70.5.閑話での話:ルードヴィヒ視点
その夜会は、秋が深まり冬の社交シーズンに入る前に開催されたものだった。
決して有名な貴族が開催しているわけではないけど、多少顔を売っておくには持って来いな小規模なものだ。
高等学院に入学してから父親に連れられて、こういう場によく行くようになった。将来の跡取りとしては、今からコネ作りは必要な技能なのは分かっているので、面倒だと思いながらも情報を集めつつ、にこやかに挨拶する。
皇都ロザリア高等学院に在籍中というのはかなりの話題になるので、とりあえず今のところ悪い印象は与えていない筈だ。
そうしているうちに、いきなり出入り口が慌ただしいものになった。
ホスト役のこの邸宅の伯爵夫妻が、驚いた顔でいきなり客を出迎えに行ったのをみて、相当な人物が来たのだと理解する。
そして、すぐにその理由を知った。
人だかりの中でも目立つ容姿、その存在感。
これが人の上に立つ絶対的王者なのだと思わせる、真の支配者階級に属する人物。
――クリフォード・ゼノン・バルシュミーデ卿……なぜこんな夜会に……
はっきり言って、こんなちんけな夜会に顔を出すような人ではない。というか無駄過ぎて、絶対に来ない筈だ。むしろ、招待状だって伯爵夫妻は出していないと思う。
だからこそ、伯爵夫妻は驚いて、伯爵本人なんかは、冷や汗の様な汗さえかいているようだった。
さすがにちょっと同情した。
ただ、ホストが身分が高い人にばかり関わっている事は出来ない。
バルシュミーデ卿も非礼を詫びつつ、当たり障りのない会話をしてすぐに伯爵夫妻を解放する。
近くのグラスを手に取り、壁の花の如く壁に寄ると、まるで蜜に誘われたアリが群がるように、次から次にバルシュミーデ卿にあいさつに向かう。
中には僕たちと同年代の娘を引き連れて。
――クロエとの事、というか未成年の少女と婚約しているとかいう噂が社交界に出回ったからな…チャンスがあるとでも思っているのか……
どちらにしても、一応婚約は否定しつつ、そのうち正式に相手方のご両親にあいさつに行くとか自分で吹聴してるから婚約間近だと思われている。
しかし、その世代の子が好みなのだと勘違いしたバカが次々とバルシュミーデ卿に娘だとか孫だとか、姪とかを紹介しているものだから、なんとなく不機嫌そうだ。
――そもそも一体何が目的なんだ?
それしか思い浮かばなかった。
そうこうしている内に父親が駆け寄って来た。
「ルードヴィヒ!我々もバルシュミーデ卿に挨拶に行くぞ。お前は、彼の方の後輩にもなる。他の者とは違って、何かと話題も被る事が出来るだろう」
確かに後輩ではあるけど、この夜会の参加者にも結構皇都ロザリアに通う学生や、卒業生がいる。
実際それをネタにしているような感じもあるけど、すげなく撃退されていた。
ただ、実際のバルシュミーデ卿を間近に見るのは初めてなので、少し興味もある。
なにせクロエの彼氏様だ。
自分の恋愛が弄られるのは面白くないが、結局他人の恋愛話は楽しいのだ。
女子ほどではないけど、まあまあ興味はある。
「失礼いたします。ヴァンディット・ゼノン・イザーリオンご挨拶申し上げます。こちらは愚息のルードヴィヒでございます」
頭を下げ挨拶を交わす父親に倣って、頭を下げる。
すぐに楽にしていいと返答があり、顔を上げた。
その瞬間、目があった。
間違いなく確実に。
――見られてる?
イザーリオンは北部の領地なので、バルシュミーデの保護下に入る。そのため、多少なりとも何かあるのは分かる。
分かるけど、父親の軽い会話を相槌で交わしながら、僕の方を気にしているようだった。
そこまで見られていれば、流石に父親だって気付く。
「ああ、愚息は皇都ロザリア高等学院に今年入学いたしまして――…ぜひご参考になる事があれば見習わせたいと思っております」
暗に、息子と話をと言っていた。
しかし、バルシュミーデ卿が自分の利益にならない事をするはずがないし、父も断られるのを分かって言っていた。
「私で良ければ、何か参考になる事をお話ししましょう。ゆっくり話したいので、別室を借りてきます」
「えっ?」
ぽかんとバルシュミーデ卿を見上げる父と、はっ?と固まる父子二人を置き去りに、話はさっさと進んでいく。
なぜかバルシュミーデ卿が率先して伯爵夫妻から部屋を借りていた。
僕も父も驚きから立ち直れないまま、バルシュミーデ卿に連れられて侍従の案内する部屋に通される。
――え…、予想外の展開なんだけど……
席を勧められ、ソファに座るバルシュミーデ卿の対面に座る。
一体何が始まるのか。
いや、考えなくても一つしかない。
そして、それは間違っていなかった。
「君はクロエと親しいと聞いているが……」
――いきなり直球の話だった!
