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8.執務室での話2

 話の途中でイリアさんが再びお茶を淹れてくれた。

 本当に気遣いの出来るすごい人だ。お茶菓子も勧めてきて、わたしは言われるまま手に取る。

 閣下にはコーヒーを持ってきたようで、閣下はコーヒーを一口飲んで顔をしかめた。


「……いつもより苦くないか?」

「ええ、旦那様の頭が冴えるように、少し苦めにいたしました」


 嫌味なのか、心遣いなのか…。おそらく前者だとは思う。

 閣下には通じているのか、嫌そうな顔になった。


「別にいつも通りだ……それで早速だがクロエ、君の実力はよく分かった。正直、軍内部でも君に勝てるのはそうはいないと思う」

「あ、それなら――」

「ただし、逆に言えばクロエがやり過ぎないか、今度はそっちを心配するはめになった」


 まるで加減を知らない子供を心配する親の様だ。

 ただ言わせてほしい。いまだかつて喧嘩になって、相手を大けがさせたことはない。


「手加減は得意ですので」

「そこは、穏便に済ませるようにしてくれ。未成年だからってやり過ぎは刑罰の対象内に入るんだぞ」

「大丈夫です。そこは相手に過失があったように見せますので!」

「全く大丈夫じゃない!」


 仕事が増える、とこめかみをおさえていた閣下を見かねたのか、イリアさんが提案してきた。


「でしたら、わたくしがクロエ様に同行するのはいかがでしょう?」

「イリアが?」

「はい。旦那様はクロエ様が未成年である事を懸念されているんですよね?それに加えて、危険がないようにしたいと」

「わたし、大丈夫ですよ?」

「ですから旦那様、わたくしがクロエ様と一緒なら安全だと思いませんか?」


 さらりとわたしの言葉を無視したイリアさん。

 閣下も何かに気付いたのか、そうかと呟いた。

 

「確かに、それだったら問題ないな。そうしよう」

「えぇと?」

「はい、問題ないかと」


 全く理解できないわたしを置いてけぼりに、主従の会話が成立していた。

 二人は導き出した解決策を共有しているのに対し、わたしは首を捻るばかりだ。

 そんなわたしに、イリアさんが頭を下げてきた。


「クロエ様、僭越ながらわたくしが行動を共にする事になりましたので、よろしくお願いします」

「あのぉ…」

「イリアが一緒なら心強い、店でも問題なく働いてくれるはずだ」

「ですから…」

「なんだ、イリアでは不満か?」


――いや、ですから説明してほしいんですけど?なんでイリアさんと行動を共にするのかを…


 むしろ、今の会話でどうしてわたしに伝わると思っているのか謎だ。

 閣下も、なんでわからないんだ?みたいな顔しないでほしい。


「イリアはロードリアで侍女をしているが、最高学院を卒業している才女だ。店の経営や帳簿の管理なんかも出来るし、それよりもあの汚れた店の掃除に一際役に立つだろう」

「確かに、薄汚れていますが…」


 一応知り合いのお店なのに、そこまで言うのはちょっと言い過ぎではと思ってしまう。


「魔道具に関してはクロエが専門家だから問題ないだろうし、何か危険があっても一先ず大丈夫だろう。店に問題が起きても大人がいれば話が通りやすい。やり過ぎないかの心配は、側にイリアがいれば、さすがにクロエも遠慮するだろう?」

「あ、そっちがメインですか」

「一番は、大人がいるという安心感、二番目に抑止力、これがイリアの提案した内容だ」


 イリアさんはある意味お目付け役みたいなもの。

 ただし、ここで断ってもまた色々言い合いになりそうで、それはそれで面倒くさい。

 考えてみれば、イリアさんはすごく仕事の出来る人だし、大人だし、優しいし、話していても会話は楽しい。


――あれ、イリアさんと一緒にいるってわたしにとっては得しかないんじゃないかな?


