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71.秋の深まる教室での話

 人のうわさも七十五日とはよく言ったもの。

 三流娯楽新聞に掲載されていた、東国の留学生という情報以外閣下と婚約したと思われる少女を探すのは無理なものがある。それに、そもそも婚約していない。だからこそ、そこはわたしに聞かれても強く否定できる案件だったので、学院内ではわたしではないという認識が広がった。

 そして、徐々に落ち着きを取り戻してきたけど、未だに疑っている人は一定以上いる。

 確かに、婚約はしていない。付き合っているだけで。嘘は言っていない。

 なぜか、閣下も婚約という誤報に対して肩を竦めて取り合わない。否定はしないけど、肯定もしていない。つまり、どちらとも取れるので、人は信じたい方を信じるものだ。

 結局、婚約はまだだけど、近いうちにする――という事が世間の噂で落ち着いた。

 噂も落ち着けば、一応周囲も落ち着いてくる。

 その間、閣下に会っていないかと言うとそういう訳ではない。

 流石に外に出るのはまずいので、専ら邸宅(ロードリア)だけど、馬車で連れてきてもらうなら人に姿を見られる事もないので、安全だ。

 邸宅では、ほとんど同じだ。

 ご飯を食べて、会話して――…まあ、恋人らしいことも時々して……そこは詳しくは省く。むしろ言葉にするには恥ずかし過ぎる。

 そんなこんなで、事件が解決してから、すでに一月以上たった。

 店長の婚約者であるアリーシアさんは、あれから一週間後に目が覚めたけど、そこから色々大変だった。

 もともと死んでいるはずのアリーシアさんの事を、誰もが諦めていたし、むしろ楽にさせてやってほしいと懇願までされ、それでも受け入れられない店長は、勘当され、今に至るのだけど、アリーシアが助かった事で、色々とまた変わってくる。

 でも、店長はアリーシアさんと話し合った結果、領地に帰ることなく二人で暮らす事を選択したようだ。

 今のところ、アリーシアの経過は順調なようだけど、今後何が起こるか分からないので、今も店長のお店は休業中。

 ただし、夏の時のようにわたしが時々店に行ってお手入れしてあげていた。

 閣下もママも琉唯でさえ、良い顔しなかったけど、結局あの店はわたしにとっても大事な店なのだ。今のところ、何も言わずに許してくれている。

 そして、そんな風に過ごすうちに次第にわたしの苦手な暑い時期が終わり、冬に突入する、そんな秋が到来した。




*** ***




「そう言えばクロエは、舞踏会は彼氏様と来るの?」


 授業と授業の合間の休憩時間中にこそっと聞いてきたのはシャーリー。

 彼氏様というのは閣下の事だ。こういう誰が聞いているか分からないところでの愛称のようなもの。

 リリノールも興味があるのか、耳を傾けてきた。


「そうよねぇ。わたしたち男子二、女子三の構成だから、誰かは別のエスコートしてくれる男子捕まえなくちゃなのよねぇ。クロエが彼氏さんと参加すると考えなくて楽なんだけどぉ」

「クロエが付き合う前はわたしが従兄弟に頼もうと思ってたけど…まさかお兄様に頼んだりしないわよね?」

「その辺はちょっと考えてる…」


 皇都ロザリア皇都学院では、冬の長期休暇前に舞踏会が生徒主催で開催される。

 貴族階級や上級階級が多く在籍するこの学院では、冬の本格的な社交の前に練習を兼ねてこんなものがある。

 これはかなり昔、貴族階級しか通うことの出来なかった時代からの名残で、そんな古臭い規則無くしてしまっても良かったのだけど、実は中級階級や下級階級もこの舞踏会を楽しみにしているので、結局この催しはそのまま続けられていた。