悪い事など何一つないのに、なぜか気まずい。
「ああ、すまない。別にクロエの友人をやめろとか、そういう話ではない」
「えっ…ああ、はい」
「ただ、クロエが親しく付き合う友人がどういう人物なのか多少興味があってな」
警告も含まれていた。
睨まれているわけではない。じっと観察されているだけなのに冷や汗の様なものが流れそうになる。
「クロエ――いえ、リデオンさん?とは中等学院からの付き合いでして…特別友人以上の感情はありませんのでご安心ください!」
これだけは正確に伝えておかねば、死にかねない。
その返答に、バルシュミーデ卿が苦笑した。
「いや、それは分かっている。それに、友人同士なら、愛称で呼ぶことも普通だろう。いつもの調子で構わない」
その後、クロエの事を色々聞かれるか、もしくは自分の事を尋問するのかと思えば、そこから、なぜか本当にロザリアでの生活について話してくれた。
正直、もっと疑われるのかと思っていたので拍子抜けだったけど、知らない事も色々聞けて有益な時間だった。
緊張したけど、最後は会話を楽しむ余裕もあった。
そして、先にバルシュミーデ卿が話を切り上げ、席を立ち並んで会場まで戻る。
その途中庭の葉が色付いているのが目に入り、ふと気付いたことがあったので、周囲に誰もいない事を確認し一つ訊ねた。
「そういえば……、クロエの誕生日が近いですが何を渡す予定ですか?」
それは何気ない世間話だ。
クロエの誕生日は秋が深まり冬に入る直前で、実は間もなくだった。
ここ最近バルシュミーデ卿は色々と類を見ないほど忙しそうだったけど、流石に彼女の誕生日には何か渡すだろうと。
――まあ被る事はほぼ百%ないだろうけど、もし万が一被ると絶対比べられるしな…
別に彼氏からの誕生日プレゼントと男友達のプレゼントが被ったところでそれがどうしたって感じだけど、たぶん彼氏側は良い気はしないだろう。
そんな事を思いながら聞いたことだったけど、思いもがけず驚いた顔をしていた。
逆にこっちが戸惑う。
「えっ……すみません。友達として渡すだけなんですけど…、男からってところが引っかかりますか?それでしたら、他の女友達と共同購入という形にしますけど…」
「いや……すまない。それは構わないのだが……」
なんとも歯切れが悪い。
そして、こういう反応の男を見たことがある。
気の利かない男が時々やらかす反応。
――まさか……
まさかとは思いつつも、一応確認と言う名の作業を行う。
このまま何も気づかないでいたかったが、そういう訳にもいかない。
「あの…クロエの誕生日が十日後だって――…ご存じですよね……?」
まさに恐る恐る。
まさか天下のバルシュミーデが婚約するとかしないとか言っている相手の誕生日を知らないなんて事――…
「……十六ではないのか?」
あったご様子だ。
――いやいやいや!えっ?普通付き合いだしたら真っ先に聞かない!?なんとなく会話の流れとかで…確かに、お忙しい方だけど、クロエ溺愛してそうだし、プレゼントとか渡す機会逃さなさそうだけど!?
