なんだと思う?」
質問を質問で返され、わたしはうーんと悩む。
――形的には装飾品にも使えそうなものだけど、結構武骨な感じだから、男性もの。腕に付ける用途…………うん、全く分からない
装飾品、おしゃれの一貫として付けるとしても、これは魔道具だ。
魔道具は、使ってこその道具。見せびらかすためだけものではない。
「全く分かりません…男物なのかなとは思いましたけど、用途もどうやって使うのかとか全く。ただ腕…というか手首?に付けるのかなとは思いました」
「なるほど。一部正解だな」
「一部?」
「そう、これを付ける部位は手首で正解だ。つけてみるか?」
「………どういう用途かを教えて下さい」
一瞬、すぐにはいと言いそうになった。
だけど、閣下の顔が目に入った瞬間、ぐっとこらえることが出来た。
なんとも楽しそうな笑みをうかべていたのだ。こういう時の閣下は何か企んでいる。そういう顔だ。
安請け合いすると、とんでもない事を要求されるので、警戒するに限る。
閣下はすぐに飛びつかなかったわたしに、おやっ?という顔をしたけど、ニヤリと笑って素早くわたしの手を取って手首に付けた。
「あっ!ちょっと……」
かちりと両腕にはめられたその腕輪は、やはり女性の腕には全く合わないデザインだ。
「どうだ?」
「どうだと言われても……」
閣下が怪し気に腰に腕を回し尋ねて来た。
でもこれといって変な事はない。むしろ、今は閣下の腕の方が気になる。
段々と撫でまわすような動きに変化する閣下の手を止めるために、わたしは抗議の意味を込めてぐっと手を掴んだその時。
「えっ!」
力が抜けた。
正確には、魔力が阻害された。そんな感じだ。
閣下がこうして悪戯をしかけてきた時なんかは、最終的に流される事になっても、一応一度は軽く抵抗する。閣下との事が嫌だとかじゃなくて、もう反射的にと言うやつで、閣下もそれが分かっているか、最近はわたしの抗議は意味をなしていない。
ともかく、そんな時にわたしは魔力を込めて身体強化を使っている。純粋なわたしの力では絶対閣下に敵わないからだ。
それなのに、その魔力が阻害され、上手く操作できなかった。
わたしは驚きに慌てるも、閣下はそれを完全に分かっていて、驚くわたしをひょいっと抱え立ち上がった。
「ど、どういうことですか?」
「何が?」
「ですから!これです!」
抱え上げられたことで、閣下の顔が目の前にある。その顔に、わたしが取り付けられた魔道具を突き付けた。
「今から説明する」
そう言ってやって来たのは隣の閣下の私的な部屋――寝室だ。
こちらも初めて入る部屋。
成金、みたいな豪華さはないが、一つ一つがきっとお高いのだろうと思わせる質の良さを感じ、さらに品格というものも感じさせる。
全体的にシックな感じで、すごく閣下の雰囲気に合って――ってそうじゃない!
「あ、あのー…」
鈍感鈍感と言われるわたしだって流石に分かる。
この不味い雰囲気。
「っ――…」
わたしの控えめな声を完全黙殺して、閣下はどさりと放り投げるようにわたしをベッドに下した。
乱暴ではないけど普段より幾分雑な動きに、一体なんだと閣下を見上げれば、微笑みの中にある多少の怒りを感じて、どきりとする。
「えっと……わたし、何かしましたか?」
全く心当たりがない――…いや、考えればあるかも知れないけど、咄嗟には思い浮かばない。
ベッドに縫い付けるようにわたしの指に自身のそれを絡めながら、閣下は言う。
「特に何もしていないな」
「は、はあ…」
特に何もしていないとの閣下のお言葉に、なおさら何があるのか分からない。
「その、何もしていない事に何か思い出さないか?」
「ええ?」
何もしていない事にたいして物申したいことがあると、そう言う事だ。
――ええ?何もしない……?会う算段とか全部閣下に丸投げな事とか?色々な面倒事を閣下に押し付ける一方とか?
なんだかどれもあり得る気がした。
付き合っていながら、結局全部閣下に丸投げなところがあった。
閣下はそれでいいと前に言っていたけど、やはり不満があったのかも知れない。
「全く違うな」
それを伝えると、即座に否定。しかも全くと付き、完全否定された。
「ええと…ええと……」
必死で考えるも、やはり思いつかずにいると、ぐっとわたしの手を押さえ込んでいる指に力が入る。
「よくある事だが……死にもの狂いで必死になれば、人はなんでもできるものだ。クロエも経験してみるか?」
「いや!結構です!」
ぼそりと耳元で囁かれた物騒な言葉に、間髪入れずにお断りする。
その間も、先ほどのように魔力を込めてもがこうとしても、全く無駄な努力で、一体どう言う事なのか混乱してきた。
「そういえば……これが何か教えていなかったな?」
そう言って、腕輪ごとわたしの手首を舐める。
一瞬身体がびくりと震えた。
「これは、バルシュミーデで開発した、魔法士対策の手錠だ。昨今、俺の周りで魔法絡みの事件が多くなっていたので、必要性を感じた。まあ、軍務局では散々馬鹿にもされたが、なかなか便利だと実感した。詳しい性能は言わなくても分かるな?魔力を込めると、即座にそれを霧散させる仕組みだ」
旧時代の手錠はすでに博物館レベルの貴重品で、使用できないものが多い。
しかも、当時魔法士の犯罪者に対しては首輪が付けられていて、魔力を使用したら爆破するような仕組みだったので、現代では流石に使用もできない。
そういうわけで、閣下は新たにバルシュミーデの開発部に命じて作らせていたのが、今わたしが付けている物らしい。
「わ、わたしで試さなくてもいいじゃないですか!」
「先にヴァルファーレに試している。ちなみに、ヴァルファーレの魔力を基準に作っているので、かなりの高魔力にも耐えられる設計だ。我がバルシュミーデの研究員はすごいだろう?」
――店長基準!?それ、実質最高位魔法士基準なんですけど!?
「聞いた話では、クロエもヴァルファーレ並みの魔力を持っているとの事だし、試験的運用は数ある方がいいデータが取れる。なお、これの外し方は今のところ俺とこれを作った研究員しか知らないので、暴れないように」
確かにさっきからいくら魔力を使おうとしても、無駄な努力でしかなかった。
魔鉱石を壊せば魔道具の効果を停止させられるけど、結局それにも魔力が必要になる。つまり、出来ない。
「さて、では先ほどの続きといこうか?俺は尋問も得意な部類なんだ」
「じ、尋問と言われたって、何も分からないのに答えられるはずがないじゃないですか!?」
「必死さが足りないからだな……、どこまで耐えられるか、それとも思い出すのが先か、楽しみだな」
「ちょっと待ってください!そのセリフは、尋問じゃないです!人はそれを拷問と呼ぶんです!!」
「些細な違いだ」
「全くもって些細な違いでは―――…っ!」
閣下の身体の下で叫び声を上げながら、しかし閣下が止まる事は無く、容赦なく身体に拷問の様な尋問が開始された。
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