 そしてこの時期、学院内はかなり桃色空気が漂っているのだと最近知った。

 舞踏会は基本男女一組。

 誰かエスコート相手がいるのが普通なので、これを期に気になる異性に声をかけ、カップル誕生というのが、そこかしこで起こっている。


「考えないでそうしなよ。もうさ、時間の問題なんだから」


 ルードヴィヒが呆れたように言った。


「別に公表が嫌で先延ばしにしている訳じゃないんだけど…」

「じゃあ何が問題なのよ」


 色々とだ。

 婚約云々は置いておくとして、閣下が婚約していないと否定しないので、なんとなくこの先の人生を考えてしまった。

 閣下と婚約して結婚する。

 それはそれでありだけど、それでいいのか疑問に思う自分もいた。

 このまま、流れに流されるように決めるのだけはしたくない。

 上手く言葉に出来ない事をなんとなく伝えると、シャーリーとリリノールはすぐに共感してくれた。


「そうよね…将来の事考えるってまだ早い気がするわよね。しかもクロエの場合、公表しちゃったら逃げられないだろうし」

「むしろ、逃げたら周りが怖そうよねぇ」


 大人気な独身男性に選ばれて、それを反故にしたらリブラリカ皇国にはいられない。色んな意味で怖すぎて。


「でも、クロエの気持ちも分かるわぁ。最近は女の子も結婚遅くなってきているし」


 女性進出が他国よりも進んでいるリブラリカ皇国では近年結婚年齢が遅くなってきている。

 つい十年くらい前は女性は成人直後の十八から二十の間で結婚するのが当たり前だったけど、今は最高学院にまで通う女性が増え、さらに働く女性も増えたことで、二十代半ばまでに結婚する、という流れになった。

 つまり、適齢期までまだまだあるという事だ。

 結婚までまだあると言っても、婚約したら結婚まではセットだと考えても良い。

 本当に閣下と結婚しても良いのかどうなのかは、わたしにはまだ分からない領域だ。


「でも、時間はないけどな。舞踏会まで一か月半くらいだろ。相手の予定も聞かなきゃだめじゃないのか?」

「ロイにしてはまともなこと言うね」


 思わずこぼしてしまった。

 ロイの言う通り、閣下は忙しいので先に予定を聞いておかなければならないけど、なかなか言い出しにくい事だ。


「ま、どうするかはともかく、クロエはもし彼氏様に頼まなくても誰かに頼むって事でいい?」

「うん、それは流石にどうにかするよ」


 最悪見てくれだけはいい、琉唯に頼む。


「じゃあ、ロイとリリノールはどうする?」

「わたしたちはぁ、お互いエスコート相手になるって感じかしらぁ?ルードヴィヒは貴族だから挨拶とか大変そうだしぃ、組みたくないわぁ」

「それもそうね。ちなみに、ルードヴィヒはエスコート相手いるの?」

「いないね。面倒だから誰かに頼もうと思ってたよ」


 よろしくとルードヴィヒがシャーリーに言うと、しょうがないわねと返されている。


「でも、まさか、一番年下の妹分が一番初めに結婚の可能性が出てくるなんて、皇都学院入学時には思いもしなかったわ」

「同い年なんですけど?」

「誕生日、もうすぐだもんねぇ」


 わたしを含めた五人の中でわたしが一番誕生日が遅い。

 しかも、夏の長期休暇前には身長も一番低くて、シャーリーと並ぶとまさに姉妹みたいに見えていた。

 そのせいで、わたしはみんなの妹分的扱いをたまにされている。

 愛ある弄りだ。


「そういえば、なんでバルシュミーデ卿に誕生日教えてなかったの?この間偶然会った時、驚いた顔されたんだけど?」

「え?ルードヴィヒ、会ったの?」

「そうだね。なんでこんな夜会にって思える小規模夜会に顔出してて、なぜか二人きりで話す事になって…その時にまあ、会話の流れでクロエの誕生日の話になったんだけど、知らないようだったんだけど?」


 それにシャーリーが反応した。


「へー?それはそれは……、彼女の誕生日知らないってどういうことなのかしらね?」

「そうねぇ、あの方はそう言う事なさそうだと思ってたんだけどねぇ」

 