というか、なぜ十六だと勘違いしているのかそこを知りたかった。
確かにクロエは今年十六だけど、現時点では十五なのは間違いない。
バルシュミーデ卿はどこか言い訳がましく説明してくれた。
「初対面時…今から三か月くらい前になるが、十六だと言ったからてっきり…確かに誕生日を聞かなかったこっちの落ち度だが、まだ時間があるかと先送りにしたのはまずかったな」
「十六って言ったんですか?」
「間違いなく」
いつも一緒につるんでいる仲間連中の中では実はクロエが一番誕生日が遅いのだが、それを事あるごとにネタにされて不満そうなのは知っているけど…
――いやー、これは絶対十六の前に今年と入れるのをわざと忘れたな…。
でも、聞かなければ誕生日の事なんて自分から普通は言わない。
言ってしまえば、プレゼントを強請っているように感じてしまうから。
――彼氏でバルシュミーデ卿の中では婚約確定路線なんだから、強請っても問題ないと思うけど…
そもそも、クロエの誕生日プレゼントごときで破産するようなお人ではない。
だけど、それが出来ないのがクロエであり、東国の人間だ。
奥ゆかしいというかなんというか。
はっきり言いたいことを言うシャーリーやリリノールに比べたら、クロエはどちらかと言えば控えめだ。
言うべき時は言うけど、それはあくまでも親しい人に向けてであって、そうでないと結構遠回しの言い方になる。
そのせいで、勘違いした男も数人いる訳で――…。
――苦労しそうだな…
クロエを知っているからこそ、同情してしまった。
ちらりと横を歩くバルシュミーデ卿を見れば、何かものすごく考えていそうだ。
さすがに話しかける事も出来ないので、二人で言葉なく会場まで戻る。
そして、もうすぐ会場の広間に戻る、そのタイミングで、再び話しかけられた。
「礼を言う。何も知らないままだったら、周りから何と言われるか……」
後悔なのか、厄介な問題なのか、重いため息を吐きながらそう言った。
特別意識して話題を振ったわけではなかったけど、今までの会話の中でバルシュミーデ卿にとっては一番有益な情報だったようだ。
――個人的のどうでもいいような情報こそが、真価を発揮するって事を今初めて知ったな…むしろ、クロエの情報横流ししたら、めっちゃ喜ぶんじゃ……
そうは思っても、そんなことはしないけど。
男として好きな女性を喜ばせたい気持ちはわかるから、好きな物とか聞かれたら答えるけど、プライベートな情報まで教えていたら、逆にバルシュミーデ卿に警戒されそうだ。
「何か礼をしなければな」
「いえ、これくらいは――…」
と一度は断りつつも、一応望みを口にしてみる。
「――でしたら、バルシュミーデの魔鉱石武具を一つ格安で買わせていただきたいのですが…」
「魔鉱石武具?」
「ええ、今使っているのものが結構長い間使っているのでそろそろ新調しようかと思っていまして」
魔鉱石武具は新品を買おうとすればかなりの値段だ。
特に質の良い、バルシュミーデは一級品。買えなくはないけど、絶対バルシュミーデでなくても問題ないが、出来れば良いものが欲しい。
「今使っている物は?」
「遠距離型の魔鉱石銃です」
「珍しいな」
言われると思った。
魔鉱石銃はかなり使い勝手はいいけど、弾の補充で結局金がかかるので長い目で見ればかなりの費用がかさむのため好まれない傾向にある。
護身用に小型のものを持つ者は多いけど、それを実践で使うような者は少ない。
「クロエのおかげで弾は自分でも補充できるので」
そういうと、バルシュミーデ卿はなるほどと呟く。
弾も全て魔鉱石に魔力が詰まったものだ。一度使ってしまえば、その中に魔力を補充しなければならないけど、自分で魔石に魔力を補充出来ないと使い捨てになる。
ただその詰め方はクロエに教えてもらえた。
適性もあったので、今では簡単に弾を補充できるようになった。
「できれば、どういったものか見てみたい……悪いがバルシュミーデの魔鉱石武具コーナーの人間に渡しておいてもらえないか?それとも授業で使う予定が?」
「問題ありません。魔鉱石武具をメンテナンスに出して授業に間に合わないことはよくある事なので、別に教師に怒られることはないでしょう。近いうちに持っていきます」
「私はいない事も多いので、伝えておく」
「ありがとうございます」
短くお互い挨拶を交わし、その場で別れた。
まだ宵の口なのにバルシュミーデは広間に再び入る事はせず、出入り口を背にし元来た道を引き返していった。
まるで、僕と話したから満足だと言いたげで。
――まさか…本当に僕に会うために来たとか――…そんなことはない……と思いたい……
広間に入ると早速父親に捕まった。
バルシュミーデ卿との会話を事細かに聞かれたけど、はぐらかしてグラスを一つとりゆっくり口に付けた。
翌日、早速バルシュミーデに魔鉱石武具を預けると、数日後に一式が送り返されて来た。
最新鋭の魔鉱石武具で、驚いたことに僕に合わせて完璧に調整されていた。
メッセージ付きで、おそらくバルシュミーデ卿の直筆。
短いあいさつと、世話になった礼である事、そして――…
『何かあったら連絡してくれれば多少力になれることもある』
とあった。
――これがあの夜会での一番の収穫だな……
バルシュミーデの後ろ盾が出来た事は喜ばしい事だけど、しばらくは父親に黙っておこうと誓って、贈られた魔鉱石銃の試し撃ちに庭に出た。
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