「で、どうする?断ってもいいが、またお互いの妥協点を延々と話し合うだけだぞ?」

「いえ、それで大丈夫です。でもイリアさんの仕事が増えちゃうんじゃないですか?」

「問題はありません。もともと子育てでフルタイムで働いておりませんので。日中は子供も、幼児学校に行っておりますので、心配なさらないでください」


 それが本当かどうか判断つかないけど、閣下もイリアさんも大丈夫と言うなら、それを信じるしかない。


「それでは、よろしくお願いします。わたしが店に行く時はイリアさんも一緒だという事でいいですか?」

「そうだな、連絡してくれればそれでいいが、君はコンバイルを持っているか?」


 閣下はポケットから小型の通信機を取り出した。

 バルシュミーデが開発し、今ではその利便性からほぼ国中に普及した、携帯端末”コンバイル”。

 これは内蔵されている魔力コードを登録するとお互いに連絡をとり合うことが出来る画期的魔道具で、理論的には空間魔法を応用している。

 もちろん、わたしも持っている。更に言えば、店長も持っているけど、携帯端末のくせに持ち歩きしていないので連絡はほぼ取れない。

 だからこそ、閣下も店に直接来たのだけど。


「もちろん持ってますよ。便利だし。イリアさんとコード交換すればいいですか?」

「よろしくお願いします」


 イリアさんとコンバイルを近づけ合って、コードを登録する。


「俺ともだ」


 閣下の私生活(プライベート)コードをわたしが知って闇討ちされないだろうかと一瞬戸惑うも、閣下がさっさと登録していく。


「そうだ、魔法についてはどうやって?」


 閣下がコンバイルをしまうと聞いてきた。


「そんなに難しい事じゃないです。簡単に言えば、魔力を感じ取ってもらうだけです」


 魔法はまず当然の事ながら、魔力というものを感じ取らなければならない。自分の中の魔力というものを認識して初めて使えるようになるのだ。

 そのため、まずは魔力を認識するところから始める。

 しかし、これが出来ればあとは自分が得意とする魔法を探すだけ。つまり、わたしが教えるのは、初めの魔力を感じ取る方法だけとも言える。


「しばらくは毎日わたしの魔力を閣下に流します。それで、徐々に分かっていってもらうのが良いかと思います」


 わたしがそう言うと閣下がそれならばと、提案してくる。


「長期休暇でどこにも行く予定がないなら、バルシュミーデの皇都邸宅“ロードリア”にしばらく滞在したらどうだ?」

「え?」


――閣下の邸宅に滞在?なにそれ?


「しばらくは毎日一度は俺に魔力を通す必要性があるって言ったな?仕事柄、日中も夜もほとんど外に出ているが、朝だけは基本的には屋敷にいる。俺の都合に合わせるようで申し訳ないが、時間を取るとしたらそこしかない」

「じゃあ、朝行きますよ」

「君はどこに住んでいる?」

「南地区です」


 特別隠すような事でもないので、住まいを教えた。


「知ってると思うが、ロードリアは北地区の一等地だ。かなりの距離だぞ?」


 その通り過ぎて何も言えない。

 いや、でも、と迷っているわたしにイリアさんが声をかけてきた。


「クロエ様、屋敷にはわたくし共使用人も数多くいますので、ご不便はないかと思います。ご自身の家の様にくつろいでいただいて構いません」

「いや、そう言う事ではないんですけど…」


 善意の言葉だとしてもなぜか嫌な予感がする。さっきまで何も思わなかったのに、急にこれは断った方がいいのでは?と思った。

 そう感じてしまったので、言葉で上手く誤魔化している裏で、何か企んでいるかも知れないと警戒が先立つ。

 特に今さっき、主従に説得されたばかりなのだから。


「ロードリアはバルシュミーデで開発されている魔道具が揃っている。冷却装置ももちろん設置しているから涼しいぞ?」


 その言葉でぐらりと傾く。

 わたしの住まいには当然そんなものがないので、夜も寝苦しい時がある。


「お料理もとてもおいしいですよ?クロエ様はお料理なさいますか?」

「うっ…」


 イリアさんの微笑みに視線を逸らす。

 たぶんバレてる。

 わたしが一切家事しない事が。

 いや、掃除洗濯はちゃんとできる。

 食材と相性が悪いだけで、料理だってやろうと思えば…、出来なくもない。たぶん、おそらくだけど…。

 だって、自分で作るより外で食べた方がおいしいなら、外で食べるのが普通だ…と思う。

 食費は、ちょっと痛いけど。


「料理出来ないんなら、なおさら来た方がいいんじゃないか?どうせろくなもの食べてないんだろう?」


 呆れたように閣下が言う。


「出来ない訳じゃないんです!苦手なだけなんです!それにちゃんとバランスよく食べてます。外で…」

「似たようなものだろう、全く」


 女として、料理の出来ないレッテルは婚活に不利なのだから言わせてもらう。

 出来ない訳じゃない、ちょっと独特な味付けなだけなんだと!食べられない訳じゃないんだと!