 二人からの黒い気配を感じて、なぜか慌ててルードヴィヒが言い訳する。


「クロエが十六だと言ったから、すでに誕生日はきているものだと思っていたみたいだった!もしかしたら来年とか年明け辺りに聞くつもりだったのかもよ!」

「そもそも、付き合いだしたら普通聞かない?だって知りたいでしょ?」

「し、知らないよ。僕はバ……クロエの彼氏様じゃないんだから…、じゃあクロエから聞いてもよかったんじゃないの?」

 

 そこでわたしに話が回ってくる。

 だけど、確かに閣下と誕生日の話をしたことはない。なにせ――。


「わたし、相手の誕生日知ってるから、あえて話題にしたことなかったな…」


 そうなのだ。

 閣下は有名人であるがゆえに、個人情報もある程度流出している。

 その中には誕生日も含まれているけど、大領主の跡取り息子の閣下の誕生日はそれこそ大規模なパーティーが開催されるので、話題にならないわけがない。

 その回答に揃いも揃ってあーって顔になった。


「それもそうね…」


 知っている情報に対して話題にする事は無いなと納得する。

 そこでリリノールが少し残念そうな顔になった。


「でもぉ、このまま知らなかったらどんな顔してたのかしらぁ?ちょっと気になるわねぇ」


 純粋な疑問なのか、それとも彼女の誕生日の確認を怠った男への怒りのお言葉なのかは分からない。ただ、笑顔が少し邪悪気味。

 実際、ルードヴィヒが言わなかったら閣下が知る事はたぶん無かったはずで、その際のシャーリーとリリノールの反応がちょっと怖そうだ。


「でも、ルードヴィヒが言っちゃったんだろ?」

「……あのね、僕の立場分かってる?色々相手に気を使う立場の人間だから!情報の秘匿は出来ないんだよ!」

「だけど、人の私生活をこぼさないでよ」


 ルードヴィヒの立場も分かる。

 領地が北部なので、ある意味バルシュミーデの保護下にあるようなものだ。

 そこの総領息子に逆らえるはずがない。

 今回はルードヴィヒが一応の確認で話をしただけのようだけど、今後わたしの私生活をぽろぽろ閣下にこぼされてはたまらない。


「あのねぇ、僕とあの人の事なんだと思ってるの。勝手にクロエの事話すわけないでしょう。あの人だってそんな事望むはずないよ」


 そこは信用しているけど、念のためだ。


「今回はお互いの落ち度もあったけど、クロエも嘘言っちゃだめよ」

「……嘘じゃないし。今年十六だし」

「クロエが今年ってつけなかったの確認してるんだよね、僕は」


 記憶力の良い男は、一言一句忘れないものらしい。

 

「まあでもぉ、よかったわねぇ。きっとすごいもの準備してくれるわよぉ?」

「金持ちだしな」

「個人的には安物でいいんだけどね…」


 そうは言っても閣下の事だから、リリノールの言った通りすごいものをプレゼントされそうだ。

 実は言わなかったのは、それもある。

 自分から言えば、誕生日プレゼントを強請っているようで嫌だったし、それでなくてもお金持ちの彼氏が何をくれるのか想像もつかない。

 逆に、自分が閣下の誕生日の時に、良いもの贈れるか不安だ。

 少なくとも、お金で買えるもの以外にしないと安物を渡す事になる。

 先にわたしの誕生日が来てしまうと、閣下の誕生日に渡すものが困るという打算的考えがなくも無かった。


「良いものもらうと、閣下の誕生日の時が困るの」

「あのねぇ、先の事考えてどうするのよ!今よ、今!そんなの近くになったら一緒に考えてあげるから、誕生日にもらったものは素直に喜びなさいよ!それがプレゼントもらう側の義務なんだから!」


 シャーリーの力強いお言葉に甘えて、きっと閣下の誕生日の時には力になってもらおうと決め、頷いた。





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