「でしたら、料理人にお料理のお勉強をさせてもらうのはいかがでしょう?簡単な事から教えて下さいますよ?」


 かなり魅力的勧誘だった

 イリアさんが的確にこっちの弱点を突いてくる。


「まあ、結婚相手は使用人を雇えるくらい稼いでる男にした方が無難かもしれないが」


 閣下の馬鹿にしたような発言に一睨み。

 基本的に学習能力は高い方だ。勉強すれば、実戦で鍛えれば、それなりにはなる。料理だって同じだ。

 誰も教えてくれなかっただけで、学べばきちんとできる筈。


「わたくしもお手伝いいたしますよ」

「よろしくお願いします!」

 

 言いくるめられたわけではない。これは自分で決めたことだ。

 

「無駄な努力にならないといいな」

「旦那様…」


 イリアさんの閣下を嗜めるような声に、閣下は無言でコーヒーを飲み干した。


「イリア」


 イリアさんにカップを渡すと、イリアさんは困った弟の面倒を見る姉の様な顔つきで執務室を出て行った。

 その後ろ姿を見送ると閣下がわたしに聞く。


「ところで、誰かに許可を取る必要があるか?」


 一応皇都における保護者相手には言わないとまずいかも知れない。


「一応、言っておかないとまずいかも知れません。高等学院に入学してからはほとんど干渉はしてこないんですけど、念のため」

「俺からも連絡したほうがいいか?」

「あ、それは大丈夫です。でも閣下のお名前出さないと説明は難しいんですよね…」


 正直名前だけで相手が信じるかは分からない。

 ただ、わたしがそんな嘘をつくメリットもないので信じてはくれそうだ。

 後々、面倒くさい事になりそうだけど、閣下には言う必要性はないだろう。


「ちょっと連絡してもいいですか?」


 コンバイルを持って外に出ようとすると、閣下がここでも構わないと許可をくれた。

 その言葉に甘えて、閣下の目の前で相手に連絡を取る。

 今の時間なら、ぎりぎり起きているかも知れないと言う時間。出なかったらまた後で連絡しなおすしかない。


『はい、クロエ?』


 相手はすぐに出た。


「ママ、元気?突然ごめん」

『いいのよ、連絡してくるんなんて珍しいじゃない。どうしたの?』

「うん、ちょっとしばらく知り合いの家に泊まる事になったから、その連絡」


 簡潔に、閣下の名前を出さずに説明する。


『どなたのところ?お友達?』

「ちょっと違うかな…、仕事関係なんだけど…」

『ヴァルファーレ様関係の人?だったら大丈夫ね』


 違うけど、店長の知り合いだから似たようなものか。

 ママと店長は顔見知り。

 ママは結構この皇都では顔が広いので、閣下の名前を言うとちょっと面倒くさそうなので誤解させておいた方がいい。

 あながち間違いでもないし。

 店長はあんなんだけど、なぜかママからの信頼は厚い。


「じゃあ、また何かあったら連絡するから。ママも忙しいのにごめん」


 それだけ言って連絡を終える。

 あまり深く突っ込んでこないのは有難いけど、正直そのうち全部バレそうだ。


「大丈夫なのか?」

「あまり干渉はしてこない人なんで大丈夫だと思います」


 あっさりした連絡に、閣下が逆に心配してきた。

 とりあえず、ママに連絡したので問題ない。

 ママにも言わずに兄にバレた時が厄介なので、そこはきちんとママを味方につけておかないと。


「もし何かご家族から言われることがあったらこちらでも対処するから言ってくれ」

「ありがとうございます。大丈夫だとは思いますが、もしもの時はお願いします」


 一番うるさそうなのは兄たちだけど、ママを味方につけ、背後は閣下に守ってもらう。

 なかなかな布陣だ。


「そうだ、料理はともかく、ロードリアでは好きに過ごして構わない。ただ、人を呼ぶときは相談してくれるとありがたい」


 注意事項を話しているだけなのに、どこか面白がっている口調は絶対料理の腕に関して揶揄われている。


「分かっています、むやみに人は呼びませんよ。自分の家じゃないんですから。それから、絶対閣下を唸らせる料理を作ってみせますので、期待して待っていてください!」


 閣下は、少し驚いたように目をしばたたかせ、口角を上げた。


「まあ、期待しないで待っている」


 なんとも意地悪な言葉が返ってきて、わたしは少しむくれた。




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